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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

背海の塹壕

作者: 航空母艦

「来るぞぉ!!!伏せろ!!!」


空の上を何本もの筋のような雲が走った、

その筋の矛先は、我々だった、


地面が底から突き上げられているような感覚だった、

永久凍土のこげた土が我々に覆いかぶさる、またしても歩兵を二人失った、

貴重な戦力が削れて行く中で、我々は何も出来なかった、


もはや所有していた野砲は無くなった、

撃てる銃も母国の九九式小銃だけであった、

スオミ短機関銃は弾薬も銃身も無くなった、


幸いにも三八式の旧式小銃は無かったようだ、

着脱式弾倉の九九式は扱いやすかった、

三八式のように一々銃の中に弾を込めなくてもよかった、


しかしボルトアクションであるために連射速度は遅かった、

こちらが顔を出すとあちらは重機関銃で出迎えてくれるのだ、

とんでもなくありがたくない話である、


塹壕を掘って後退した、皆が泥と雪と格闘した、

名ばかりの機甲師団は全てを使い果たし鹵獲したがっていたが、

危険極まりないので命令は下しておいた、が、

あの司令官のことだ、何かしらやらかすとは思っている、


九八式半軌装車(大型の方)はあっという間に負傷兵でいっぱいになった、

移動本部も捨てた、無線は半軌装車の助手席にぶち込んだ、

途中で乗り捨てられた砲兵トラクターをいっぱい見つけた、


出番が無かった整備兵が活気付いた、

九八式四屯牽引車はあっという間にトラックのような荷台を載せられた、

中の座席が全てなくなっている、丸太から作った椅子が並んでいた、

運転席も真ん中から、トラックみたいに端っこの方に移動させられていた(運転席は鉄パイプと布で作られたボルト固定式)、


「こりゃあ、開けて見るしかないな」

「あかんな、ここだ、」

「うーん、バイパスしよう、あそこからここにつなげれば...」


などと言う機械に詳しくない私が見ていると軽く酔いそうな光景が展開されていた、

壊れたジーゼルエンジンをかき集めて何とか動くエンジンを作り上げた、

負傷兵も歩兵も関係なく載せた、


整備兵がまだごそごそとやっていたので私は後方警戒に数名の兵を連れて行った、


「今ある武器は九九式と手榴弾、迫撃砲弾は尽きた、八九式重擲弾筒も捨てた、後はなんかあるか?」

「そうですね、この兵器の墓場から幾つかもらいましょうか?」


あわてていたのか、

雪景色にまぎれた明らかな人工物群、

ここを明け方まであさったが、砲兵が捨てたようで、

護身用の拳銃しか見つからなかった、

自走砲もあったが動かした途端にイワンの直射のお祝いが届くだろうからやめておいた、

整備兵たちは相変わらず装甲戦闘車両の墓場をあさっていた、

戦車兵も協力して何かをしていた、


この間にも私が後方警戒しているんだから早く済ませて欲しかった、

どこの師団長が後方警戒をかってでるんだよ、私ぐらいだよ、


「...国へ帰りてぇ」


ぼそっとつぶやいた、

周りに居た歩兵たちも銃を硬く抱きしめ始めた、


「どうだ、帰ったら何が一番したい」

「...嫁に会いに行きたいです」

「ほぉ...お前が会いたいと言うほどだからよっぽどの別嬪さんだろうな」

「それはもう佳麗ですよ、師団長は?」

「...まずはグッとこう酒を飲んでから原隊復帰かな...」

「忙しい人ですね、」

「所詮、俺は上から捨て駒としか見られていないんだよ、今回のこの師団の人事の引抜だってそうだった」


そうやって喋って、

刺すような寒さと湧き上がる恐怖から逃げた、


緑色の信号弾が上がった、


「あれは、森井の小隊か!?」


空を音と闇と火球が支配した

まるで花火だと思わず感傷してしまった


「イワンの阻止砲撃...青色の信号弾で返答するぞ」


一発撃つとすぐに走った、

数十秒後、彼らが居た場所には榴弾の雨が降り注いだ、


「まさかここで合流するとは、真っ暗で地理も分からないんだぞ、動けるものは陣地を掘れ!!砲弾が直撃さえしなければ固まった土だ、早くしろ!!」


夜明けが近い、どこと無く何かが聞こえる、

心をざわつかせるイワンの足音ではない、

何だあの音は?


心がリラックスできる、

戦場では味わえない雄大な音、聞き覚えがある音、


「波の音、まさか、もうここまで後退したのか...」


整備兵が一人やってきた、

なにやらとても楽しそうな表情だ、


「急造の突撃砲戦車出来ました、もう後何両も作れます、ここはスクラップと資材の地獄ですよ!」


この野郎、地獄と言った割にはずいぶんといい顔してやがる、

天国と地獄が混合したこの地点だからこそなのか、


九八式牽引車の荷台に箱型の戦闘室を載せただけではあるが、

無いよりマシであり、九〇式野砲を運転席の隣から突き出したどこかバランスが悪そうな感じである(どこか後のヘッツァーに似ている配置である)、

豆腐のような箱型戦闘室はサイズ的に装甲を切断したのをボルトで組み上げている、

え、これ本当に走るの?と聞いたところ、


「冬季迷彩でばれ難くしましたし、ある程度の機動力は確保しています、万が一の際はエンジンが盾になってくれますし、戦闘室は対戦車ではぎりぎりですが80mmの装甲板です、大丈夫です動きます、意地でも動いてもらいます」


と強気の返答が無線で帰ってきた、

歩兵部隊も掘った塹壕に身を潜める、


雪中から引きずり出した大口径の重砲のカノン砲や榴弾砲はいつでも一戦を交える準備も整った、

もっとも、何発か撃てればそれでも十分だが、


「時計、狂ってない時計はあるか、これはガラスが割れてるな、本当に狂ってないんだな?本当だな?」


作戦は普通時間をかけてやるもんだ、

なのに今、たった十二時間にも満たない準備で始まろうとしていた、


「...まだだ、」

「あちらは包囲網をすぼめています、早くしないと森井小隊が」

「わかっとるから黙ってろ、...まだだ」


秒針が遅くなった、

呼吸もだんだん速くなる、


「三、二、...一!!支援砲撃!!!」


赤い信号弾を撃ち上げる、

重砲が唸りをあげた、着弾とともにイワン達の叫び声も聞こえた、


突撃の声も聞こえた、


「よーし来い、そのまま突破して来い、重砲!!照準を少し後方へずらしてありったけ叩き込め!!」


自分の小銃の弾倉をはずして確かめる、

きっちりと弾は入ってる、肩に何かがぼとっと落ちる、


羽の先、鳥の羽だ、


「...私は、平和な世界を望むよ、」


ボルトをひいて弾を装填する


「だけど、人はどうしても繰り返すのさ、愚行をな、」


丸腰で逃げてくる数名を確認、

その後方をゴキブリみたいに追ってくるイワンも確認、


「みんな、罪人なんだ、」


生き物が住むこのど真ん中で我々は殺し合いをやってる、

海で沈んだ船だって珊瑚を押しつぶす、

戦車は草木を引きちぎる、

航空機は鳥たちをどこかへ追いやってしまった、


手が震えてきた、

照準が出来ない、

私は役立たずだ、


震える手で腰の冷たい拳銃に触れた、

ゆっくりと震えながらこめかみに持ってくる、


「師団長を抑えろ!!自殺衝動だ!!」


周りに居た歩兵が覆いかぶさって私を縛り上げる、

ただただ私は、叫ぶことともがく事しか許されなかった、


「くぼ地で足止めされている、重砲!!目標をイワンの歩兵に変更しろ!!」


参謀が代わりに指揮を執る、

お互いにこの師団が出来るまでは何も知らなかったのに、

何度も助けてもらった、感謝しきれない、


暴れるのも疲れて私は塹壕の中で横たわった、


「敵弾襲来!!伏せろぉ!!!」


嫌な風切り音だ、これなら台風の音を聞いた方が心休まる、

私の上に歩兵が覆いかぶさった、


土埃が舞い上がる、


「照準がずれてるな、下手糞め」


石の破片でたまたま切れた縄を解く、

ゆっくりと立ち上がり参謀に耳打ちする、


「行って来る、留守を頼んだ」


危険ですと言う背後からの声を無視した、

歯がガタガタとリズムを奏でる、

着弾した榴弾が私の心を急かす、


声にもならない声で腰の八洲刀を振り上げた、

イワンの火線が私に集中されようとしていた、

一瞬の隙である、この一瞬の隙でくぼみから森井が部下を連れて塹壕へ走った、


私は逆に走った、

くぼ地に滑り込み手榴弾のピンを抜いた、

手ごろにあった石の上に叩きつけて投擲した、


気づけば少年兵がそこで震えていた、

タイミングを誤ったな、


「おい、名前はなんと言う」

「...中山です」


一発、イワンをしとめながら話した、


「いいか、俺の合図で走れ、」

「...いえ、僕は、ここで、朽ちます」


拳銃を握った手は震えていた、

土が降ってこようが、雪が降ってこようが、

その手は動かなかった、ただただ震えていた、


「...死ぬ覚悟の無いやつが、死のうと思うな」


その一言でようやく少年はこめかみに拳銃を当てる、

しかし、それ以上は無かった、


「...いいか、簡単に死ぬと思うなよ!!今死ぬってことはこの状況から逃げているのと同じだ!!お前は栄えある皇軍の一兵だろ!!生きて生きて天皇のために戦え!!それが嫌なら戦う理由を見つけろ!!それでも嫌なら後方へ行け!!」


どの口が言ってるんだ、と我ながら思った、

さっきまで自殺しようとしていた師団長が、

死のうとしていた少年兵に説教をしている、


「行くぞ!!」

「は、はい」


世の中まったく矛盾してやがる、

矛盾の塊だ、


「走れぇ!!!」


背中を押してやる、


二人は塹壕に向かって走り出す、

土埃が舞い上がるのはもう日常、

木の枝で切るのも日常、

雪ももはや日常、


もう何もかも日常


その時、


粟谷が崩れ落ちた、


「師団長!?」

「かまうな走れ!!足だけだ!!匍匐前進で帰ってやるから安心しろ!!!」


躊躇した少年兵の足元を銃弾が命中する、

それを合図に彼は走った、


「やれやれ、波乱な人生だ」


十年ぶりのタバコを口に銜えた、

火は無い、


火線が走る中、

彼は上向きで後退しようと試みていた、

小銃を構え敵に向ける、

常に敵を見れるが体力を使う、

彼は唸りをあげながら軋む体に鞭を打った、


何かが撃ち上がった、




「黄色の信号弾、やっと来たか...」

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