一、不幸あれば幸も少し ③
「シン。この広場が村の中心だよ」
そう言われオリビアを見ると、そこには多くの店が並んでいた。そして、夕食の買い物だろうか、人が一角に沢山集まっている。
しかし、何故か皆シンを睨んでいるか、顔を伏せているかだ。
広場は正方形をしていて中心は噴水になっているが、そこで遊ぶ子供たちは怯えているようにさえ見える。
何なのだろう? とても気味が悪い。
「気にすること無いよ」
オリビアは人の間をうまくすり抜けると、広場の中で異様に大きい(正方形の北の一辺を占める)館に近づいて行く。
あまりの大きさに呆然としていると、オリビアが呟く。
「ここが、この村を治める人の家だよ。私はここに仕えているんだ」
「すごく大きい」
オリビアは頷きながら、館の前面以外をさらに囲む塀と館の西端の継ぎ目を手のひらで押した。
何をしているのかと思ったら、なんとそこには隠し扉が現れた。
しかし、あまりにも大胆にしているので、村の人は皆知っていることのようだ。
「入って」
促されて入ると、小道が館に沿って奥に延びている。
しばらく壁沿いを歩くと、裏庭があり小さな家が二つ見えてきた。一つは普通の民家と同じ大きさで二階建て。もう一つは、小ぶりで最初の物の半分くらいの二階建てだ。
オリビアは、小さな家の前で立ち止まった。
オリビアと中に入る。
入ってすぐにあるかまどでは、鍋がかけられ何か煮込まれていた。その横には使い込んだテーブルと椅子四つが並ぶ。後は玄関横に階段。それが、北側にある。南側に暖炉とソファがあって部屋の内容物は終わり。本当に小さい。
「ここが私の家だよ。あ、その汚い上着は私が預かるよ」
「…そうだね」
ぐるるるるる~。また、腹が鳴る。お気に入りの新品をけなされた抗議だろうか。
「お腹減ってるようだね。今、準備するからテーブルについていて」
「ありがとう」
シンは上着を預けるとテーブルの椅子に腰掛けた。
オリビアが忙しそうに料理するのを見てシンは申し訳なく思った。
まず、森で拾って貰ったことから感謝すべきなのだが、今は料理。それだけでは腹が満たされる事が無いのが分かっている。
「もうすぐ、家族が揃うからそうしたら食べようか」
そう言い終わらないうちに、幼い子供が扉を勢いよく開けた。
「オ、オリー! 外の奴拾ったって本当なの?! どうして、外の奴なんか!」
オリビアは首を振ってシンを指差す。暢気そうな笑顔だった。
「いいじゃない。ほら、可愛い顔の普通の人だよ」
子供は四、五歳で短くそろえた金髪に大きな碧眼をしている。本来愛らしいはずの顔が怒りに染まっている。
「わかんないよ! 軍人かも知れないよっ」
シンは睨みつけられ首をすくめる。
オリビアは、頭をなでてやると子供に椅子を勧める。
「ほら、座って。私、今日のラビの仕事褒めようと思ってたけどなぁ、ラビって意地悪だったんだ。ふーん」
さも残念そうに呟きながら、食卓の準備を始めた。
途端に、子供はオリビアにしがみつき、
「オリー、ごめんなさい。僕、今日上手にできたでしょ?」
すがる様な目で言われオリビアは笑う。
「うん。なかなかだった」
スープとペースト状になった穀物をつぎ分けそれぞれの前に並べられた。これが、この村の主食らしい。
「さぁ、食べよう」
食事を始めると、オリビアは少しずつ説明を始めた。
村がプレセハイドと言うこと。広さも、人口もたいして多くない村だということ。
子供の名前が、ラビエルドでオリビアの従弟であるということ。村には銀細工が栄えていること。食糧確保のために塀の外と内に畑を持つこと。
そして、今日は外の畑に行った帰りシンを拾ったという事。
「今日からしばらく、シンはうちにいて静養する事になるからね。ラビ」
そうオリビアが言うと、ラビのみならずシンも驚く。
「ええ?! しばらくぅ?」
「僕、ここに居ていいの?」
「だって、森越えるつもりだったならちゃんと万全でなきゃ。まあ、それまで色々させるけど。ラビ、仲よくしてね」
オリビアの勢いに飲まれて、シンもラビも頷く。
食後のお茶を始めた所に、扉を乱暴に叩く音が響いた。
お湯の準備していたオリビアに代わり、ラビが扉を開けた。
「あれ? スターチ、どうしたの?」
「ラビ! 無事かっ?!」
スターチと呼ばれる十三、四歳の少年はラビをつかまえて尋ねる。
「なーにが?」
後ろからオリビアが呆れ顔で突っ込む。
「だ、だって姉ちゃんがオリビアが外で男拾ったって言うし、村の奴も…」
熱く語っていたスターチは、シンに気づいて黙る。
「こいつなの?」
さっきからずっといるのに気づいてもらえないなんて、自分は影が薄いんじゃないかと、シンは思い始めた。
「どうも。シンです」
スターチはシンに近寄るとポツリ。
「立てよ」
立ち上がると、少しだけシンが高いのを見て。
「お前、年は幾つだ?」
悔しそうに、スターチはシンを睨む。若干たじろきながら答える。
「…確か、十六になったかな」
「あ、私と同じだね」
オリビアが追い討ちをかけるように、言う。
「うぅ」
シュンとしてしまったスターチを座らせ、オリビアはお茶を出す。
ははん。どうやら、オリビアは沢山の人に愛されているようだ。
「このスターチの姉のマキが、私と一緒にシンを運んだんだよ。それに使用人一家でお隣さん」
「えぇっと、お姉さんにお礼お願いします」
とりあえずシンは言ってみたが、冷たい目で見返される。
「…あんた、この家のどこに寝んの?」
「そうそう、言い忘れていたわ。ラビの部屋、簡易のベッドなら入るよね?」
オリビアの言葉にラビが立ち上がる。
「そんなぁ! 僕の部屋で、こいつと?」
「そうだ。ラビが犠牲になる事は無いぞ」
言いながらうんうんと、加勢して頷いたスターチにオリビアは、
「じゃあ、しょうがないあたしの部屋か」
と遠い目で漏らす。
「「駄目! 何言ってんの!」」
ラビとスターチは首をぶんぶん。
「私、お客様をソファに寝せる気ないからね」
「…分かった。もう、いいよ僕の部屋で」
二階のラビの部屋にシンのベッドが置かれると、念を押すようにスターチが言う。
「オリビアの部屋に絶対入るんじゃないぞ」
「分かってる。そんなに信用できないかな?」
ラビと一緒の部屋で寝るのだから、そんな事を僕はできないと思う。
「できるか。外の奴なんて! ラビ、こいつのこと見張ってくれよな」
今度はラビを捕まえて言う。
「さあ、寝ようか。スターチも帰って寝なさい」
オリビアに追い払われスターチが渋々帰った。
「シンも疲れているようだし、ラビも程ほどにして寝るのよ」
「分かってるよ」
二階には二部屋しかなく、階段を上がってすぐの西側がラビ、奥の東側がオリビアの部屋になっていた。
「中をいじらないでよね」
そう言われながら入ると、ラビの部屋は、両側の壁を本棚に囲まれていた。
奥にあるラビのベッドが部屋の横幅に納まり、その少し手前で壁に沿っていた本棚が目隠しのように直角に曲がる。ベッドがよく見えなくなっている。
シンがそちらに近づくと、その本棚とベッドの間にはラビサイズの机が納まっていた。
「この本棚から奥には入らないで」
身体をはって威嚇されて、シンは自分のベッドに戻る。横になってしばらくしても、ラビの領域の灯りは消えない。
「何してるの? 夜更かしはいけないよ」
尋ねてみると、ラビは、
「勉強。僕は忙しいから話しかけないで」
憮然と答える。
どうやら、シンよりしっかりしていて、真面目のようである。
シンは目を閉じた。
空腹はあまり治まらなかった。
───最後にちゃんと食べたのは、確かとても苦いものだった。
お読みいただきありがとうございます。
いまさらですが、これは異世界トリップではありません(笑)
主人公はシン・ナカムラでとっても名前は日本ですけど違うのです。