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江戸浪士隊血風録  作者: 川越トーマ
13/17

 新居宿の死闘

 右近の掴んだ情報によれば目標は新居宿にある旅籠はたご紀伊国屋きのくにやに宿泊しているはずだった。

 紀伊国屋は紀州藩の御用宿として指定されている由緒ある老舗の旅籠ではあったが、木造二階建てのさほど大きくない建物だった。

俺たちは紀伊国屋から少し離れたところに馬車を停め、馬車の中で装束を整えた。

 金属板で防御力を向上させた鎖帷子を身に着け、その上に揃いの黒い詰襟を身にまとう。仕上げに人相を隠すために黒い頬あてをつけた。

「右近様、脇差のほうも特殊合金製のものを用意してありますが、お持ちになりませんか?」

 俺たちが支度を整えて、馬車から降りると鈴音が一本の脇差を抱えて右近に擦り寄った。

 少し思いつめたような表情をしており、目が潤んでいた。

「才蔵、隼人。先に行くぞ」

 馬車の中で散々鈴音をけしかけたこともあり、鉄心が気を使って俺たちを促し、右近と鈴音を残して歩き始めた。

「心遣いは嬉しく思うが、とりあえず打刀のほうだけにしておく」

 背後から右近の声が聞こえてきた。

「お気をつけて。必ず無事にお帰りください」

 振り返ることは差し控えたのでよくはわからなかったが、それでも衣擦れの音とともに、鈴音が右近にしがみつく気配が後ろから伝わってきた。


 紀伊国屋の玄関前に到着すると俺たちは事前の打ち合わせ通り二手に分かれた。

 提灯の明かりにぼんやりと照らし出された玄関前には鉄心と才蔵が残り、俺と右近は裏に回った。

 そして、鉄心たちが騒ぎを起こすのを待った。

「お客様、こんな夜更けに何の御用ですか?」

 早速、鉄心と才蔵が旅籠の人間に誰何された。

 丁重に客を迎える声の調子ではなく、叫び声に近かった。

 あのいで立ちではどう考えても、まともな客とは思えないだろう。

「江戸浪士隊だ! 国賊真田伊豆守に天誅を加えに参った!」

 玄関口で鉄心が大声で叫ぶと、すぐに警護の警官が反応した。

「曲者だ! 伊豆守を守れ!」

「発砲を許可する! 殺しても構わん」

 二階の廊下をあわただしく走り回る音が聞こえ、続いて銃声が聞こえた。

 恐らく、警官隊が二階の階段の上から、階段下の鉄心と才蔵に銃弾の雨を浴びせているのだろう。

「予定通りだ。急いで二階に行くぞ!」

 俺と右近は裏口から旅籠の中に入り、激しい戦闘が行われているのとは別の階段を使って二階に急いだ。

「違う!」

「きゃあ!」

 右近のつかんだ情報では、目標は二階の部屋にいるはずだった。

 しかし、どの部屋までかはわからなかった。

 いくつかの部屋の引き戸を開け、中の様子を確認すると宿泊客の悲鳴が上がった。

 目標の部屋には警護の警官が少なからず残っているはずだったが、そういう部屋はなかなか見つからなかった。

「ここか!」

 俺がそう言いながら勢いよく大きめの客室の引き戸に手をかけると、扉を突き破って白刃が飛び出してきた。

「!」

 俺はギリギリのところで身をかわし後ろに飛びずさった。

 そして、例の鉄をも切り裂く特殊合金製の刀で引き戸を真横に切り裂いた。

 扉が崩れ落ちる瞬間銃声が轟き、脇腹を弾丸が掠めていった。

 戦い慣れている人間が中にいるようだ。

「運が良いな」

 部屋の中に白髪混じりのがっしり体格の男が右手に脇差、左手に拳銃を構えて立っているのが見えた。

 背はそう高くないが、肩幅は広く獰猛そうな男だった。

 俺はこの男が恐らく警視庁抜刀隊二番隊長なのだと直感した。

「大丈夫か!」

 右近が声をかけてきた。

 あまり大丈夫ではないがそう言うわけにもいかなかった。

「行けます!」

 入り口は狭く二人同時に突入するわけには行かない。

 俺は自分を鼓舞するように掛け声をかけると先に部屋に入った。

 蜻蛉の構えで突進しようとすると白髪混じりのがっしりした体格の男は薄笑いを浮かべて、後ろに下がった。

「!」

 背筋に冷たいものが流れたような気がした。

 必死で踏みとどまると、右横から刃が襲い掛かってきた。

「くっ!」

 俺は身を沈めて首筋を狙った必殺の突きをかわし、刀の柄で相手のみぞおちを思い切り突いた。

「ぐえ」

 俺に奇襲をかけた若い警官は、刀を取り落として膝をつき、ヒくヒクと痙攣した。

「勘もいいな」

 白髪混じりのがっしりした体格の男はにやりと笑いながら、脇差を袈裟懸けに振り下ろしてきた。

 狭い室内であることを考え、敢えて大刀は使わないつもりらしい。

「くっ!」

 俺はギリギリで相手の刀をはじいて軌道をそらし、素早く立ち上がって姿勢を整えた。

 その瞬間、銃声が轟き、俺は胸に衝撃を感じた。

 見ると白髪混じりのがっしりした体格の男の左手に握った銃口からは白煙がたなびいていた。

「あ?」

 会心の攻撃を成功させたにもかかわらず、血も噴き出さず、倒れもしない俺に向けて不快の表情を浮かべながら、白髪混じりのがっしりした体格の男は、脇差で俺の咽喉元に突きかかってきた。

「ちいっ」

 俺は相手の刀をかわすべく横に身体を流しながら、相手の脇腹を狙い、渾身の力をこめて自分の刀を横に払った。

 はっきりした手応えが伝わってきた。

「ぐっ」

 峰撃ちだった。

 俺は警護の警官まで殺したいとは思っていなかった。

 肋骨の二本や三本は折れたかもしれないが、命に別状はないはずだった。

「おのれ……」

 白髪混じりのがっしりした体格の男は膝をつき、燃えるような目で俺のことを睨んだ。

 闘志は衰えていないようだが、すぐには身動きできそうになかった。

 その隙に仕事を終えればよい。

 俺はそう思った。

 改めて部屋の中を見回すと、ろうそくの明かりに照らされて窓際に近いところに二人の人影があった。

 一人はメガネをかけ、口ひげを蓄えた中年男性。

 今一人は紺色の詰襟の服を着た小柄な若い男だった。

 若い男の方は刀を抜き、こちらに切っ先を向けて正眼に構えていたが俺にはその男に見覚えがあった。

「父上は下がっていてください」

 華奢な体つき、短く切った黒くつややかな髪、白い肌、端正な顔立ち。

 それは、例の若侍、真田光さなだあきらだった。

「剣術は確かに苦手だが、自分の娘を盾にしようとは思わんよ。お前の方こそ下がりなさい」

『むすめ……なのか』

 今まで男だと思っていた。

 それに確かに名字は真田だとは知っていたが、まさか光が真田伊豆守と親子だとは夢にも思わなかった。

 混乱したまま、俺は頬当てを外した。

 ともかく、このままでは光は右近に切り捨てられてしまう。

 それだけは絶対に避けたかった。

「光さん、どいてください」

「隼人さん」

 光の目に驚愕と、そして悲しみと、怒りが広がった。

「あなたはただの暗殺者だったのか! 正義の味方だと信じていたのに!」

「違う!」

 俺は混乱していた。

 今までのぼんやりした疑念や納得できなかったもろもろのことが一気に頭の中に湧き上がってきた。

「何をしている。隼人! 下がれ!」

 後ろから右近の叱責が飛んできた。

「君たちは、そんなに平和が嫌なのか! 何が何でも西と戦がしたいのか!」

 真田伊豆守が突然よく響く声で俺たちの会話に分け入ってきた。

「たぶらかされるな、隼人! こいつは西にしっぽを振る売国奴だ!」

「所詮、同じ日本人。平和の道を模索してはいけないのかね」

 命のやり取りの現場だというのに、真田伊豆守の声は思いのほか落ち着いていた。

「君側の奸である薩長の奴らとは同じ天を仰ぎ見ることかなわぬ」

「それが結果として、欧米列強を利することになったとしてもかね」

「問答無用!」

 激しい言葉の応酬の後、俺を押しのけて、真田伊豆守に斬りかかろうとする右近の前に、俺は反射的に立ちふさがった。

「何をする」

「この方が、天誅を下すべき悪人とは思えません」

 西洋茶屋で聞いた若い男たちの会話や、今の右近と真田伊豆守の会話で、俺はこれが少なくとも刀でけりをつける話ではないと思った。

「騙されるな! 貴様、われらを裏切るつもりか!」

 右近の端正な顔が鬼の形相になった。

「隼人さん……」

 背後からは、光のつぶやくような声が聞こえてきた。

「いったい、正義とは何でしょうか?」

 それは以前、俺の剣の師匠が俺に問いかけた質問でもあった。

「決まっている。士道における正義とは主君への忠義だ!」

 右近は爆発寸前だった。

 彼を敵に回して、生き残れるとは思えなかった。

 少し後悔したが目の前で光が切り殺されるのを見るよりはマシだった。

「君の主君は、誰かね」

「答える必要なし!」

「主戦派にとって和平派の私は、さぞ目障りなんだろうな」

 真田伊豆守と右近の会話で、鈍い俺にもはっきりと分かってきた。

 この人は悪人ではない。

 政敵である右近の主君が政争に敗れて、真田伊豆守を抹殺しようとしているだけなのだ。

 ならば話は簡単だ。

 俺は会ったこともない右近の主君よりも光の味方をする。

「あなたの正義は、私の正義ではありません」

「残念だ」

 右近が低い声でその台詞を言い終わった瞬間、鋭い斬撃が俺を襲った。

 俺の刀と同じ、鉄をも切り裂くあの大刀だ。

 刀で受けとめたが火花が散った。

 満身の力を込めて刀同士の押し合いになった。

 膂力はほぼ互角、いやひょっとすると俺の方が勝っているかもしれなかった。

『しのげる!』

 そう思って、俺は渾身の力を込めて刀に体重を乗せた。

 その瞬間ふいに手応えが軽くなって俺は姿勢を崩した。

 そして、骨の髄に響くような衝撃が脇腹を襲い、一瞬息が止まった。

 気が付くと右近は大刀から左手を離して、脇差を小太刀のように逆手に握り、鎖帷子の上から俺に斬撃を叩き込んでいた。

 脇差は普通の刀なので致命傷は免れたが、衝撃で肋骨の一、二本は折れたかもしれなかった。

「隼人さん!」

 光の悲痛な叫び声が聞こえた。

 身体をくの字に曲げて悶絶する俺の頭上に、右近は右手一本で鉄をも切り裂く大刀を振り下ろした。

 俺が慌てて刀を返し、頭上で右近の大刀を受け止めると右近の左手に握った脇差の刃が再び煌めくのが目に入った。

 何度稽古しても勝てなかったあの時と同じ展開だ。

『ダメだ。やられる!』

 右近は鎖帷子が防御できる範囲を熟知している。

 真剣勝負となれば、首か、脇か、太ももの急所を着実に狙ってくるだろう。

「真田卿!」

 俺が死を覚悟した瞬間、野太い叫び声とともに複数の銃声が轟いた。

 俺の目の前で右近がぐらついた。

 銃弾が鎖帷子にあたったようだが、致命傷を負っていないことはすぐにわかった。

 その隙に俺は体勢を整えた。

「ちっ」

 右近が舌打ちして振り返ると、俺が峰討ちで倒した警官以外に、二人の警官が部屋の中に突入してきていた。

「こいつは着込みを着ているぞ! 手足を狙え!」

 長身の警官がそう言いながら、右近に狙いを定めていた。

「右近様!」

 廊下の方から鈴音の叫び声が響き、何かが部屋の中に投げ込まれ爆発した。

 爆発自体はそう大したことはなかった。

 代わりに室内に白煙が充満し、急速に視界が失われた。

 煙玉を使ったらしい。

「撃つな! 同士撃ちになるぞ」

 先程の警官が叫び声をあげながら、口元を覆った。

 その隙に右近は出口に突進した。

 白い闇の中で白刃が煌めき、何者かの呻き声が聞こえた。

「逃がすな! 追え!」

 警官の叫び声と廊下を一気に駆け抜ける音が聞こえた。

 右近は脱出に成功したらしい。

 俺はギリギリで命を拾い安堵の息を吐くと座り込んだ。

「隼人さん」

 煙が漂う中、光の気配が近づいてきた。

 しかし、光よりも先に、俺は近づいてきた警官に腕をつかまれた。

「貴様にはいろいろ聞きたいことがある。立ってもらおう」

俺は罪人として扱われることを覚悟した。

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