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雪降る暮れの訪問者

作者: わらび餅

 「いや、ほんとなんだよ? ほんとにくるんだって」

「ああ、うん、面白いよ、ハスミさんの冗談は」

山の上にあるこの高校の、図書室の冬。その寒さは筆舌に尽くしがたいものがあり、つまり図書当番とはそれとの極限化の戦いというわけであって、彼にハスミの話を信じる心の余裕があるはずもなかった。

「そんなに言うなら、今日の放課後の当番、加勢するよ。ハスミさんの言う、『図書室荒らし』に会えるんでしょ」

「うん、多分ね。でもなんだか、嫌な予感しかしないなあ」

そうこう話すうちに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

「もうこんな時間か。じゃあまた、放課後。ほんとしっかりしてよね、副会長さま。」

「うるさい。実際に見て、とくと驚くがいいよ」

ふふん、とハスミは自慢げだった。放課後が楽しみだ。



 放課後、嫌な予感は当たった。彼は自身の発言を忘れ、約束をすっぽかした。元々当番は二人体制だから、寂しくはないのだが。

 今日はいつにもまして人が多く、貸出カウンターのハスミもおおわらわ。今月はミステリフェスをやっているから、その類の本が圧倒的に人気だ。スタンプを集め、委員手製のしゃれたしおりを受け取った人はみな満足げで、ハスミは嬉しかった。その人混みの最後、夏目漱石全集を借りたいという珍しい女の子の貸出処理をしたところでひと段落ついたので、ハスミはもう一人の当番に断わって、図書室の奥の方へと向かった。

 すると、ハスミの睨んだ通り、やはり彼はそこにいた。ほこりをかぶった日本文学の分厚い本が並ぶ、その棚の足元。つやつやの毛並が愛らしい、『図書室荒らし』。その正体は、一匹のキツネだ。

「やっぱりきたな、図書室荒らし。また盛大に本を散らかしてる……直すの大変なんだよ、って、ちょっと待て!」

いつものように、そのすばしっこさで彼は逃げようとする。ハスミはやはり敵わず、すぐに見失ってしまった。


 「また逃したの? 例のキツネ」

「うん、あすなにも手伝ってもらえばよかったなあ。カウンターを空けるわけにはいかないけどさ」

息も絶え絶えに戻ったハスミに、あすなは言う。

「また、文学コーナー? 渋いよねえ」

「なにそれ、本を読みにきてるみたいな」

「案外そうかもよ?」

あすなは笑った。ところで、と付け加える。

「ここって三階だし、出入り口の扉も閉めてるのに、なんで入ってくるんだろうね」

なんとなく言ったようだが、全くその通りだ。そう思って、ハスミは急に恐ろしいような気がした。


 事件は何度も繰り返された。時間はきまって放課後。荒らすのはお堅い本ばかり。追いかけても、数人で囲んでも忽然と姿を消して逃走。しまいには本当に幽霊なのではないかとさえ思われて、ハスミは軽い寝不足になり、あすなに笑われた。

 「あの、源氏物語って、この大判のしかないんですか?」

そんな眠い夕方、尋ねてきたのはこの間夏目漱石全集を借りていった女の子。生粋の文学好きなようで、よく本を借りにくる。重いのが耐えられないらしかった。

「ああ、隣の棚に文庫版がありますよ」

「ほんとですか! ありがとうございます」

嬉しそうにそれを借りていった彼女を見送ってから、どうせ逃げられると思いつつ今日も見回りをすることにした。

 すっといつもの場所を覗くと、いつものように本を引きずり出しては遠くへ運ぼうとするキツネの姿。ハスミが睨むと、彼はすぐさま逃げ去った。落ちた本を直すのにもすっかり慣れたな、と思ったその時。拾い上げた本のタイトルをハスミは凝視する。

「源氏物語」。ハスミは、ようやく一つの確信を得た。



「あの、これ貸出お願いします」

またあくる日の夕暮れ時。例の女の子がやってきた。ついにこの時がきた、とハスミは思った。貸出処理を慣れた手つきでこなしながら言う。

「一つ、お伺いしたいことが」

「はい?」

緊張で思わず声が震える。深く息を吸い込んで、一言。

「あのキツネ……あなたでしょう」

途端、女の子の顔が青ざめた。逃げるに逃げ出せないという苦しそうな表情。やはり、とハスミは思った。人間に化けて本を借りるも、途中で変身が解けたところでいつも人に見つかってしまい逃走。それこそが、彼女の正体であると、そう推理したのだ。……あれ、でも、本を置いて逃げたんじゃあ、彼女がきちんと返却をしにくることとつじつまが合わないぞ。そこまで考えたところで、彼女は口を開く。

「ごめんなさい、生徒会の方ってやはりそういうの把握されてるんですね。すみません、校内で餌付けなんかしちゃダメって分かってるのに、私、あの、ええと」

「はい?」

しどろもどろな彼女に、ハスミの頭は追いつかない。

「本当にすみません、もうどうしたらいいか」

「は、はあ」

どうもハスミの推理は的外れだったようだった。


 彼女の説明をまとめると、吹奏楽部の個人練習中に可愛らしいキツネを見つけ、うっかり餌をやったところ、それが常習化してしまったということだった。真面目な人らしく、とても申し訳なさそうにしていたので、「いや、私も可愛いと思ってたんです」となんとか話を合わせておいた。その後はキツネの愛らしさについて語り合い、別れた。ただ、最後に「でも懐かなくて。食事は絶対目の前でしないし、触らせてくれないんです」と言っていたのを聞いて、今度こそ確信したことが、ハスミにはあった。



 これまたあくる日の夕暮れ。私は宮沢賢治詩集を例の彼女に貸し出した後、日本文学コーナーへ向かう。

「今日もいるんだね」

キツネが驚き、こっちを見る。

 なぜ彼は、彼女の借りた本を追って本を荒らすのか。

「ねえ」

いや、持ち出そうとするのか。

「君、恋しちゃったんでしょ。人間みたいなことするよねえ」

キツネはつぶらな瞳でハスミを見つめる。表情は分からない。

「でもつらいよね。君、とっくに」

きらきらと雪に反射した西陽が差して、図書室のあらゆる本がつめたいような温もりで照らされる。この景色が好きで図書委員になったことを、ふと思い出す。

ほら、読みきかせてあげるよ。ハスミは笑った。


ありがとうございました。

学校の図書室プロモーション企画のために書いたものです。字数制限に負けて急展開になっています。

ちょっと笑えて可愛い感じを目指しました。

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