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短編色々  作者: 紺とすん
12/14

(12)のりまき(今日も元気に生きるのだ!)


 そのとき、ああもうだめだ、とぼくは思いました。もう全身が、干あがってしまう、と。


***


 ぼくが外に出るのは、一日に一回、朝早くの仕入れのときだけです。

 悪い人に見つかるとたいへんなことになってしまうから、かってに外に出てはいけないのだと、シャチョウは言います。

 それに、ぼくの顔は、見た人をフユカイにするのだそうです。だから、仕入れのときもぼうしをかぶって、うつむいて歩きます。

 それでも、一日に一度の仕入れの時間が、ぼくはとても楽しみです。

 なぜなら、ぼくは仕入れが上手なので、シャチョウに野菜の仕入れを任されているからです。

 ぼくは、おいしい野菜を見わけるのがとくいです。畑のすみに転がっている野菜たちの中から、おいしいところをえらんだ後で、その畑に生えたざっ草をたくさん抜きます。そうすれば、ノウカの人に野菜のおカネを払わなくてよいからです。

 すごいでしょう。


 このように、とてもたよりにされているので、抜いても抜いても生えてくる草を、ぼくはがんばって毎日抜くのです。



 仕入れには、もう一つの楽しみがあります。

 ほんとうは、こっちが仕入れの仕事が好きな理由です。

 一週間のうちヘイジツの日は、仕入れの帰り道で、あるお姉さんとすれちがうのです。


 お姉さんは、いつも白いシャツをきて、えりにキリリと小さな赤いリボンをつけて、こん色のスカートをはいて、歩いています。くつ下の色もこん色で、くつは黒です。

 いつも決まった時間に、同じ場所で――ぼくがはたらくお店のそばのところ――すれちがうからなのか、お姉さんは、ぼくを見かけると、笑いかけてくれるようになりました。


 最初は、信じられませんでした。こんなきれいなお姉さんが、ぼくに笑いかけてくれるなんて。

 でも、どう考えても、その場所にぼく以外には、だれもいないのです。

 だからぼくは、思い切って、ぺこり、とぼうしをおさえてあいさつしたのでした。

 そうしたら、お姉さんは、もう一度にっこり笑ってくれたのです。


 ・・・その日から、ぼくのすむ世界は、天国になりました。





 ところが、ある朝のこと。

 しばらく雨がふらない日が続いて、空気がとてもかさかさした日でした。

 いつものように仕入れが終わって、大きなリュックに野菜を入れて、帰り道を歩いてました。


 ランドセルという四角いカバンをしょった子どもたちが、大きなリュックをしょったぼくを見て、くすくす笑いながら走りぬけていきます。

 こういうふうにされると、ぼくはいつも、鼻のおくがツンとなって、目が水っぽくなるのです。

 なんでだろう、ふしぎだな。


 それはさておき、もっと気になることがありました。あのお姉さんが通らないのです。今日は、おでかけしない日なのかな、と思いました。お姉さんを見かけない日は、その日がはじめてではありませんでした。

 でも、その日は、どうしてもお姉さんの顔が見たくなって、しばらくそこでまっていました。

 いつもなら、もう、お店にもどっている時間です。きっとシャチョウに怒られます。

 あきらめて、帰ろう、と思ったとき・・・急にからだの力が抜けました。

 立っていられなくなって、ほこりっぽい道にへたりこみました。

 ふと自分の手を見ると、かさかさのしわしわ、くろっぽく変色しています。


 こわいよ。


 それに、すごく、すごく・・・のどがかわいて、ひりつくようです。

 かすんだ目であたりを見まわしても、だれもいません。


 ああもうだめだ、とぼくは思いました。もう全身が干あがってしまう、と。


 それもこれも、シャチョウの言いつけをまもらなかった、ぼくが悪いです。

 シャチョウはいつも、仕入れの仕事と行き帰りにかかる時間の分だけ、とても正かくに計って水をほ給してくれています。

 だから、仕入れのしごとが終わったら、すぐに帰らなきゃだめなんです。

 

 もう、目をあけているのもつらくなってきました。

 そのとき、パタパタと走って近づいてくる足音が聞こえました。それから、何だかいいにおいがします。もしかして・・・


「どうしたの!? だいじょうぶ?」


 ぼくは、なんとか、のどのあたりをゆびさしました。


「のどがかわいた? 水が欲しいの? ニッシャビョウかな・・・」


 そして、ぼくは、がんばって目をあけました。すると、ああ、やっぱり、そこにはあわてたようすでトッペボトルの、あれ、ペットボトルだったかな、まあいいや・・・のふたをあけている、お姉さんがいました。


 お姉さんは、ぼくを抱きおこそうとしています。

 そんなふうにしたら、お姉さんが汚れてしまうのに。


 ぼくは、また、鼻のおくがツンとしました。

 なんでだろう、ふし・・・うわっ


「あったいへん、ごめんねっ」


 あせったお姉さんが、ぼくの頭にどぼどぼと水をかけてしまったのです。

 あんがい、あわてんぼうです。

 でもぼくは、それでずいぶん元気になりました。だいじょうぶなところを見せなくては、と、ハンカチを出したお姉さんに首をふって、たちあがりました。


「送っていってあげようか。今日は学校がフリカエキュウジツでジュギョウがないから、ブカツは少しぐらい、おくれてもいいし。お家はどこ?」


 意味はよく分からなかったけど、ぼくは自分がはたらくお店をゆびさしました。お店は、そこから百歩ぐらいのところにありました。


「ええっと、あそこのおべんとう屋さんの子? わたし、あのお店ののりまき、大好きだよ」


 あのお店ののりまき、大好きだよ、とお姉さんは言いました。

 ぼくは、とてもうれしかった。

 なぜなら、それをつくっているのは、ぼくだからです。



 シャチョウがぼくを拾ってお店につれかえった日。

 にやにやしながら、シャチョウは、アレをつくってみろ、と言いました。

 それを聞いたオクサンは、やっぱりにやにや笑いながら、アクシュミね、と言いました。


 でも、おのりできゅうりとすっぱいごはんをくるんでつくったそれを、一口たべたシャチョウとオクサンは、顔をみあわせてうなづきました。

 次の日から、ぼくは、毎日毎日、お店のおくのくらい仕事場で、きゅうりののりまきをつくっています。

 のりまきはヒョウバンになって、今ではお弁当より、たくさんおカネをかせぐそうです。



 ぼくはほこらしい気持ちで、お姉さんをみあげると、ぼうしをおさえてぺこり、お礼をしました。

 お姉さんの向こうには、うす青い空。

 それから一人で、ぼくはお店にむかってかけだしました。



 お店に足をふみいれると、シャチョウのどなり声にむかえられました。


「このクソガッパ! おそいぞっ。どこをほっつき歩いていやがったんだ。まさか、逃げ出そうとしたんじゃないだろうな。そんなことをしたら、どうなるか分かっているんだろうが」


 ぼくは、いそいで仕事場にむかいました。逃げ出したりしたら、たいへんなことになるのです。

 ふるさとの川に、ぼくの妹と弟が住んでます。そこに、コウジョウの汚い水をすてるケイカクがあって、シャチョウはそれをソシしているそうです。もしもぼくがいなくなったら、汚い水が川にすてられるようにしてやる、と言ってます。


 ぼくは、カッパなので、川が汚いと困ります。


 とくに、幼いうちは、カッパはきれいな川以外には住めないのです。昔はもっと、たくさんの仲間がいたのですが、今ではぼくたち家族が、あの川で最後のカッパです。

 ぼくが人間に拾われて、川に帰れないのは・・・しかたないです。ある日、ぼくは、どうしてもきゅうりが食べたくなって、川からあがって畑をさがしました。

 そしてまいごになって、シャチョウに拾われました。


 さっきみあげた空は、雲がないのにぼんやりと青かった。

 まるで、ひるねからさめたとき最初に目にうつる、ふるさとの川の水の色みたいに。


 シャチョウはまいにち一本のきゅうりをぼくにくれます。

 でも、ぼくは今、きゅうりより家族にあいたい・・・わかってる。なんかおかしいってわかってるから、だまされてるとかって、言わないで。


 妹と弟がもう少し大きくなって、川じゃなくても住めるようになったころ、お店をこっそり、でていくつもりです。

 ないしょだよ。

 でも、お姉さんに会えなくなるのは、さびしいな。やっぱりずっと、ここではたらこうかな・・・


 そんなことを考えながら、その日も一日中、たくさんたくさん、きゅうりののりまきをつくりました。


 それから、きゅうりを一本もらって、食べて、寝ました。





 それからまた、何日かたって。

 その日もまた仕入れが終わって、お姉さんに会えるのを楽しみに、帰り道をあるいていました。でも、その日も、通りにお姉さんのすがたが見えません。

 また、フリカエキュウシュツでしょうか。


 そのとき、どこかで、お姉さんのひめいが聞こえた気がしました。

 なんだか、お姉さんに、とてもとても、悪いことが起きているよかんがします。

 あっちの方だ、とぼくは思って、わきの細い道にかけこみました。


 お姉さん!


 お姉さんが地面につきたおされて、男がそのうえにおおいかぶさるようにしています。男はにやにやしながら、お姉さんの口を手でふさいでいます。スカートがめくれて、お姉さんの白いあしが、ぶるぶるとふるえているのが見えました。


 ぼくは走って行ってむちゅうで体当たりすると、男をつきとばしました。


「なんだ、このガキ!」


 男がなぐりかかってきて、ぼくはとっさによけました。でも、かぶっていたぼうしが落っこちてしまいました。


「うっ、なんだこいつ、気持ち悪ィな。まるで・・・」

 

 さいごまで聞かないうちに、ぼくは男に頭つきをくらわせました。

 ところが、ぼうしをかぶってなかったので、さらから水が、こぼれてしまいました。


「この、化け物っ」


 男がまた、なぐりかかってきます。急に力が抜けたぼくは、さいごの力をふりしぼって――男のしりこだまを、にゅるりと抜き取りました。

 

 男は急にぼうっとした顔つきになって、ふらふらと逃げ出しました。

 しりこだまは、めったやたらに抜き取ってはいけないことになっているけど、こんなときは、しかたがないよね?


 お姉さんの方をみると、気をうしなっているようです。でも、けがはなさそうで、よかった。

 ほんとうに、よかった。


 お姉さんのそばについていてあげたいけど、ぼくももう、げんかいです。水、水がないと・・・


 そのとき、きいろっぽいかみの毛の、でもあれ、ねもとの方は黒いぞ、若い男がやってきました。


「うおっ、ぱねぇ、ぱねぇ、めっちゃJK、まぢやべえ! とりまっ、よんどこ、きゅーきゅーしゃっ!!」


 男は何やら、じゅもんをとなえているようです。彼はもしかすると、話にきく、勇者とかなのかもしれません。

 あとのことは、この勇者にまかせて、とりあえず、お店にもどることにします。

 そして、まずはさらに水をほ給してもらいます。それから、お姉さんも好きなきゅうりののりまきを、いっしょけんめい、つくります。





 あのお店ののりまき、大好きだよ、とお姉さんは言いました。

 ぼくは、それが、とてもうれしかった。


 だから今日も、ぼくはがんぱってはたらくのです。




***おわり***



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