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掌編小説集5 (201話~250話)

運命の糸

作者: 蹴沢缶九郎

家を出て、目に飛び込んできた異様な光景に驚愕した。老若男女、道を行く人々の小指に赤い糸が繋がっているのだ。中には糸のない者もいたが、一体これはどういう事だ。人々は何事もない様子で平然と歩き、糸の存在を認識していないようだ。どうやらこの糸が見えているのは僕だけらしい。


運命の赤い糸の話は、噂程度でなら僕も知っている。これがその糸なのだろうか…。

ふと、自分の左手の小指を確認すると、いつの間にか自分の小指にも赤い糸が繋がっていた。とんと女性には縁のない人生を歩み、独身を覚悟していた自分にも運命の相手がいるのか…。

その時、僕の中で一つの想いが芽生えた。


「いずれ出逢うであろう相手と逢ってみたい」


この糸の先に運命の相手がいる。それはどんな人なのか…。せっかく糸が見えるのだ、これを辿らない手はない。だから僕は旅に出る事にした。運命の相手に逢う旅に…。



しかし運命の相手とは誰なのだろう…。会社で経理を担当している西田さん、それとも、たまに行く喫茶店の女性店員吉岡さんか…。

心当たりを考え歩いていると、向こうから一人の若い女性がやってきた。黒髪で着ている服も落ち着いており、いかにも大人の女性といった雰囲気。嫌いではないタイプだ。赤い糸は、名前も知らないその女性へと伸びていた。まさか、こんな早く運命の相手に逢えるとは。

あまりの嬉しさに、僕は思わず女性に声を掛けていた。


「どうもこんにちは」


突然声を掛けられた女性は驚き、僕を見ると、警戒して言った。


「こんにちは。失礼ですけど、どなただったかしら」


女性の態度は無理もない。なにしろ、僕はこれから出逢う相手で、まだ僕の事を知らないのだ。

そして僕も、勢いで声を掛けてしまった事を弱冠後悔した。なんと言えばいいのだろう…。次の言葉を探していると、とんでもない事実に気づく。繋がっていたと思った赤い糸は、相手の小指でなく、腰に巻かれたベルトに引っ掛かっていただけだった。


僕はしどろもどろになり、苦し紛れに言う。


「あ、あの、駅にはどう行けば…」


「ああ、駅ですか。駅はこの道を真っ直ぐ行けばありますよ」


「…どうもありがとう」


「いいえ」


女性はニコリと笑い、去っていった。


ホッと胸を撫で下ろし、今度はよく確認しないとと自分に言い聞かせる。



糸を辿る旅は続く。


僕の小指から伸びる糸は動物園へと続いていた。運命の相手は動物園の飼育員なのだろうか。動物好きの女性も良い。僕も動物は好きだ。休日に二人仲良く犬の散歩なんて憧れる。

足取り軽く、糸を辿り動物園に入る。パンダ、ゾウ、ライオンと色んな動物達の檻の前を通り過ぎ、キリンの檻を曲がった所で僕の足は止まった。

赤い糸が猿の檻に伸びていたからだ。まさか、僕の運命の糸は猿と繋がっているとでもいうのか。そんなの絶対嫌だ。

がく然としながらも、もう一度、自分の糸を目で追う。だが、よくよく見ると、糸はどの猿の小指とも繋がっておらず、猿の檻を縦断し、檻の向こう側に続いていた。

どうやら僕にはそそっかしい面があるようだ。




僕は何日も赤い糸を辿った。雨の日も、風の日も…。旅は苦しい事の連続だったが、止めようとは思わなかった。全ては運命の相手に逢う為だ。相手を想像すると、多少の苦しみは我慢出来た。愛しの相手は、今どこで何をしているのだろう…。




だが、そんな僕の運命の赤い糸を辿る旅は、突然終わりを迎える。小指から伸びた糸は天へと続き、それ以上辿る事が出来なかったのだ。さすがに僕も空は飛べない。この糸は誰に繋がっているのか…。

運命の相手は旅客機の客室乗務員、もしくは宇宙船の乗組員なのか…。いずれにしても旅はここで終わり、僕は天に伸びる糸を恨めしく見ていた…。


項垂れ、その場から動けないでいると、糸に変化があった。先程まで天に真っ直ぐに伸びていた糸が(たる)み、落ちてきたのだ。だが、糸が切れたわけでもなかった。


天から、小指に赤い糸を結んだ美しい女性が舞い降りてきた…。


運命の相手。


それは、旅を始めて僕が長く望んだ瞬間だった。大空を優雅に舞う為の綺麗な羽と、頭に金の輪を持つ美しい天女。僕の小指から伸びた赤い糸は、しっかりと天女の小指と繋がっている。僕の運命の相手は天女だったのだ。


天女が言った。


「はじめまして、私を探し求め旅をしてきた運命の人」


「ああ、なんという事だ。まさか僕の運命の相手があなたのような美しい天女だったなんて」


「私も嬉しいわ…、でも…」


天女は何故か浮かない様子だった。


「どうかしたのですか? 赤い糸で結ばれた者同士がこうして出逢えたのです。もっと喜びましょう」


「私も本当は喜びたいのだけど、私は天上人であなたは地上人、住む世界が違う二人は本来結ばれないの…」


「そ、そんな…」


せっかく運命の相手に逢えたというのに…。天女の言葉に目の前が真っ暗になる。


「でも、結ばれる方法なら一つだけあるわ」


「本当ですか!? それは一体どんな方法です」


すがる思いで尋ねる僕に、天女が言う。


「あなたが天上人になれば良いのよ。私達が結ばれる為に、さあ、早く死んで」

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