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短編色々  作者: 紺とすん
8/14

(8)クリノスの矢印 中編(クリノス、失恋?編)


 食堂でシチュウの夕食を(二人分)堪能してから、しばらく。

 立ち寄るところがあるというザフィと別れたクリノスは、宿舎めざして一人歩いていた。


 熱々のシチュウの恩恵はもはや失われ、冷えた夜の風に肩をすくめる。が、月に照らされた夜道は凛として明るく、まっすぐ帰る気には何だかなれなかった。


 少し遠回りして歩いてみるか――そう思ったときだった。

 見知った人の後ろ姿に目がひきつけられる。


 柵に肘をのせ、頭を抱えるようにしているその姿は、冬の乾いた空気からも見捨てられているように映った。


「団長殿・・・。どうしました? ご気分でも悪いのですか」


 クリノスが遠慮がちに声をかけると、王都警備団の元団長が緩慢な動作で身体を起こし、彼女に向きなおった。

 少し酒を飲んでいるようだった。たとえ飲んだとしても、彼のこんな姿を見たことはなかったが。


「やあ、クリノスか。心配させてしまったようだね。大丈夫だ、どこも悪くない・・・少なくとも俺はな」

「では・・・カメリアさんが、良くないのですか」


 団長の細君、カメリアは居酒屋の看板娘だったが、重い病を得て療養中の身である。その傍にいるために、団長職を退き、居酒屋のおやじにおさまってしまったのが彼だった。


「カメリア、カメリア・・・。どれほど辛くとも、彼女は決して弱音など吐かない。弱音を吐くのは、いつだって俺ばかりだ」


 苦々しげにことばを吐き出す団長を、クリノスは信じられない思いで見ていた。


 いつも冷静で動じない、団員を導く一燈の燈火そのものであった人。カメリアの身体が病に蝕まれた後も、人前で決してこんな姿をさらすことは無かったはずだ。


 だが、そんな団長の姿がクリノスを落胆させたかというと、そうではなかった。

 むしろクリノスには自分との距離が縮まったように感じられた。

 そう、この手を伸ばせば届くような・・・


 しかし少しだけ浮ついたクリノスの気持ちは、団長の次のことばによって地に蹴り落とされた。


「今のカメリアはもう、そっと抱きしめることさえ拒絶する。そうされると、気持ちが乱れて身体に障るからと、冗談めかしてな。カメリアは――強くて、優しくて、そして残酷な女だよ」


 強くて、優しくて、残酷で・・・女にとってそれ以上の賛辞があるだろうか、とクリノスは思う。

 ――それは、嫉妬だった。こんなときだというのに、自分が女であることを突然に意識し、病身のカメリアに嫉妬している。そんな醜い自分自身の感情を、クリノスは激しく嫌悪した。


「だが、そうじゃない。カメリアは知っているんだ。彼女を抱きしめたとき、耐えられなくなるのは俺の方だ。今にも儚く逝ってしまいそうなカメリアの身体に、一人きりで残される自分への恐怖に、おかしくなりそうなのは俺の方なんだ・・・」


 最後のことばとともに、団長の大きな身体がクリノスの身体を覆った。

 息苦しいほどに強く抱きしめられて、混乱の中で団長の鼓動が聞こえる。


 こんなにも団長は、カメリアを愛している。誰も、絶対に、カメリアの代わりにはなれない。

 どうしようもないほど、クリノスはそれを確信した。



 背中にまわされた団長の手が、切実に存在を確かめるように、制服の上を這う。クリノスも熱にうかされるまま、相手の背中に腕をやった。


 自分も絶対にカメリアの代わりにはなれないだろう。でも、せめて今だけ、少しでも辛さを忘れてもらえるなら・・・

 顔をあげ、クリノスは団長を見る。それから目を閉じて、彼の唇に自分のそれを押しあてた。

 同時に、団長の手が背中から離れ、後頭部にあてがわれるのを感じた。


 ――ピューリリリー


 リノイ鳥の鋭い鳴き声に耳を射られて、はっとした二人は身を離した。


 そのときにクリノスが団長の顔に見たものは、まぎれもない、後悔の色だった。


「すまなかった、クリノス。どうかしていた」

「違う、違いますっ。悪いのは、自分の方です」

「いや。君は、思いやりの深い人だ。カメリアが君を敬愛しているのも、分かる気がする。よく君の話をするんだよ。伸びやかで、健やかで、陽の光のように一点のくもりもない人だとね」

「そんな・・・」


 違う。いつもうじうじと悩んで、今だって、どす黒い感情に押し流されそうだ。


「もう一度謝らせてくれ。今はまだ、俺に陽の光はまぶしすぎるがな。だが多分、次に会うときには、もう少しましな男に戻っているさ。だからぜひ、遊びに寄ってくれ。カメリアも待っているよ」


 そこにいるのは、昔のままの、まっすぐな団長だった。

 ただまっ黒に染まったクリノスの気持ちだけ、ぽつんと取り残されて、見えない傷口はぼたぼたと血を垂れ流す。


「それにしても、夜に鳴くリノイ鳥か。いい友人を持ったようだね」


 言って団長はクリノスの肩をたたくと、しっかりとした足取りで立ち去った。

 

 ――そうだ。こういう人だからこそ、惹かれた。だけど・・・


 角を曲がって彼の姿が見えなくなると、クリノスは両手できつく顔を覆った。

 



 予告とちがって後半が中・後編と二部に分かれてしまいましたー。後編もすぐに(少なくとも本日中に)アップ予定です。

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