六、王子様と踊らされた弱虫 ①
豪華なランプは色んな色と模様を浮き上がらせて、部屋を彩っていた。こんなに豪華で大きなランプは村のどこを探してもここにしかないだろう。
シンは、ランプを睨みつけながら憮然とソファに腰掛けていた。
「…心外だよ。まったくもって」
珍しく怒りを含んで発せられた言葉に、向かいに座っていたお館様・キフィは首をすくめた。
あっさりとキフィは自分がお館様であると認めたのである。
彼の隣にはオリビアが腰掛けている。
入りたかったこの館のお館様の部屋も、今ではシンに何の魅力も感じられない物になっていた。
「そう、カッカなさんなって」
そう言ったのは、シンの手当てをしていたサイモンだった。
シンの体中に、増えた傷は生々しかった。
昔から皆に可愛らしいといわれた顔も、今のところ半分は包帯で隠れている。軍用靴の底は、柔らかい顔の肌を沢山傷つけていたのだ。
「…悪かったって言ってるだろう?」
キフィは、いつもの砕けた顔を神妙にして言った。
「全部」
「は?」
「全部話してもらうからね」
シンの言葉にキフィとオリビアが苦笑いして頷いた。
「どこから話そうかな」
「俺が話すよ。まず、このプレセハイド村の事から、それでいいだろ?」
キフィが二人に確認するように聞く。二人が頷くのを確認して話し始める。
「プレセハイドの意味は分かる? 昔の言葉で、隠れ処という意味」
「隠れ処?」
「そう。隠れなくてはいけない理由は…俺たちクレイ一族の能力者が国から狩られてしまうから。
もう遥か昔の話だけどね。クレイ一族には昔から今、軍に居るような能力者が多くいた。その頃は、まだ王都なんかにも住んでいた。
しかし、ある一族の男が自分の能力を王に売り込んでしまった。その為に王は、一族の能力者を全て我が物にしようとした。
そこから逃げ出して森の中に造られたのがこの村」
ラビの書斎にあった本の内容に近い話だった。
「じゃあ、ここに居る人は皆、親戚なの?」
シンが、キフィに言葉を挟む。
「それは、ほとんど皆が親戚かな。能力者たちも起源はクレイ一族だから、国中に逃げた人たちの遺伝子で能力者が生まれるのも親戚になる。他の国で生まれは違ってもここの存在を知ってやってくる人もいる」
キフィがサイモンを指差す。
「例えば、このサイモンとか。まぁ、大雑把に言えば、君も皆も俺らの家族って事」
キフィが、にやけつつ言う。
「続けるね。今、この村には五十人以上の能力者がいる村人の約四分の一。もちろん、オリビアもラビも」
「そんなに…?」
普通の人口での能力者出生率が0.2%しかないからそれからするととんでもない数字だ。
「けれど、私たちはシンがこの村に来る事を村のどの能力者もサキヨミができてなかった。
だから、皆は恐れていたんだ」
オリビアにじっと見られ、顔をそらす。
確かに、能力の強いキフィはサキヨミ出来た。
けれど、他のサキヨミにはシンのことを読めなかったのなら、自分の事を一切読まれなくするという軍の訓練の賜物だ。
「ねぇ、この村の能力者は国に捕まらないの? いや…違うか、キフィが軍に来たか」
キフィが、自分を指差して頷く。
「そうなんだよ。この村からは滅多に能力者を軍に出さない。何十年も諍いがあって…最近ある事をきっかけに国と約束事を作った」
その言葉を聞いてオリビアが苦い顔で続ける。
「能力者一族から、約十年に一人を軍に差し出す。
だから、シンに言ったでしょう? 短命な一族だって。ただでさえ能力者は命が短いのに。皆、自分から犠牲になって行くんだ。少しずついなくなる…キフィも…」
オリビアが唇を噛んで何か堪えている。
横でキフィは諦めたように笑うだけだ。
「俺さ、四年前にちゃんと能力者の館に入っただろう」
キフィはじっと自分の手を見つめながら言葉を紡ぐ。
「…あぁ、だからあんな中途半端な時期に来たんだな」
「でもさ、村は俺が居なくなると的確なサキヨミできる奴が居なくなるんだ。
奴らはそれを知っていて、俺が遠戦行くと村に能力者を攫いに来るんだ。どうしようも無いじゃん? 妹一人に村任せてんのに俺、村からすっごく離れたとこに居るんだから」
「だから、僕を?」
自分を見つめるシンに、キフィは答える。
「…まぁね。最初シンに出会った時はお前に頼む日が来るとは思わなかった。軍にすげー従順でムカついた、反抗心のカケラも無かったしさ。俺は村に帰りたくて堪んないのに。でも、臆病なくせにいつも人を助けてただろ。苦い・気持ち悪いって言いながらもコエケシしたりさ。
正直、救われた。だから、お前が軍から逃げるなら、まだ俺よりチャンスがあるお前のその手のひらになら、村も妹も任せていいと思った」
「どういたしまして」
臆病と言われてムッとしないでもないが、臆病で弱虫であの軍の檻の中から逃げていく自分を、頼りにしてくれたキフィがかっこよく見えた。
「そういえば。ねぇ、もう一人のお館様は?」
キフィが多分そうである事は薄々分かっていたが、この館に籠もっているはずの妹はどこだろう?
こんな騒ぎでも人見知りして隠れているのだろうか。
「? 居るじゃん、目の前にさ」
キフィが指差しながらきょとんとしている。
「え…?」
そっち指しちゃだめだろ? シンの思考がしばらく停止する。どういうこと? とりあえず目線を向ける。
「ごめんなさい! 実は、私がお館様です!」
キフィの手とシンの目線に晒されたオリビアが、慌ててがばっと頭を下げる。
「だって、お手伝いでしょう? 誰もオリビアのことをお館様なんて呼ばなかったし、小さな家に住んでるしさ」
「オリビア、まだあっちに住んでるの?」
キフィも別の意味で驚く。
オリビアが、申し訳なさそうに言う。
「…シンが、本当にキフィの信用に値するか確かめたくて」
「僕、騙されてたわけ?」
シンが呆れて尋ねる。
「違うよ。私、仕事以外で嘘は言ってない」
首を振るオリビアは真剣に弁明する。
「シン、まぁ俺が悪いんだから、オリビアの事は許してよ」
彼にしては珍しく妹へフォローを入れたキフィにシンは大きく頷く。
「そうだな、お前が全部悪い」
シンの言葉に不満そうな顔をするキフィだった。