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黒の奇譚 ~夜王転生録~  作者: アメフラシ
第一章 黒廼家
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第七話 離脱




 ――――誰だ?


 背後に居たのは清楚な身なりの女性だった。

 帽子のつばで顔はよく見えないが、その凛とした佇まいからは気品の高さが窺える。

 もしかして彼女が連絡通路のシャッターを破壊し、白服の男を攻撃した張本人なのだろうか?


 「……やってくれるね、全く」


 燃え盛る炎の奥から穏やかではあるが静かな怒りを秘めた声が聞こえてきた。

 見ると火の海の中で、事もなげな様子で佇む白服の男がいた。


 「どこの誰だか知らないけど、これから面白くなりそうって時だったのに……よくも邪魔してくれたね」


 邪魔してくれた……それじゃやっぱりこの帽子の女性がさっきの炎を。けど何故? 何でそんなことを。


 「僕はね、誰かに自分の楽しみを邪魔されるのが大っ嫌いなんだ! 武装集団の捕縛だなんていう只でさえクソつまらなかった任務がせっかく楽しくなってきた所なのに……それを邪魔しやがって……!」


 白服の男は突として憤慨する。

 先程とは一転して荒れた語調で怒号を放つ今の姿こそが奴の素なのかもしれない。


 「これ以上僕の邪魔をするなら――――お前、殺すよ」


 明確な殺意を剥き出しにして言い放つ白服の男。深く被ったフードの下に一瞬見えた眼は何の迷いも躊躇いもない……本当に殺す人間の眼だった。


 にも関わらず、帽子の女性は臆した様子など一切見せずゆっくりと俺の前に出る。


 「……あっそう。それが貴女の答えなんだ。ふ~ん……だったら……死になよ!」


 白服の男は炎の中を駆け出し帽子の女性に迫る。

 それを見た帽子の女性は直ぐ様術式を展開。握り拳大の火球を自身の回りに無数に発現させ次々と射出する……彼女も魔導師だった。


 「……っ!?」


 飛んでくる火球に気づいた白服の男は足を止め、迫り来る火球を弐刀で捌いていく。

 白服の男と対峙した自分だから分かる。あの男が繰り出す乱舞の速さは尋常ではないと。だからこそ今、目の前で起きていることが信じられなかった……白服の男が目に見えて押され始めたのだ。


 白服の男がどれだけ捌いても火球による波状攻撃は一向に止む気配がない。それどころか一度に射出される火球の数を徐々に増やし、尚且つ打ち出される速さを次第に加速させて白服の男を圧倒していく。

 

 「くっ……そぉおおおお!」


 白服の男が焦りを見せる。

 俺と戦っていた時は終始余裕の姿勢を崩さなかったあの弐刀使いが追い込まれている。


 何なんだこの女性ひとは……あれほどの速さで現象を次々と発現させる魔導師なんて今まで見たことがない!?


 帽子の女性が放つ怒濤の攻撃に押され白服の男は一向に前へ出れず、今もなお火の海の中で攻めあぐねていた。


 「はぁ……はぁ……」


 炎の中にいる白服の男の憔悴を感じ取った帽子の女性は攻撃の手を止めると次の手に移る。次に発現させたのは水と電気で構築された二つの球だった。


 驚いた……炎だけじゃなかったのか。どんなに適性の高い魔導師でも複数の系統を操れるのはほんの一握りだけ。ましてや全く性質の異なる現象を同時に発現出来る魔導師なんて世界中でも数えるほどしかいない。それを平然とやってのけるこの女性は益々底が知れない。


 帽子の女性は自身の回りを漂う巨大な水球と雷球を白服の男がいる火の海目掛けて射込む。

 炎の中に飛び込んだ二つの球体が白服の男に当たる寸前で激突すると、球体を中心に火の海を一瞬で吹き飛ばす爆風が起こった。


 「おわぁあああ!?」


 立っていられない程の衝撃の波が押し寄せる。

 恐らく今のは水球が雷球にぶつかった際に電気分解して分かれた水素と酸素が、炎に引火して生じた爆発だ。

 

 白い煙がホーム全体に立ち籠める中、誰かに腕をつかまれる……見ると腕をつかんでいたのは帽子の女性だった。


 「え? あ、ちょっ!?」


 腕をつかまれた俺は帽子の女性に引っ張られるようにして強引にターミナル駅から離脱させられた。




 ◇◇◇




 「けほっ、けほっ……ああ、すっごい衝撃だったなぁ」


 夜斗と帽子の女性がターミナル駅から撤収してから数分後。白煙が収まった二番線ホームに白服の男がぽつんと一人取り残されていた。

 あの爆発を至近距離で受けたのにも関わらず、白いロングコートが煤で汚れただけで目立った外傷は何一つなかった。

 

 白服の男は何かを探すように煙りが晴れた周囲を見回している。


 「逃げられちゃったか……ま、いっか。十分楽しめたし」


 白服の男の声はとても満足気のようだった。

 男が悦に入っているとコートの内ポケットから携帯電話の着信音が鳴り響き、その音でふっと我に帰る。


 「はい、もしもし?」

 『……俺だ。随分と派手にドンパチやってんなぁ……定時連絡の時間はとっくに過ぎてんぞ』


 電話から聞こえてきたのは、なんとも気怠げで聞いていると眠くなってしまいそうな低い男の声だった。


 「あはは、すいません……ついうっかり」

 『……まぁいい。んで? そっちの状況は?』

 「武装集団のリーダー格らしき男の身柄は抑えました……というより、着いたらもう終わっちゃってました」

 『例の武装した民間人って奴か……まさか、本当に制圧しちまうとはな』

 「本当ですよねぇ。これじゃあ僕、何のために来たのか分からないですもん。あっはは、ホント嫌になっちゃいますよね~」


 「嫌になる」と言うわりには白服の男は全く気落ちしているようには見えず、寧ろ何処か嬉しそうだった。


 『……のわりには、何か上機嫌だな、お前』

 「あ、分かっちゃいます? 実は、その武装した民間人っていう人に会ったんですよ! それがまた物凄く強くて!」

 『……まさかお前、また悪い癖がでたんじゃないだろな?』

 「ひっどいな~悪い癖だなんて。そんな言い方しなくったって良いじゃないですか……ほんのちょっとだけ手合わせしてもらっただけですよ」


 白服の男が言っているのは恐らく夜斗の事だろうが、あの戦いを「手合わせ」程度というレベルで済ますには到底無理がある。


 『はぁ……ああそうかい。ところで……例のモノは? ちゃんと回収できただろうな?』

 「あ~……それなんですけど……どうやら“彼”が持っていっちゃったみたいなんですよねぇ」

 『“彼”って……おいまさか?』

 「はい、武装した民間人っていう“彼”です」

 『おいおいマジかよ……よりによって民間人の手に渡るとはなぁ。で、ソイツの特徴は?』

 「えっと~。黒髪で目付きがちょっと鋭くて……あ、魔導師候補生だ、って言ってたな。それとコレ、一番重要な情報なんですけど……」

 『……なんだ?』

 「その人……物凄く強いんですよ!」


 電話の向こうでため息をつく声が聞こえる。「戦馬鹿ここに極まれり」といった感じで電話相手の落胆している姿が安易に想像できる。


 『あのなぁ……それはさっき聞いたから。もっと他に何かないのかよ?』

 「他ですか? う~ん……特徴って訳じゃないんですけどね。凄く面白いんですよ、その人」

 『面白い?』

 「はい。実はその人――――魔導器を使わずに現象を発現させたんですよ」

 『――――っ!?』


 電話の相手は白服の男の話しに思わず息を呑んだ。


 「どうです。役に立ったでしょ?」

 『……ああ、上出来だ。他のテロリスト共は既に“シズク”が回収した。後はそこにいるリーダー格だけだ。後片づけは警察機構の連中に任せて俺達は撤収するぞ。リーダー格の回収、忘れるなよ……“ソウジ”』

 「分かってますよ……“宗一郎さん”。それじゃ」


 そして白服の男は気絶して転がっていたムタを肩に担ぐとそのままターミナル駅を後にした。




 

 


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