プロローグ
明日は来ると言います。
よろしくお願いします!
僕はラノベが好きだ。
きっかけは十一歳の時、純粋無垢だった僕に従兄弟の兄が薦めたラノベである。
それ以降、ドハマりした僕はあらゆるジャンルに手を伸ばした。
推理モノでも、バトルモノでも面白ければ、どんなジャンルでもだ。
最近はジャンルの中でも異世界モノがお気に入りである。
別の世界に転移させられた主人公が仲間を集め、力を磨き、敵を討つ。
そんな定番とも言える物語に、僕は現実では感じられない感動を得ていた。
何せ現実の僕は恋人はおろか友達一人いやしない。
勉強も運動も平均なみで、打ち込めるような趣味はラノベ以外だと何もない。
そのせいか、年を重ねる事にますます感動を求め、異世界モノにハマった。
時は経過し高校三年生にまで上がり、就職か進学か選択をしなければならなくなっていた。
我が高校は工業高校という事もあり、就職する者が多く僕自身も就職で良いかな、と短絡的に考えていた。
また時は流れ、大抵の人達が進路を決めていた。ついでに僕は誰もが知るブラック企業に決まっている。
進路の心配が無くなった僕らは学校からの御褒美に、某アニメのキャラクター達が集うテーマパークへ連れて行って貰う事となった。
その時の僕は、その日発売されるラノベの事で頭がいっぱいだったが。
まさかテーマパークへと僕らを運ぶバスで事件が起こるとは、つゆ知らずに。
※
とある工業高校で、休日だというのに朝早くから多くの生徒が集っていた。
彼等はこれから行く場所について仲の良い者同士で集まり話し合っている。
そんな賑わいの中でただ一人、誰とも話さず黙々と本を読む少年がいた。
周りもその少年に話しかけようとはしない。
(『勇者アルは自身の相棒〝聖剣SevenStar〟を掲げ、宿敵/魔将軍ボルネオへと駆け出した! 続く』と…。あー、新刊読み終えちゃったよ……)
ボサボサの髪に決して格好良いとは言えない残念な顔、平均的な肉付きに少し低い背丈、クラスの隅でよく見かける日陰者。
この物語の主人公、永田文雄である。
文雄は読み終えた本を暇つぶしの為に用意した他の本でパンパンのバッグにしまい込み、腕時計で出発までの残り時間を確認した。
(そろそろだな)
時計を確認してすぐ教員達の呼びかけが始まった。
周りの生徒は各々が乗るバスへと集まりだし、文雄も乗り遅れない為に小走りで自身が乗るバスへと向かった。
バスに到着し乗り込むと彼は当然のように先生が座る先頭席の窓側へと座り、読書を再会した。
しばらくして、一人の女性がバスの中へと入ってきた。
文雄の担任である。
「おーい、お前ら。今から確認のため点呼をとる。名前呼ばれたら返事しろよ」
「「はーい」」
女性は出発時間が迫ってきたことで、人数確認の点呼を始めるようだ。
身嗜みを整えればそれなりの美人になるのに、化粧もせず髪を爆発させ、レンズの大きい黒縁メガネ、ジャージの重ね着という非常に残念な服装をした女性、文雄の担任、ムラセンこと水島紫である。
「…田中五右衛門」「はい」「千原南」「はーい」「遠野大吉」「うっす」
「永田文雄」「……」
「おい、返事しろ文雄」「……」
紫が呼ぶのに対し、本に夢中になっている文雄は返事をする事を忘れていた。
紫は文雄に近づき、大きな声で怒鳴った。
「おい!」
(うわっ!)
本に夢中だった文雄は突然耳元で大きな声を出され驚いたが、周りの雰囲気から点呼で呼ばれた事に気付いた。
「文雄、点呼の時くらいは本を仕舞え」
「……はい」
羞恥で赤面となる彼だったが、紫はそんな事を気にせず、また点呼を再開した。
周りからはクスクスと笑う声が聞こえ、文雄は茹で蛸のように益々赤くなる。
(ツいてないなー)
思わず溜め息をつく。
こういう時、友達がいたならば気付かせてくれたり、先生に注意されたことをおちょくられたりして騒ぐのだろうが、彼にはどうしようも無いもの。
本を封じられた現在、文雄には窓から見える三年間過ごした学校を眺めるほか退屈しのぎは無かった。
点呼が終わり、紫は小走りで外にいる他の先生達の方へ向かった。
それと同時にバスの中は先程の賑わいが戻ったが、文雄に話しかける者はやはり居ない。
暫くして紫が戻り、バスが動き出した。
彼女は文雄の隣に座ると彼を小突いた。
「文雄、お前な~幾らダチがいねーからって、こんな時くらい本は置いて来いよ」
「でもテーマパークって昔から好きじゃないですよ。僕、高所恐怖症だし」
紫は呆れた顔で文雄を見つめ、諦めたように溜め息をついた。
「……まっ、アタシに迷惑が掛からないなら別に良いけど。おっ、これ『ライフ戦記』の最新刊じゃん」
「あっ、良ければどうぞ」
文雄は今日発売の新刊を紫へと渡した。
彼女は文雄程では無いが、ラノベ愛好者である。
本を読み出した紫とこれ以上話すことは無いため、文雄はバッグからまた別の本を出し読むことにした。
どれくらい経っただろうか、いつの間にか寝てしまった文雄は周りの異様な喧騒に目を覚ました。
「何この霧~」「前が何も見栄ねーぞ」「これヤバいんじゃね?」「たっ田中氏!」「原田殿!」
眠り眼をこすり窓を見ると、外は一メートル先も見えないほどの濃霧が発生していた。
「おーい、落ち着けお前ら」
紫は生徒を落ち着かせるため、冷静に言を発した。
宥めた後窓の外を観察し、他の先生と連絡をとろうと携帯を取り出したが、画面には圏外と表示されていた。
(んなっ、圏外だと!?)
連絡のとれないという本来あり得ない事が起こり、これはマズいと紫は急いで車掌に指示を出す。
「左の側面に止めてください」
「はっはい!」
車掌は慌てながらもウィンカーを出し左へ移動しようとした。
だが次の瞬間、全員の視界が謎の激しい光源によって塗り潰された。
そして誰も声を挙げる間もなくバスにいた全員が光に呑み込まれていった。
その日、テーマパークへ行く事となっていた工業高校上級生の内、一クラスが教師及び車掌と共にバスを残して行方不明となった。
メディアでは神隠しとも近隣国の拉致とも報道され、警察では事件性が高いとし、車掌または教師に関連があるか徹底的に調べた。
しかし、手掛かりを掴める事は無かった。
※
浮遊感を感じる不思議な空間で文雄は朧気ながら覚醒した。
(ここは……どこだ…?)
目を開けようとするが、不思議と力が入らない。幾ら繰り返しても結果は同じだった。
自身が今どのような状況にあるのか分からない今、文雄は不完全な意識の中で此処までの経緯を思い出そうと努めたその時。
《ふむ、一人目覚めた者が居るようじゃな》
男とも女とも、子供とも老人とも言えない歪な声が聞こえた。
文雄はその声の方へ此処が何処か聞こうとして、口も動かせない事に気付く。
《喋らずとも聞こえておるよ》
(……っ!?)
突然の返答に文雄は混乱した。自分は話していないというのに返事が返されたのだ。
人として当然の反応だと言えた。
冷静になるまでしばし。
幾分か落ち着いた文雄は返答の疑問を、謎の声へと向けた。
(…あなたは僕の心の声が聞こえるのですか?)
《具体的にはちと違うが、そのような解釈で良い。それより先程の疑問に答えよう、此処は世界と世界の境界線〝●●●●の狭間〟じゃよ》
説明の途中、理解出来ない部分があり文雄は聞き返した。
(すみません、何の狭間と言いましたか?)
《ん?…あぁそうか。すまん、すまん。つい我が世界の言葉で説明してしまった。まあ、狭間と覚えればよい》
文雄は説明から声の主は別の世界の住人で、今自分は地球に居ないと理解した。
その上でラノベ脳の自分が考えた可能性を相手へぶつけてみることにした。
(アナタは神様ですか?)
《まあ、当たらずとも遠からずというところかの。我は狭間の管理を任されし者ベルゼリーだ》
声の主、ベルゼリーの返答に文雄は身を固くした。
(やっぱり、神様に近いという点で神様同然だ。それに話の流れからして異世界に転移すんのか?)
《その通りだ。察しが良くて助かるぞ》
(でもどうして?転移した記憶なんて無いですよ?)
《ふむ。目覚めたばかりで思い出せんのかの?主は此処に来る前に周りが光に包まれなかったか?》
そういえばと、文雄は今になってバスでの出来事を思い出した。
霧の中を走るバス、騒ぐクラスメート、指示を出す紫先生………。
(そうだ、皆は、皆はどうなったんですか?)
《死んではおらん。皆お前と同じくこの狭間におるわい》
皆生きていることに安堵する文雄だったが、ふと新たな疑問が浮かぶ。
(僕達は何で転移するのですか?)
《主らが行く世界で勇者を求め、大掛かりな転移魔法が使用されたのだ。言わば、強制だ。主らに非はない》
(じゃあ、元の世界へ戻せませんか?)
《残念ながら我の仕事は転移する者の肉体を転移する世界に適応出来るよう造り変え、送ることだ。主らが転移を阻むにも、自身の世界に戻るにも主らからそれ相応の対価を要求する事となる。今の主らには無理だ》
(そうですか…)
何となく予想していた答えが返り、文雄は再び情報の整理を始めた。
(やっぱり戻れないか…。僕は転移するのに其処まで抵抗は無いから構わないけど。皆は納得するかなあ~?………ん?造り変える?)
ふと、ベルゼリーの説明の中で新たな疑問が文雄の脳裏を過ぎる。
(すみません、先程肉体を造り変えると言っていましたが、どのように変えるのですか?)
文雄は仮面ライダーを連想した。
《ククッ、別に造り変えると言っても物理的に改造するわけではない。あちらの世界で生活出来るようにし、勇者としての力を与えるだけだ》
『勇者の力を与える』、その言葉に文雄は今まで以上に食いついた。
(力!勇者の力をくれるんですか!?)
《当たり前だろう。そうでなければ主らが転移する意味が無くなるわ…》
そこでふとベルゼリーは何かを察知し、言葉を止めた。
ベルゼリーは考えだしているようであるが、何も見えず、興奮状態の文雄にはそんな事を気にする余裕は無く、沈黙が堪らないものであった。
(あの!僕はどんな力を貰えるんですか!?)
《これこれ、そう焦るでない。それに此処での詳しい情報開示は禁じられておる》
(そ、そうですか…)
文雄は注意された事と教えて貰えなかった事で落ち込んだ。
しかし、次のベルゼリーの言葉で元気を取り戻す。
《だが此処で主と語らったのも何かの縁。主だけにもう一つ力を与えよう》
(本当ですか!!)
実に現金な奴である。
《本当だ。さて、そろそろ別れの時だ。最後に一つ言い残す事はあるか?》
ベルゼリーのその言葉の直後、文雄は意識が何処かへ飛ばされる感覚に襲われた。
(じゃ…じゃあ最後…に一…つ……)
《何だ?》
もう、殆ど意識が朦朧としながらもコレだけはと自身を奮い立たせ、文雄は思った。
(パソ…コン内……の………エロデー…………タ処理を……………………)
そこで文雄は完全に意識を失ったが、遠くで笑い声が聞こえたような気がしたのだった。
文雄達の呼ばれた先とは?
次回もよろしくお願いします。