一、不幸あれば幸も少し ④
この国には能力者がいる。
一説には百年と少し前に能力者が生まれ始めたという。
数は少ないが、時に大きな武器になる。
そこに目をつけた国王が全ての子供を調べさせ、幼いうちから能力向上・研究科学局(通称・能力者の館)に放り込み、能力と軍について叩き込まれる。シンは物心がついて能力が明るみに出た時点で親から引き離されてしまった。
能力にもいろいろある。
重い物を念じるだけで軽々持てる者、雨などを呼び寄せるなどが多い。その他さらに少ない数で特別な能力の者がいる。シンもその一人だった。
シンは、記憶消しの能力を持っていた。それは、ただ消すのではなく、食べてしまうのだ。
生きるために。
幼いころは、親や近くの者が触れる度に記憶を食べていた。
楽しい記憶は甘く、辛く苦しい記憶はニガくカラく。それは、記憶もろとも全てシンの中に取り込まれシンの物になる。
軍は、そこに目を付けた。
シンを諜報員として育て、極秘内容の抹消の為にシンを使うのだ。仲間の記憶を食べ、見ず知らずの者の大切な記憶を食べ…。
シンにはそれが耐えられなかった。増えてゆくばかりの負の記憶に。
だから、逃げたのだ。ここまで来るのに、少しだけ他人の記憶を食べたが、それは自分と関わる部分だけ。少ししか得られないが、苦いだけだった任務と辛さは大して変わらない。
さっき食べた食物も巧くエネルギーに変わることは無い。どんなに食べても、脳内の空腹に苦しむのだ。
けれど、何故か僅かではあるが、今日は食べた気がしたのだ。
翌朝、オリビアに叩き起こされる。
「ほら! ラビも起きてるんだから。それから、これに着替えて」
目を擦りながら立ち上がると、オリビアに服を差し出される。受け取ると、あつらえた様にぴったりだった。
「これ、だれの?」
「ここの主たちのお古。その服が洗いあがるまでしょうがないでしょ?」
改めて見ると、自分の服は結構汚れている。昨日のうちに言って欲しかった。
「ありがとう」
着替えて降りると、ラビが朝食を終えて出て行く所だった。昨日の洋服は簡単な上着と泥がついたズボンだったのに、今日はシャツに綺麗な半ズボンだ。
オリビアとテーブルにつく。
「どうして、こんなに早くからラビは出かけるんだ?」
「学校の日なのよ今日は。病院の隣にあったでしょう」
シンはそう言われ驚く。確かに大きな建物は隣に建っていた。
「学校って勉強教えてるのか? 金持ちなんだなこの家」
呆れ顔でオリビアは、ミルクの入ったカップを渡しながら言う。
「学校は、村の子供が十五歳の成人まで全員行くところでしょ」
「どうも。王都では、そんな勉強できるのは貴族だけだ」
受け取ってお礼を言いつつもシンは、ふてくされて呟く。
オリビアは立ち上がると、笑って言う。
「今日は午前中、お館様の所にいるからそれが終わったらいろいろ手伝ってね」
「僕、挨拶に行かなきゃいけないね」
そう言うと、オリビアは首を振る。
「お館様は、会ってくれないよ。村の偉い方と数人の使用人にしか会わないんだ。だから、シンの事は私から伝える」
「そうなの? じゃあ、お願いするよ」
うん、と頷きオリビアは準備を始めた。
「帰って来るまで寝るなり何なりしていてね。ここからは、出ないこと。特に館には入らない。分かった?」
そう言い残してオリビアは館に行ってしまった。
さて、何をしたものか。
家の中のことでもしようかと考えたが、オリビアが全て終わらせてしまっている。
とりあえずは二階のラビの部屋に居ることにした。
ラビの部屋なら大量の書物が置いてある。この先の参考になるかも知れない。いや必要ないか…。
特に勉強ができた割にはそんなに好きじゃなかったシンはため息をつく。
「これ、本当にラビが読んでいるのかな?」
思った以上に難しい本ばかりだ。
そればかりか、目に付く限りこの国の能力者についての本だ。軍にもこんなにはないかもしれない。
一冊手にとって見ると、能力者の発生由来が説いてある。
結構古い本で現代語の内容ではなかったが、シンはあっさり読むことが出来た。別に勉強で語学力を得たわけではない。誰かの記憶の中にあったのだろう。初めて見るのに初めてではない。そういう経験が沢山ある。
能力者の館では、能力者は国の資源減少に伴い、現れた新しい人材資源と習った。
まぁ、信用できないけど。
しかし、この本では、能力者はたかだか百年ちょっとの歴史ではなく、ある一族の持っていた能力が広がった遺伝的ものだとある。
この説もどうだか、と怪しんだシンはある所で目を留める。
「冗談…」
能力者の起源の一族の名前、クレイ。それは、シンの脱走を手助けしたキフィ・クレイと同じ姓である。
彼は高い指数の能力の持ち主だ。
平均六歳までに入るはずの能力者の館に十三歳でやってくるという、異例の入り方をしていた。
「こんな能力者の一族だったんだなぁ、あいつ」
持ち前の人をくった性格でいつも撒いてはいたが、彼にはいつも護衛や見張りのような者がついていた。
きっと一族の血、それ故だったのだろう。シンの脱走のきっかけを作ったのも、キフィの独自の国の体制へ反抗心に影響を受けてだった。