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五分前のぼくと五分後のぼく

作者: 小林 米



 出来上がったタイムマシーンは、見た所がらくた同然といったような代物であった。無理もない。ぼくたちはがらくたを使って、これを製造したのだ。とはいえ動作は正真正銘のタイムマシーンで、過去にも未来にも好き勝手に移動する事が出来る。

「よし、さっそく古代の恐竜共を見に行こう」とタイムマシーン研究リーダーである室田氏が、装置のダイヤルを回した。

「室田さん」と花田金治が室田氏を呼ぶ。振り返り様であった。室田氏がダイヤルを回し終え、それから声のするほうに体を動かした時、突然、花田金治が金属スパナで室田氏を一撃した。ちゅうちゅうと出てきた室田氏の体液が、室内を汚した。

「古代の恐竜など見に行って一体どうするつもりなのだ。見に行くのなら戦国時代じゃないか、当たり前だ。どう思う?お前もそう思うだろう」と花田金治がぼくを振り返った。

 確かに、古代の恐竜も魅力的だが、戦国時代の合戦も同じぐらいに魅力的だ。

「だからって殺す事ないじゃないか」とぼくは花田金治に詰め寄った。「恐竜も観察して、それから戦国時代に行けば良かったんだ。かわいそうに、もう動かないんだぞ」

「平気さ。ちょっとした冗談だよ。考えても見ろよ。ちょっと過去に言って、生きている室田氏を連れて来ればいいのだ。その前に、人殺しというやつをいっぺんやってみたかったのだ。どうだ。まずは、ちょっと前にいって室田氏を連れてこよう」

 そういうと、花田金治はダイヤルを回した。「ようし、五分前に戻したぞ。あとは乗り込むだけだ。連れてきた室田氏が自分の死体を見てなんというか、見ものだぞ」

 そういうやいなや、ぶうんという機械的な音がして、花田金治はどこかへと消え去ってしまった。

 その間、ぼくは待たなければいけなかった。手持ちぶたさでタバコを吸い、それから床の掃き掃除をして、思い出したように室田氏に布団をかぶせた。そのまま、放置していても別段気にはならなかったが、やってきた生きているほうの室田氏が、地べたで何もされずに死体となっている自分自身を発見したときに、いじけてしまう可能性があった。彼は、そういった事を根に持つ正確だった。大事にされていない、と思い込むのだ。中年を超えて独身のままの男というのは、おしなべてこういった性質がある。ある時点に恋をあきらめた後、もうこれしかないと友情におもむきを持っていくのだ。

 しばらくして、花田金治が戻ってきた。一人である。

「やあ!本当だった」と彼がいう。「五分後のおれは本当に室田氏をぶち殺したんだ」

 話を聞くと、やってきた花田金治は五分前の花田金治という事だ。

「このタイムマシンだが、いざ二人乗るとなるとちっとも動作しないんだ」

「へえ、それで本物の花田金治は今、五分前の世界にいるのかい?」とぼくは尋ねた。

「いや、本物はおれのほうさ。まあいい。だいたいそういう事だが、五分後のおれは、可哀想に五分前の室田氏に殺された。それでその事を伝えようと、おれがやってきたわけさ」

 そういうと、彼は、地べたで死んでいる室田氏をカメラで撮り始めた。最初は布団の上からシャッターを切ったが、次に布団を外して、確かに顔を確認し、それからまたシャッターを切った。

「室田氏から頼まれているんでね。ちょっとお前も一緒に入らないかい?五分前のお前が、五分後のお前を見たいといって、張り切っていたんだ。死体の横に寝てくれよ」

「気味悪い趣味だぜ」とは言ったが、これはどうやら面白そうだぞ、とぼくは室田氏の横に並び、ピースサインを作った。

「それじゃあ、おれは帰るぜ」と花田金治がダイヤルを回す。

「五分前のおれによろしく頼むぜ」とぼくはいい、彼を見送った。

 それからしばらく、ぼくは部屋の中で腰掛けていた。一体どうして、五分前の室田氏は、五分後の花田金治をぶち殺したのだろうか?五分後の室田氏を殺したというのが、その理由の全部ではないだろう。室田氏だが、彼は、常日頃から花田金治をぶち殺したがっていた。なんどかその相談を受けた事がある。その話によると、彼の殺人衝動はもう切羽詰まっていて、ぼくが「やっちゃえよ」などと言おうものならば、俄然勢いづいて、衝動的に殺したに違いない。

 というのは馬券の件である。

 室田氏は競馬が大好きなのだが、彼はいつも大穴狙いだった。競馬には、極道が絡んでいて、一年に一回はインチキをやって、大穴を入選させる。大穴にかけ続けていると、いつかはおハチが回ってくるというわけで、これが彼の競馬論であった。こんな競馬のやり方は、好きな人からすると、聞いただけで首を絞めてやりたくなるようなものなのだろう。花田金治は競馬はまったくわからなかったが、彼はいつも室田氏の代わりに馬券を買っていた。進んで買いに出かけるのである。馬券代はもちろん、当たるわけもないから、彼の懐に入る。一度、ぼくは同じやり方で懐に入れた事がある。とはいえ、彼とは違って、ぼくは最初、ちゃんと馬券売り場までいった。ところがオッズを見て、途端に恥ずかしくなった。百倍である。こんな馬券をどの顔をして買えばいいのだろうか?

 そして、とうとう室田氏の言う極道が動いたのである。

「三百万越えだ」と室田氏は花田金治に詰め寄った。「さあ、ちょうだい。馬券をちょうだい。金に換えてくる」

 当然、花田金治は馬券などもっていない。懐に入れているのだ。

「アイフルいけよ」とぼくと室田氏は花田金治に詰め寄った。その頃というのは、ちょうど、タイムマシーンの完成に陰りが出ていた頃だった。

「三百万あれば、超時空伝動装置が買える。はやく馬券だせ」

「超時空伝動装置がなくてもタイムワープは出来るぜ。あれはちょっと次元を安定させるだけだ。そんなのもったいないよ」花田金治は言い逃れをがんばった。

「確かにそうだが、次元の狭間に落っこちる心配もなくなる。それにいろいろと補強したい所もある。三百万はまさにふってわいた祈りだ。はやくだせ、馬券だせ」

「なければアイフルいけ」とぼくも追い打ちをかけた。

 結局、泣いて詫びてみせる花田金治は、近いうちに耳を揃えて三百万を持ってくる、という約束と、今貯めてある現金を、その誠意のあかしとしてうけとってくれ、と二十万円ほどを室田氏にわたし、一応は事なきをえた。というのは、二十万あれば、とにもかくにも以前から心配の種だった次元転換高速エンジンの補強をし、タイムマシーンが形だけでも完成するのだった。

 そういった経緯がある。とはいえ、それが殺した理由であるのかどうかは分からない。ただ、人間をぶち殺したかったという簡単な理由だけかもしれない。

 とにもかくにも、ぼくは室田氏の死体のある部屋で、ずっと座っていた。もちろん、花田金治が帰ってくるのを待っていたのだった。

「遅いなあ」などと、時計を見上げて、それからカップ麺にお湯を入れているときに、ようやく気がついたのだったが、花田金治が五分前の世界でぶち殺された今、誰が帰ってくるというのだろうか?タイムマシーンは、どこへ行ったのだろうか?

 頭が少し、混乱し始めていた。ぼくは部屋の中を、蠅のようにうろつき、タイムマシーンの外部接続装置をいじくったりした。それから地べたに横になり、壁をかきむしった。

「そうだ。タイムマシーンに乗って、過去に戻ればいいのだ!」

 状況を打開するにはそれ以外に方法はないように思えた。

 しかし、そのタイムマシーンが今はもうどこにもないのだ。

 喉が渇いていた。冷蔵庫からコーラを取り出し、一気に飲んだり、とにかくいろいろな事をやっていた。五分前の世界の方で、五分後の世界に用がある事など、何もない。五分前の世界では、思いもかけずにタイムマシーンが二台になったというので、大喜びで次元を駆け回っているに違いない。

 その時だった。

 玄関のドアがノックされた。部屋の中には、室田氏の死体がある。それに彼の出した血で、とても汚かった。灰皿を手にとり、自分の顔を確認した。血が飛び散っていて、いかにもぼくが殺したような顔面である。

 また、ドアがノックされた。忍び足で、覗き穴から覗くと警察である。

 なぜ警察がやってくるのだ?しつこくドアをノックする。そのやり方は、一般市民に対してやるようなやさしいものではなかった。明らかに、中に殺人犯がいるというのを知っているような叩き方だ。その後ろに、刑事的な男が立っている。

「へへへ」とその時、後ろのほうで声がした。振り返るとタイムマシーンに乗ったぼくがいる。「本当だったらしいや」とぼくが言った。

 話など聞かなかった。ぼくは室田氏の頭に刺さったままになっていた金属スパナで、ぼくを叩き殺し(その間に、外の警察だが扉に鍵を差し込み、がちゃがちゃとドアをならしていたのだ)、タイムマシンに乗り込み、ダイヤルを回した。

 どこへ行くかなど、知らぬ。ただもうそこから消え去りたい一心であった。落ち着いたときに、ぼくがタイムマシーンでやってきた理由をさぐればいいのだ。

 たどり着いたのは、牧場であるらしかった。

 どこまでも続く緑である。牛がもそもそ歩いている。少し歩くと、川が流れている音がした。緊張で喉が渇いていたのを思い出し、たくさん飲んだ。とてもおいしい。

 タイムマシーンの所へと戻り、ダイアルを覗くと、どうやら中世のヨーロッパへとやってきているらしかった。

 すると、向こうから馬に乗った騎士がやってきた。驚いた事に、大量の人だかりに負われている。彼の軌道は、そのまま進むとタイムマシーンに激突する運命にあった。ぼくは大急ぎで、ダイヤルを回し、次元の旅へと出た。

 たどり着いたのは、研究所だ。どうやら帰りの回路は、定位置のままで、研究所へと戻るようにセットされていたらしい。

 その時、研究所の扉が開いた。外から警察が飛び込んでくる。

「動くな」と警察が言った時だ。

 金属スパナを握りしめたぼくが、ぼくに向かって襲いかかってくる所だった。



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