1日目
「またね、母さん」
強風に目を開けられない中、私は叫んだ。あちこちから、生まれ育った兄弟たちも叫んでいる言葉が聞こえてくる。どれも似たり寄ったりで、育った故郷と、母親に感謝を述べている言葉ばかりだ。
私達はこのまま風の赴くままに根を張り、花を咲かせて行くのだろう。もしかしたら、すぐ隣に兄弟が居るのかもしれない。
もう一度来た突風に意識を飛ばした。
痛みの走る体にムチを打ちながらゆっくりと体を起こした。目の前はでこぼこと歪んだ茶色い壁。
感嘆と眺めていると、どこからか歓迎の声が聞こえた。振り向けば、緑が広がっている。すべて私と同じ植物だ。背の高い者や低い者、細い者にがっしりとした者。色や形も様々だ。中には綺麗な花を咲かせてる者もいる。少し離れたところには、若木も居た。周りの草木が歓迎してくれていた。
「ようこそ、はじめまして!」
誰かが言ったその言葉に、私はこれからの日々が幸せになると感じて笑顔になった。
「疲れたろう、ゆっくりおやすみ。芽が出るまでは大人しくするのが一番だ。大丈夫、朝が来たら起こしてあげるよ」
老婆に頭を撫でられ、私は目を閉じた。
眩しさが瞼を通り越して目に届いた。
チカチカするそれに気が散って目を覚ますと、遠くに葉が揺らめいている。その奥には、青空が広がっていた。
思わず手を伸ばすけれど、葉にすら届きそうにない。
こんな遠くにあるなんて、これは一体何なのだろう。
「おはよう」
たくさん聞こえる声に、私は寝ぼけたまま答える。
「上手く……根をはったんだ、私。」
「少し日は届きにくいけれど、そこは風も雨も強くないよ。とっても良い場所に当たったね」
最後に聞こえた老婆の声だ。
彼女の花はもう散っていた。小枝は細く、次の冬は越せないだろうと、私にもわかった。
可哀想で思わず顔がこわばる。それに気づいた老婆は「いいんだよ」と苦笑した。
「私も、この木の恩恵には預かっていたから。」
「木?」
「そうだよ。お嬢ちゃんのすぐ後ろにいる、大きな木さ。私達をずっと見守ってくれている。それこそ私が生まれるずっと前から。」
指された上を見上げる。ずっと見ていたら首が痛くなりそうだ。
そうか。あれは木だったんだ。こんなにも、大きな木も生きているのだ。
「何でも知ってるのね」
「そうだろうね。しかし、私達は彼と会話が出来ないのよ」
どうして? 首をかしげれば、老婆は悲しそうな顔をした。
「答えてくれないんだよ。声が届かないのか、彼が喋れないのか、わからないけれど。」
「大声で叫んでも?」
老婆は静かに頷いた。そんなバカな。いくら大きくても、真横にいるのだ。聞こえない筈がないじゃないか。
私は大声で叫んだ。
返事はない。
私はまた大声で叫んだ。
返事はない。
もう、言葉じゃなくてもいい。ただの音だとしても、きっと返事をくれる。
私は大声で叫んだ。
返事はない。
「みんな試したよ。」喉が枯れる前に、もうおやめ。
なんだか悲しかった。きっと、色々なことを知っているのに。
「返事をくれないなんて、酷いやつだわ!」
思わず愚痴をこぼした。
きっとそうなんだ。みんなが頑張っても答えてくれないなんて。
「しゃべれなくても、なにかで返事をしてくれればいいのにっ!」
「話したこともない人のことを、悪く言うのはよくないよ」
それは知っていた。母さんから何度も教わった。それでも、今の私の頑張りを無駄にしたくなくて。
自分の思う通りにならなかったのがどうしても癪で。
きっと、誰しも少なからず嫌なことに対して愚痴を言ってしまうものだと思う。
そう言ってまた私は自分を正当化させた。
老婆が仕方ないなあ、と笑っていたのが視界の端に入った。