空からの来訪者
部屋の中央、そこは夜中だというのに煌々と明かりが灯っていた。
明かりの発生源は床に描かれた魔方陣であった。
青白く発光する線の畔、そこに彼女は居た。
その手には淡い緑色の欠片を繋いだブレスレットが輝いている。
若草色の瞳は本来は柔和な眼差しなのだろうが、今は苦痛に耐えるかのように潜められていた。
「待ってて、必ず助けてあげるから……」
決意を秘めた呟きに応える者は誰も居なかったが、少女は一度だけ後ろを振り返ると意を決して魔方陣の中に飛び込んだ。
後に残るのは光を失った魔方陣と、静かに泡を立ち上らせる水槽のみであった。
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私立オーデライド学園。
幼稚部から大学院まで兼ね備えたマンモス校である。
次世代の魔術師、剣士、傭兵、研究者を育成する機関として国家を上げて運営されており、卒業生は各方面で名声を得られるとされている。
この学園に入学することは一種のステータスとなっていると言っても過言ではない。なにしろ、在学しているだけでギルドのスカウトがかかったり、王宮からの内定を出されたりしてしまうのだ。
しかし、優秀な人間が居ればその反対もあり得るわけである。
現在遅めの昼食を終え、中庭に向かっている少年、レニー・ダールもその一人であった。
「あーあ、追試なんてツイてないよなあ!」
彼は僧侶科に所属する高等部の学生なのだが、如何せん実力が伴わないことが多々あり、今回もお約束通りに追試の洗練を受けたのだった。
そんな彼の憩いの場が、中庭にある噴水だ。
今は水が涸れてしまっていて涼やかな水面を見ることは出来ない。
しかしながら、人気のないこの場所はレニーが授業をサボるにはうってつけなのだ。
「…………あれ?」
普段は全くと言って良いほど人の気配が無いこの場所に今日に限って人影があった。
「え?」
「……」
「何?」
「ーー……珍しいこともあるわね」
「見ない顔ですね」
「ここにこんなに人が居ることの方が珍しいんじゃね?」
ある者は一瞥をくれただけで眼を逸らし、ある者は歓迎しと三者三様(実際にレニーを迎えたのは六人であったが)の反応を返していた。
「ま、いいや!こうやって会ったのも何かのえ「どいてええええ!!」
和やかに一歩を踏み出した瞬間、レニーの声に別の声が上から重なった。
何事かと全員が空を見上げると、真っ直ぐにこちらに落下してくる「何か」が見えた。
その「何か」はみるみる加速して、レニーの上に着地した。
「ぐえっ!?」
蛙が潰されたような声を上げて倒れ伏したレニーに乗っかっていたのは、オリーブ色のトレンチコートにレースがふんだんにあしらわれたワンピースを着た少女であった。
「ご、ごめんなさい……!」
すぐさま飛び退いた少女が佇まいを直す間に、レニーも身を起こして枯れ葉やらを落としていた。
ようやく落ち着いたのはそれから数刻が経過した後である。
「で?なんで空から?」
問うたのは噴水の縁に腰掛けていた少女だ。
「それが、魔方陣が誤作動したみたいで……」
「それは大変ですねえ、魔術科の方ですか?」
「あ、いえ……」
問いを続けたのはレニーの近くで読書をしていた少年である。よく見れば彼の胸には賢者科のネームバッヂがつけられていた。
彼の問いへの答えは否であったため、少年はまた何か考えるように眼鏡のブリッジを押し上げた。
「だとしたらどっから来たんだよ、お前」
「それは……遠いところです。とても」
「何しに?」
「え、ええと……」
矢継ぎ早に繰り出される問いに目を白黒させる少女を見かねた眼鏡の少年が、少女を庇うように前に出た。
「止しませんか。彼女も突然のことで混乱しているのでしょう。__まずはお名前を聞かせて頂けますか?」
「フィル。フィル・レイナーダです」
フィルと名乗った少女は、集った面々を見回して手元にある欠片を握りしめるとおずおずと話を切り出した。
「あの、皆さんにお願いがあります。……虹の欠片を探すお手伝いをしてもらえませんか?!」