六、王子様と踊らされた弱虫 ③
「で、シンの能力は?」
ラビが待ちきれないと声を上げる。
「…コエケシ、だよ。皆の中の声、記憶をアトヨミみたいに覗くんじゃなくて、食べてしまうんだ。そうしないと、生きてゆけない」
シンは諦めたように、諭すように告げた。
「…コエケシ…」
ラビが、こわばった顔で繰り返す。
「ほら、俺の部屋使ってんだろ? あそこの本棚にあったろう。確か、三百年前の爺さんが持ってた能力。そうそうあるもんじゃない」
頷きながらラビは尋ねる。
「じゃあ、シンはこの村で誰かの記憶食べちゃったの?」
「…ココの記憶を少しだけ」
シンが苦笑いで、両手を挙げる。
ラビの顔が引き攣り半分泣きそうだ。彼の中でのシンのイメージが一新されそうだった。
「な、なんで?!」
「川に落ちてあんまり怖がってたから少し怖くないように、ね。特に変なことしたりしてないし」
「な、なんだ。…でも、お腹すかないの?」
シンは、曖昧に頷いた。
「だからね、オリビアのご飯には色んな記憶の味がしたんだ。不思議なことにね…」
シンはじっとオリビアを見つめた。
オリビアが、諦めたように笑う。
「少しだけ、ご飯作るときに能力で浮き上がらせておいたの」
「浮き上がらせる?」
そんなの聞いた事がない。
「…オリビアには、もう一つ能力があって、記憶を癒す力のような物があるんだ。だから、能力も安定しにくい」
キフィの言葉にシンが絶句する。
「能力が複数あるっていうのか?」
「私だけじゃないの。一族の直系だけなんだけど、たまにそういう事があるみたい」
「そういう奴は未知の能力があること多いから、きっとできたんだろうね。さっすが俺の妹♪」
キフィが平然と言ってのける。
彼はラビの部屋の本棚の全てを頭に入れているのだろう。
見た目によらず意外に真面目に勉強とかするタイプなんだ。普段の不真面目さに苦労させられたシンとしては納得いかないけれども。
「あーそろそろ俺、あっちの館に戻るわ。もう寝なきゃな」
話を打ち切ってキフィが立ち上る。
「えぇ!? 僕の部屋で一緒に寝よう? キフィのベッドそのまま使ってるんだよ」
「おっ、そうか。じゃ、一緒に寝るかなぁ~ちっと狭くないか?」
キフィとラビは二人を残して二階に上がって行ってしまった。
「…黙っててごめんなさい」
オリビアが声を潜めて言う。
「まぁ、お互い様でしょ。僕も、脱走兵だって言ってなかった」
伺うように横目で見たオリビアに笑いかける。
「キフィは良い兄だね。僕は、小さい頃に親に売られたからよく分からないけど。きっと僕の兄たちもあんな感じだったのかな? …でも、キフィは女の子にしか優しくない。そして特に僕には優しくない」
「うん。たまに、手紙をくれるけど私の心配ばっかりしてるみたい」
「なにそれ、何か想像できないかも!」
本気で吹き出しそうになる。
オリビアもつられて笑う。
シンはこのままずっとこの村に居られればと、心の中で思った。
優しい人が沢山居る、この村でならきっと自分が人を傷つける事をしなくていいのでは、と。
翌朝。
キフィが広場に村人を集め、しばらく話をした。
この村に来ていた軍人の事や、シンがスパイではなく自分の友人である事などだ。
そして、最後に自分がこの村にやはり残れないということ。
話し終えて、館の廊下を歩きながらキフィは笑う。
「なにそんな顔して? 皆、俺がここでまた暮らすと思ってたの?
俺は、村の代表の能力者だ。今だって前線のサキヨミを、俺が居ない間の分を書いて置いて出てきただけだよ。
俺が戻んなかったらきっと、この村は軍にやられてしまうからね。今日、牢の奴ら連れて、王都に戻るよ」
オリビアがこわばった顔でキフィの後を追う。
「キフィ…、行っちゃうの?」
オリビアの涙声にキフィは立ち止まる。
「俺は、皆みたいに死んだりしない。ごめんな、村の事全部背負わせちゃって」
キフィはオリビアを抱き寄せると、笑った。
「いつか、戻ってくるから。それまで、お兄ちゃんを待ってなさい」
キフィは、接見部屋で王都へ戻る準備をすると言って村の代表者とオリビアを呼び寄せて籠もってしまった。
昼食を取った後、キフィは旅支度をすっかり済ませ、目隠ししたソード達を連れ村の出口に立っていた。
声を出さないようにして屈強な村人を数人護衛で連れて行くらしい。
「オリビア、村の事を頼んだよ」
「わかってる」
意地で泣きたいのを我慢して、キフィに笑顔を向ける。
そんな二人を見つめていたシンが、口を開く。
「…オリビア、僕も、怪我が治ったらこの村を出ようと思う」
オリビアが、驚いて振り返る。
「どうして? どこにも行く所無いんでしょう? ここじゃダメなの?」
「…ラビが泣いて僕を追い出そうとしていた理由が分かった」
「理由? あの子ただ人見知りするだけだよ」
「違うよ」
シンが首を振ると、オリビアは泣きそうになる。
キフィは黙ってみているだけだ。
「オリビアは、僕のご飯を作るために慣れない能力を使い過ぎるんだ。だから段々辛くなるし、ラビにだってわかってしまう。他にも僕は沢山迷惑かけてしまうよ」
シンは、オリビアに笑ってみせる。
この事は昨日、キフィと話していた時に決めた事だった。
もう、キフィの与えた仕事もしてしまったし、余計な迷惑をこの村に掛ける訳にはいかない。自分の事は自分でどうにかすると決めて脱走したのだから。
「…シン。この村好きか?」
キフィは後ろから面白がるように尋ねる。
「ああ。好きだよ」
「あの家は?」
「うん。凄く久しぶりにゆっくりできた」
キフィは顎に手をやり頷くと、最後に一言。
「じゃ、オリビアは?」
「は? …えぇと…それは…」
「ふーん」
しどろもどろなシンを眺めて、キフィはニヤリと笑う。
オリビアになにやら耳打ちを始めた。真剣に耳打ちに頷いていたオリビアは最後にキフィと笑いあう。
「分かったわ」
「…何話していたの?」
二人は意地悪に笑っただけで何もいわない。
そこにサイモンが見送りに現れて言及できなかった。
見送られて手を振るキフィは、ふと戻ってきてシンに耳打ちする。
「シン。まぁ、お前の好きなようにしな、できるものならね」
もちろん、シンに疑問を言わせる暇を与えず立ち去って行く。
キフィはこれから、軍に戻り村へ軍人を送った事への抗議をすると言った。きっと、これでしばらくはこの村も安定するだろう。
自分は少し名残惜しいけど、この村を出て新しい国でどうにかやって行こう。
ドジで何をやっても上手くいないけれど、何事もやってみなければ分からない、弱虫な僕でも。
「シン、見て」
オリビアが空を指差す。
見上げると、雲一つ無い晴れ渡った空だ。
これでこそ、僕が好きな季節だ。