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後編

 全ての関係者が大佐賀守道の自室に集まった。不満を隠さない大佐賀陽介。不安そうにそわそわとしている佐野佳織。特に何もなく超然としている五木正樹。そして、事件の解決を今か今かと待ちわびている大佐賀守道に林浩司、林潤平の六人である。潤平は金槌と耳栓、何か厚いものの入った封筒を手に持っている。

「ここに皆を集めたということは犯人がわかったのかね?」一人だけ椅子に座っている守道が尋ねた。

 それに対して林は困ったような顔を浮かべて潤平に目配せをする。潤平は一歩前に出た。

「ええ、わかりました。皆さんから伺ったお話をまとめると、五木さんはこの部屋の隣の書斎でずっと読書をしていた。佐野さんは屋敷の掃除の後に買出しに出かけ、入れ替わりに陽介さんが帰宅した。

 つまり、この屋敷には常に二人以上の人間がいたことになります。これでは共犯でない限り犯行は不可能です。

 ところが、五木さんは読書の際に耳栓をしていて何も聞いていないというのです」

「ということは、佐野くんか陽介ということになるな」守道が睨むように二人を見て言った。

「まあ、落ち着いてください。単独犯で考えると、犯人の場合分けは四つです。外部犯、佐野さん、五木さん、陽介さん。

 一つずつ検証しましょうか。まず、外部犯の可能性。これはまず真っ先に却下できます。なぜなら屋敷には耳栓をしていた五木さんの他に必ずもう一人が屋敷にいたからです。

 では次に五木さんの場合。これも外部犯の場合と同じで却下できます。彼以外にも屋敷に人がいたからです。

 次に陽介さんの場合。佐野さんと入れ替わりで帰宅した陽介さんが犯行に及んだ。そして耳栓をしていた五木さんには気づかれることなくそれを終えた」

「なっ!」

「落ち着いてください。あくまで仮定の話です。しかしながらこの説には無理があります。陽介さんは書斎に五木さんがいることを知らなかったからです。これからお金を盗もうとする人間が、屋敷の中に誰がいるかも確認せずに犯行に及ぶでしょうか。陽介さん自身の証言を疑うにしても、佐野さんの証言でも五木さんがどこにいるかという確認をしていないのは確かです。また、これは彼自身の証言なので信憑性に欠けますけど、仮に五木さんがいることを知っていたとしても読書の時に耳栓をすることを知らなかった彼には犯行は無理です。ま、前者だけで彼の犯行説に無理があるのはお分かりでしょう」

 潤平が言い終えると陽介はホッと胸を撫で下ろした。それとは対照的に佐野の表情が青ざめていく。

「とすると、残りは……」守道が言う。かなり脅しの口調が入っているように思えた。

「残る可能性は佐野さんの場合です。彼女は五木さんが書斎で読書をすることも耳栓をすることも知っていた。つまり、隣に第三者がいるにもかかわらず犯行を行うという、ある意味大胆なトリックとも呼べる手法を行うことができたわけです」

「違いますっ!! 私、やってません」

「でも、できるのは佐野さんだけっすよ」

「決まり、だな」

「そんな!!」

「まあ、落ち着いてください」潤平は本日何度目かの台詞を再び口にした。「一つお聞きしたいことがあります。五木さん。なぜあなたは何も喋らないのですか?」

「……え?」五木以外の五人の視線が一斉に彼を向く。

「……何か僕が言わなきゃいけないことでもあったかな?」

「僕は今日ここに初めて来たので何も知りませんが、そんなにここを追い出されるのが嫌なんですか?」

 穏やかだった五木の顔が一瞬歪む。しかし、それも刹那のことで、すぐに元の表情に戻った。

「どういうこと、ですか?」佐野が困惑しきった顔で尋ねる。陽介も同様だ。守道だけが苦虫を噛んだような顔をしている。正直な話、林も事の展開について行くことができないでいた。

「五木さんが話す気がなさそうなので僕が話します。実は耳栓って聞こえるんですよ」

「え?」

「そうなのか?」

「ええ、工事などの騒音下で使う業務用耳栓ならともかく、といっても詳しくは知りませんけれど。とにかく、どこででも買うことのできるような耳栓は高周波をカットして耳障りな音が聞こえないようになっているんですけど、実は、話し声や音楽、目覚まし時計なんかは聞こえたりするんですよ」

「え、でも俺が書斎に入ったとき……」

「聞こえるといっても聞こえにくくはなっています。部屋の入り口と窓際のソファの距離じゃ、何か言っているのはわかっても内容は非常に聞き取りにくいでしょう」

「耳栓が聞こえるだなんて……知りませんでした」

「僕は受験の時にお世話になりましたからね。けど耳栓って知名度のわりに需要は少ないんで、意外と耳栓をすると何も聞こえなくなると思っている人は多いんじゃないかと思いましてね。

 話を戻しましょう。耳栓をすると聞こえにくくなるものの、聞こえます。寝ていたのならばともかく、読書をしていたという五木さんが」

 潤平は手に持っていた金槌を部屋に放置されていた壊れた金庫に向かって振り下ろした。

 全力でやったわけではなさそうだったが、それは派手な金属音を撒き散らした。思わず顔をしかめる。

 というより、このためだけにわざわざ金槌を用意させたのか。

「隣の部屋のこんな音に気づかないはずがないんです。なんなら試してみますか?」潤平は手に持っていた耳栓を掲げるが、誰も試そうとはしなかった。彼は肩を竦めて耳栓をポケットにしまった。耳栓に至っては使いすらしなかった。自分の労力が無駄になって林はうなだれた。

「結局、どういうことだよ?」ややあって陽介が言う。

「五木さんがなぜ嘘をついたかということは置いておきます。まず先に実際に起こった事象はどういうものだったかを考えましょう。

 可能性は二つです。五木さんが隣の部屋で何かを聞いて黙っているか、聞いていないか。

 聞いている場合は理由も簡単です。もちろん、犯人を庇う場合です。つまり佐野さんを。ですが、今までの推論の通り、結局犯人は佐野さんだという方向に向かってしまいます。本当に庇うつもりなら、佐野さんの犯行のあと、散歩にでも出かけて、『佐野さんがいる間は何も聞いていないが、その後に出かけたのでわからない』とでも答えるのが一番です。耳栓が聞こえることを隠す必要もありません。

 この根拠から犯人を庇った場合だけでなく共犯説も否定できますね。佐野さんとの共犯だとしても陽介さんとの共犯だとしても、共犯にしては証言が曖昧ですから。

 つまり、真実は”五木さんは本当に何も聞いていない”ということになります。

 五木さんが”耳は聞こえていたはずなのに、耳栓で聞こえなかった”と証言した理由について考える前にある疑問が浮かびますよね? 

 嘘をついたとはいえ、彼が犯人ではないことは先ほど証明しました。では犯人は別にいることになる。

 では、”五木さんは何も聞いていないのに、犯人はどうやって犯行を行った”のでしょう?  

 どう思いますか、大佐賀さん?」

 問われた大佐賀氏は苦虫を噛んだような顔をさらに歪める。怒りも湧いてきているようだ。

「知らん! 何なんだこの茶番は!? 林くん!! いつまでそいつを喋らせておく気だ!?」

「話し終わるまでは喋らせておこうと思います。何せ十分な説得力があるので」

「うるさい! 出て行け! 全員だ!! 早くしろ!!」守道は椅子から立ち上がって怒鳴った。

「何を怒っているんですか? そんな様子では認めたようなものじゃないですか」潤平は薄ら笑いを浮かべて尋ねた。それを見て林はゾッとした。ずいぶんと肝が据わってきたなと思った。

「うるさいうるさいうるさい!!! 出て行け!!」

「つまり、これは狂言なんですよ」

 潤平がそう言った瞬間に、スイッチが切れたかのように大佐賀守道はその場に座り込んだ。

「狂言?」

「ええ、五木さんが何も聞いていない以上、問題のあった時間帯には実は問題はなかったというしかありません。とすると答えは一つ、狂言だったといわざるを得ません。

 金庫を壊したのが事前か事後かは知りませんけどね。

 ではなぜこのような狂言を行ったかという動機ですが、まず損害保険狙いではありません。大佐賀さんが事を荒立てるのを躊躇ったことからも明らかです。

 それでは、保険狙いでなければ考えられる動機は一つしかありません。誰かに罪を着せようとしたのです。罪を着せることで生じるメリットは、おそらくその人物をこの屋敷から追い出せるということでしょう。

 問題は誰を追い出そうとしたのか、です。真っ先に思い浮かぶのは居候である五木さんです。話を聞く限りは五木さんが書斎で読書をするのは常だったようですから、一番疑われるのは彼です。ですが断定する要素はありませんでした。もしかしたら佐野さんかもしれないし、陽介さんかもしれない。わざわざ罪をなすり付けないと追い出出せない人物なんて今日来た僕たちにはわかりません。ですが、五木さんが嘘をついたということ自体が、彼には自覚があったということを示しています。

 ですから、これからは大佐賀さんが五木さんに濡れ衣を着せて追い出そうとしたと仮定して話を進めます。

 五木さんは事件が発覚した時点でこれが狂言だとすぐにわかった。自覚があったからこそ自分を陥れるものだと理解したわけです。

 そして、矛先が自分へと向くのを防ぐために二つのことを行った。外部の介入とリスクの分散です。

 五木さんの立場は非常に危うい。これは事件についてもそうですし、常の居候という立場としてもそうです。一番事件に近いところにいたのに、何も聞いていないという一見ありえない状況は非常に不利になります。屋敷の主であり事件の首謀者である大佐賀さんに強引に濡れ衣を着せられる危険が高かった。だから陽介さんに外部の介入を提案したんです。

 次に外部が介入するに当たって、自分が犯人だと誤認されるリスクを分散させなければならなかった。本当の証言は外部に介入してもらっても危険なものに変わりありません。狂言だと告発するのもリスクが高い。大佐賀さんがどんな手を使ってくるかわかりませんでしたから。

 色々と考えたでしょう。”途中で出かけたからわからない””何か隣で物音がした”などなど。けれど結局ボロが出ると思ったんでしょうね。そこで”何もなかった”のではなく”何も聞くことができなかった”と証言することにしたんです。これで他の人物の犯行であると考える余地が生まれたわけです。

 こうした工作で大佐賀さんの思惑が少しずつずれていったのです」

 五木は何も言わない。

「ちなみに狂言だということについては決定打があるんですよ。どうやって罪を擦り付けるかということを考えればいいんです。その人の部屋から問題のお金が出てくればいい。五木さんは告発しないで正解でした。これを出されればすべてが無駄になりますから」

 潤平は歩き出して守道の座る机まで歩いていった。

「先ほど三人の部屋を探させてもらいましたよ。さすがに見つけ出すのは苦労しました。お返ししますよ、五木さんの部屋から出てきた二百万円。あなたの誤算は屋敷に五木さんだけがいたという状況がなかったことですね。ちょっとでもその時間があれば五木さんに罪を擦り付けて昨日のうちに終わっていたでしょう。あと、彼が耳栓をしていたことも話をややこしくさせましたね」

 六人しかいないこの部屋がざわつきだす。詰みだ。犯人であるはずのない者の部屋からそれが見つかったのだ。

「あとこれも返します。佐野さんと陽介さんの部屋から出てきた二百万ずつ、四百万円です」

 さらなる混乱が部屋を包む。なぜ二人の部屋からも現金が出てきたのか、それを理解しているのは潤平と守道だけのようだった。

「昨日のうちにでもあなたは状況を確認したはずです。自分が仕掛けたことですが、だからこそ探す振りをしないと怪しまれますからね。そこで気づいたんでしょう。五木さんに犯行が無理だということに。

 さらに陽介さんが呼んだ、翌日にやってくる人間がどういう答えを導き出すかわからなかった。狂言だとばれるのが一番最悪なケースですが、それ以外のケースのために手を打っておいたんです。

 つまり、狂言だとばれなければいい。一番近くにいた五木さんの証言が全て嘘だとし、彼が犯人になるのが理想ですが、状況的に難しい。さっき僕が言ったように佐野さんを犯人だと間違うかもしれない。そもそも、やってくる人間が考えなしに屋敷を片っ端から探すかもしれない。それに備えて”誰が犯人でもいい”状況を作ったんですね。最初に見つかれば普通はもう探しませんから。

 さて、言い逃れできませんよね。ここまで露骨な偽装工作を仕掛けたんですから」

 これが本当の決定打だった。しばらくの静寂があった。

 誰も動き出さない。皆、どうすれば良いかがわからないのだ。

 やがて、大きなため息が聞こえた。音の主を探すとそれは五木だった。

「もういいでしょう」

 彼は静かに言った。

「お金は戻った。それでいいでしょう。あとは僕が出て行けば完璧じゃあないですか。わかってはいたんですよ。いつまでもここにいてはいけないって。……すみません大佐賀さん。お世話になりました」

 彼は頭を下げて部屋を出て行く。残された者はどうすれば良いかわからずに互いに顔を見合ったりしていたが、やがて部屋の主が口を開く。

「君たちも出て行きなさい。……すぐにだ」



「お手数をおかけしました」

 門のところで佐野が深々と頭を下げる。

「いえ、そんなことはないですが……」林は言いよどんだ。解決はしたものの、事後処理が大変そうだと思った。どうやったところで何らかのわだかまりは残るだろう。家政婦や実の息子にまで罪を着せようとしたのだ。

「あとはこちらだけで何とかしますので。ありがとうございました」

 もう一度佐野は頭を下げる。こちらが動き出さない限り、あちらも動きそうになかったので、礼をして大佐賀家から遠ざかる。

 歩きながら潤平が口を開いた。

「後味が悪いね」

「後味がいい事件なんて聞いたことがない」

「それはそうだけどさ」

「……悪かったな」

「何が?」

「こういう場面に付き合わせて」

「ああ、うん。いや、大丈夫だよ、たぶん」

「たぶん、か」

「うん。たぶん」

「…………ふっ」

 自分でも何が可笑しいのかわからなかったが、林はつい鼻で笑ってしまった。

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