終章
シンは、歩いていた。
途中で降り始めた雨に悪態を吐きながら。
「何だって僕はこう、ついてないんだっ」
ずぶ濡れの上着が身体に張り付いているのが気持ち悪い。
キフィとプレセハイドで別れてから、すでにひと月が過ぎていた。
「何やってるの? 早く入りなよ。濡れてるじゃない」
横の建物から声を掛けられて顔を向ける。
「…もうここまで濡れると、どうでもいい」
ふてくされてそう答えると声の主、オリビアが呆れた顔で手をこまねいた。
「そんな事言ってないで入ってよ。風邪を引くよ」
シンは、頷いて言われたとおり病院に足を踏み入れた。
「おう、シン。また足捻ったって?」
サイモンが、診察室から顔を出す。
「またですみませんね、またで」
シンが自棄になって答える。
診察室に入ると、オリビアとサイモンが待ち構えている。
「ところでなんで、ここにオリビアが居るの?」
「今度はどの位かと思って」
ニヤリと笑うその顔は、キフィそっくりだ。
「…。もっと心配とかしてくれよ」
「あら、してるわよ」
「分かってねぇなぁ。シン、もっと考えてみろよ」
サイモンの顔もにやにやしている。
「考えてもわかんない」
すねた様に、首をそらす。
オリビアに宣言した、村を出て行くという言葉は未だに実行されずにいた。
まぁ、色々な事情で。
「これは、そうだな、一週間くらいか。この前の腕の打撲は大分よくなってるな」
「また、一週間…?」
ため息を吐いたシンにオリビアが言う。
「このままじゃ、キフィが言った事、本当になるかもね」
「キフィが言ってた~?」
オリビアが口を塞いだが遅く、顔を上げたシンは聞き出そうとする。
「どういうこと? この前の耳打ち?」
オリビアの目線が泳いで、サイモンと目が合う。しかし、サイモンは我関せずで決め込んでいる。
「…シンに居て欲しかったら、何か手伝ってもらうとずっと居る事になる、って」
「ずっと…」
「それから、忘れないように言えって、怪我が治ったら出て行くんでしょう、って」
シンが言葉の意味を考えている横でサイモンが吹き出す。
「こりゃいい。半永久的にシンはこの村から出られない。怪我がねぇ…くくくっ」
「もう、サイモンさんったら!」
そうかやたらと手伝う事が多くなって、そのうちドジなシンは必ずミスを招く。大体個人的な被害のものが。
意図がわかり椅子に座り落ち込むシンにオリビアが、近づく。
「約束でしょう? 私のおいしい料理食べられるんだからいいじゃない。近頃は能力加減もわかってきたし」
シンはオリビアを見上げて、思う。
無理に踏み出さなくてもいいのかもしれない。
キフィの隣の他に初めてできた居心地のいい場所は、自分を温かく迎えてくれている。
「そうだね。約束は守るよ」
オリビアは嬉しそうに笑い、サイモンの所へ行く。
穏やかな気分で目を閉じたシンに耳に二人の話し声が流れ込んでくる。
「な? 今日の賭けも俺の勝ちだろ。アマゴイの時間ずばりだ。運が足りないんだよ、ずぶ濡れだぞ」
「でも、毎回雨の中来るなんて雨降りが好きなのかも知れないでしょ?」
…あぁ。
僕、やっぱり旅に出たほうが良いのかもしれない。
END
ここまでお読みいただきありがとうございました。
本当に感謝です!