空からの来訪者3
中庭友の会が結成されて数週間が経過した日のこと。
ナナリーが気になる噂を耳にしたとレニーたちを呼び出したのが事の発端であった。
「何だよ、気になる噂って」
「みんな、これ見て!」
アルンの問いかけに、ナナリーは一枚の写真を取り出して一同に示した。
それは、真夜中の旧校舎を写したものであったのだが、一見しただけでは何の変哲も無い一枚の写真としか思えない。
「……で、それが、どうしたってんだ?」
ナナリーが言わんとすることが理解できずに首を傾げるレニーに、ナナリーはしびれを切らしたのか旧校舎の二階の端にある窓を指した。
「ここ!見て!明らかにヘンなモノがあるでしょ!?」
確かにそこにはぼんやりとした発光体が映り込んでいたが、月明かりがそう見えたという可能性もあるため、皆さして気に留めなかったものだった。
「月明かりが窓に反射しただけなんじゃねえの?」
クラウスの言葉にナナリーは顰めっ面になり、再度写真を突きつけた。
「月明かりがこんな色になると思う?」
「これは……赤い、色ですね」
クラウスの横から写真を眺めるゲルダが首を傾ぎ、少し距離を置いて静観していたロイドもチラリとその輪に視線を送る。
「ナナリー。それはいつ撮られたものですか?」
「え?えーとね、それを撮ったのはあたしの友達なんだけどさ。三日くらい前だって言ってたかなあ。……それがどうかした?」
突然話に割って入ったロイドに少々戸惑いを見せたナナリーだったが、ロイドはそれを聞いて何やら思い当たる節があったらしく
「そうですか。どうもありがとう」
と言ったきりまた黙り込んでしまった。
「それで?写真がヘンなのは解ったけど……その妙な噂って何なの?」
一同が沈黙する中、それを破ったのはマイヤだった。
「ああ、うん。みんなはさ、旧校舎の幽霊の噂って聞いたことある?」
再び口を開いたナナリーは、古くから伝わっているのだという噂話を語り出した。
彼女の話をまとめると、学園が設立されて間もない頃に現在旧校舎となっている場所に流れ星が落ちたのだが、何故か校舎に損害はなく夜中だったということで怪我人も出なかった。
しかし、その直後に女生徒が一人行方知れずとなり、学園中をくまなく捜索したがその女生徒の姿を見付けることは未だに出来ておらず、それ以来流れ星が降った日と同じ新月の夜、旧校舎に行くと校舎内をさまよう行方知れずの女生徒の姿が見られるのだという。
「ちょ……っと待て、今、何つった?新月の夜?」
眉を顰めたのはアルンだ。
確かに、その噂が真実であるならばこの写真は新月の夜に撮られたものと仮定出来る。
「……三日前はちょうど新月。月明かりが映った線はこれで消えますね」
ロイドの確信めいた言動はナナリーに問うた写真が撮られた日付から割り出されたものだったようだ。
「だったら、これはやっぱり幽霊なんですか?」
心なしか声が弾むゲルダに微かな笑みを返し、クラウスは全員に向き直る形を取る。
「もしかしたら、その流れ星が虹の欠片だって可能性もある。……だろ、フィル」
「え、ええ……でも、もう何年も前のことなのですよね?」
学園創設時ともなれば何十年も前の話になるであろう事は全員理解していた。
だが、可能性があるのならば確かめてみなくてはならないだろうという考えもまた存在しているのだ。
「でさ。今度の新月の夜に寮長たちが揃って学園から出るのは知ってるよね?」
にんまりと口元に弧を描きナナリーが言うと、レニーはいつだかの朝礼を思い出してハッとなった。とてつもなく嫌な予感がしたのだ。
「ああ、そういやそんなこと学園長が言ってたなー……って、ナナリー……お前まさか……」
「そう、そのまさか!その日みんなで旧校舎に行ってみようよ!」
奇しくもその予感は当たってしまったようで、レニーを含めた一同は盛大な溜息を吐いた。
ただ、フィルだけは皆が嘆息する意味が理解できていないようで、ポカンとして頭を抱える面々を眺めていた。
「わかってるか?もし先公共に見つかったら反省文じゃ済まないかもしれないんだぜ?」
「けど、行動しなきゃ事態はかわらないのも事実ですね」
年長者であるアルンがすかさず諫めに入るが、好奇心に火が点いた後輩達の話は止まるどころか加速していたため、否応なしにアルンも同行者に加えられてしまっていた。
「大丈夫だよ、アルン。忘却薬を持って行くから、いざって時はそれで切り抜けよう。……それに、ウチのパーティには秀才のロイドがいる。何とかなるって」
「……そうなる事を祈るよ……マジで」
クラウスの説得に根負けしたアルンは、この後実質上のリーダーに任命され、当日の待ち合わせ時間やら各自の持ち物の把握やらに時間を費やす事になったのであった。