空からの来訪者2
「虹の欠片って、あの虹の欠片?」
フィルの声に最初に反応を示したのは黒髪の少女だった。
それにつられるようにほかの面々も次々と興味を抱きだしたようで、いつしか始業の鐘が鳴ったことにも気づかないほどにフィルの話に聞き入っていた。
「確か、虹の欠片をすべて集めると願いが叶うという言い伝えでしたね」
眼鏡をかけた少年が問うと、フィルは頷いて手首にかけてある欠片を掲げて見せた。
「はい……実はこれが、その欠片の一部と言われているものなんです」
「え?!それが……?」
身を乗り出して欠片を眺めているのは燃えるような髪を靡かせた少女。
その勢いに気圧され気味ではあったが、その背後からは白衣を身に着けた少年も物珍しげに欠片を眺めていた。
「確かに、その欠片からは途方もない魔力が感じられますね。……まるで、この世界のものではないような気配さえ……」
「虹の欠片とは、次元の挟間に漂う魔力が結晶化したものと言われています。何年か一度にそれが地上に降るのです」
フィルの話によれば、その欠片を集めて挟間の世界を統べる神に会うことができればその者の願いを叶えてもらうことができるのだとか。
「すごいじゃん!その話、あたしは乗ったよ!あ、あたしはナナリー・ブリッジ。剣術科の一年生。よろしくね、フィル!」
興味を示すのが早かっただけあって、協力を申し出るのもナナリーが一番乗りであった。
しかし、他の六人は未だ半信半疑の様子でお互い顔を見合わせて出方をうかがっているような様子もある。
「……そうですよね。何の見返りも無しではいけませんよね……」
日の光を受けて輝く欠片と一同の顔を見比べ、フィルは一つため息を吐いた。
一瞬その瞳に陰りが浮かんだが、それを振り払うように欠片を握りしめて顔を上げると振り絞るような声音で
「わかりました。では、欠片がすべて見つかった暁には、みなさんの願い事も叶えて差し上げます」
と切り出した。
それに面食らった六人は暫く戸惑うように視線を彷徨わせたり、押し黙ったり、あるいは思考を巡らせたりと各々悩んでいたようだったが、やがて決意を固めたようで全員が肯定の意を示した。
「ありがとう、みなさん……」
「じゃあ、まずは自己紹介だな!」
涙ぐむフィルを宥めながら口火を切ったのはレニーだった。
「俺はレニー・ダール。僧侶科二年生だ!」
それに続いてナナリーも大げさに腰の剣を鞘の上から叩いて見せる。
「あたしはさっき言ったよね。ナナリー・ブリッジ。剣術科一年生だよ」
次に名乗ったのは博識さを披露していた眼鏡の少年だ。
「僕はロイド・ワイマール。賢者科の三年生です」
「マイヤ・フォートレス。魔術科三年生!炎の魔術なら任せて!」
その隣にいた炎髪の少女は言うなりポケットから取り出した飴玉を口中に放り込んで笑みを向けた。
「それ、魔力回復の内服薬だね。今度成分調べさせてよ。――っと、オレはクラウス・ヘーゲン。薬草学科の二年生。よろしく」
「格闘術科一年、ゲルダ・レフティネンです!よろしくお願いします!」
クラウスに続くのは銀髪を高い位置でまとめている少女だった。名を聞いた途端に一部が奇異の眼差しを向けたが、本人はさして気に留めていないようだった。
「アルン・メヒューだ。マッピング科四年生。この中じゃ年長者になるな。みんなよろしくな」
最後に声をかけたのは胸ポケットに鉛筆を何本も入れていた青年だ。
一通りの自己紹介が終わったところで、レニーがふと疑問を口にした。
「ところでさ、フィルはどこに匿うんだ?このままじゃ放り出されちまうぜ?」
「ええと、わたしのことでしたらお気になさらず!近くの町に宿をとりますし」
「それでも限度があるじゃん?――だったら、あたしのとこに来る?一人だし、寮長にもバレないと思うんだ!」
「で、でも……」
尚も言いよどむフィルを半ば押し切る形で、ナナリーの部屋に居候させるということで全員の一致を得た。
「では、定期的にここに集まることにしましょうか。ここなら見ての通り滅多に人は通りませんし、悪巧みするにはうってつけの場でしょう?」
ロイドの提案に否を唱える者はいなかった。おそらくは皆平穏な日々に紛れ込んだ刺激に手を触れてみたかったのだろう。
「じゃあさ、じゃあさ!合言葉決める?そうしたら学校の中でも話ができるでしょ?」
「それいいな!何にする?」
「……中庭友の会、とか?」
ぼそりと呟いたのはクラウスだった。それに一同は固まったが、フィルの
「それ、いいですね!秘密結社のようです!」
というはしゃぎぶりに誰もツッコむ気分になれず、数日後にはそれが定着してしまうことになるのであった。