五、弱虫の意地 ②
外に出てみると、特に人影は見えない。
まぁ、堂々といる人攫いも馬鹿だが。
しばらく森の中を進みある程度の勘で当たりを付けて立ち止まった。
顔を一巡りさせると、シンは自信有り気に声を張る。
「そこにいる軍の皆さん、こんな辺鄙な村に何か御用があるんですかねぇ? みんな村人が怯えてますよ」
もちろん何も反応が無いのを見ると、続ける。
「僕は、王都軍特別上級能力士官シン・ナカムラ」
一種の賭けだが、何ができるか能力は極秘で知らなくとも、上級士官シンの名を知らない軍人はそういないはずだ。
しばらくの静寂の後、シンが見当をつけていた木の影から人が現れる。
「私はジョージ・ソード中尉であります。何故、あなたのような方がここにいらしゃるんですか?」
驚きを顔に貼り付けた中年の仕官だった。シンにも見覚えのある顔だ。多分、能力者の館に付いている幹部か。
それも、自分がらみでは無く本当に人攫いだ。これはまだ自分の脱走情報がはいってないな。
「そっち、何人いるの? 僕は、このプレセハイドに秘密裏に潜入していたんだ。すっかり皆騙されてるよ」
上着のポケットに両手を突っ込んだまま愛想よく笑う。
「我々は上層部の指示でこちらに四名で来ております」
「…皆、出てきなさい」
すっと目を細めシンが落ち着き払った声で命令する。
森の奥から、仕官より若い者たちが現れる。
髪の長い女性が一人と色が黒い青年と黄色い髪の少年。
「これで、全部?」
シンは、仕官の正面に立ち尋ねる。
「はい。…ぶっ!」
シンの手の平は直後、仕官の顔面に張り付いていた。その手にはすでに手袋は無い。直前まで手袋をしていた方が、記憶を食べる能力が増すのだ。
目を見張る部下たちの前で、シンの顔は恐ろしい程の無表情になってゆく。
手の平から入ってくる情報は恐ろしく残忍な任務内容だった。
この村の推定住人の人数やある目標の捕獲が任務内容として出ていた。どろどろと苦い何ともいえないものが胃なのか脳なのかに広がっていく。こんな物を消化するのが嫌でシンは逃げてきたのに。
「き、貴様! ソード中尉に何を!」
引き攣った顔で、叫んだ男がシンに飛び掛ってくる。
大柄な青年だった為慌てて、意識の無いソードの身体を彼に押しやる。
「別に。ただ任務内容とか、僕に会った事を読み取って確認しただけだよ」
上官の身体を投げやられた為に無下にできず、男は黄色い髪の少年にソードを引き渡す。
「確認だとぅ? 貴様、馬鹿にしているのか」
殴りかかってくる男にシンは挑発するように言う。
「別に。セイレン君のこと馬鹿にしてるつもりはない」
「な、何で俺の名前…」
腹に一発拳が決まったのにも関わらず、シンは続ける。
「女の子がセンネちゃんで、男の子がトリパニス君でしょ? ちゃんとソードさんが記憶しといてくれて良かったねぇ」
ソードを抱えようとしていた二人も、動きを止める。
「…それに、キミらは能力者ではないようだね」
ニヤリと笑ったのはシン。
色黒のセイレンの腹に仕返しとばかりけりを入れる。
しかし、予想以上に鍛えられた腹に跳ね返る。
「能力者の意味が分かった、過去読みかよっ!」
セイレンにその足を捕らえられる。
「わぁ!」
頭をぶたれた上に、足を上へ引っ張られて後ろに転びそうになり、足を掴んだ手を両手で思いっきり掴み返す。
「うーん、惜しいなぁ。それに僕の能力って、実は頭にだけじゃなくどこからでも力使えるんだ」
不敵に笑って目を閉じる。
直後、体勢を崩してセイレンごと地面に崩れる。
「僕って、考えなし…」
こんなときにも相変わらずのドジで自分が情けなくなる。
シンは諦めたように呟いて、セイレンに押し潰された状態から這いでようとする。
しかし、敵は彼一人ではなくて、もちろんあと二人残っている。
もがいている間に、トリパニス少年に顔を蹴られる。殴られたり蹴られたりしている間に段々意識が遠のく。
あぁ、こういう時特別な魔法とか使えたらいいのに!
必死に這い出ようとまだ手はもがいているのだけれど。
―――ガンッ!
何かがぶつかる音に目を開ける。
トリパニスに大きな木の枝を振り上げているのは、なんとオリビアだ。
「ちゃんと、家で待てって言ったでしょう!」
意識が戻ってくる。
トリパニスが相手じゃきっと細い女の子のオリビアは負けてしまう。
必死でセイレンの身体の下を抜けた。立ち上るとシンも同じように近くにあった木の枝を拾い上げてトリパニスに振り上げる。
しかし、シンが考えなしに持った枝は重過ぎて手のひらからすっぽり抜けてトリパニスに直撃する。
「あれま?」
見事に鳩尾にヒットして悶絶するトリパニス。それでも止めを刺そうとするオリビアを止めて、彼の額に手を翳す。
彼の中から記憶を取り除く。
一気に色んな記憶を取り入れるのはかなりしんどい。自身でも気持ち悪さに顔色が悪くなるのを感じる。
オリビアには見せられない。
顔が見えないようにして立ち上がりあたりを確認する。
「あれ? オリビア、後一人は?」
あとは髪の長い女だったはずだ。先程まで、ソードについて戦闘に加わっていなかったはずなのに。
「…逃げた、みたい」
オリビアは、辺りを見回しながら言う。
「不味いな」
このままでは、王都軍に自分がこのプレセハイドに居る事がバレてしまう。
まだ、あの女の記憶を消していない。
「何が、不味いの? いいじゃない、このまま居なくなってくれれば」
オリビアの普通ならもっともな言葉も受け入れられない。
「僕、追いかけるよ」
走り出そうとするシンをオリビアはすかさず捕まえる。
「ダメ、こんなに怪我してるのに無理だよ。顔色も悪い」
真剣な顔で告げられる。
確かに顔も、足首も、腹も、なんだか背中も痛いけど。
「僕は、行かなきゃいけないんだ!」
引き止めるオリビアを振りきって森のほうへ数歩、歩こうとする。
焦燥感でいっぱいなるこの村へ長く滞在していた事で軍に自分がこれから行く国の方向がばれるわけいかない。
「何を隠してるのよ! シンがそんな風だから村の人たちが心配するんでしょ!?」
「関係ないだろ! 第一オリビア達は巻き込まれないほうがいいんだ!」
それでも精一杯の力(意外に馬鹿力)でつかんでいるオリビアの腕を振りほどこうとして揉める。
ガサッ―ガサガサ…
森のこちらに近づいてくる音に二人とも動きを止める。
ぴょんっと、森から人影が現れる。
「なぁーに? 痴話げんかでもしてんの?」
呑気な言葉にシンは振り返る。
そこに悠然と立っている人物に絶句した後、シンは一言絞り出す。
「…キフィ」
そう呼ばれた少年は満足げに頷くと、それまで後ろに反っていた右腕を前に引き出す。
「喧嘩の原因ってこれぇ?」
これ、と言われたのはシンが追いかけようとしていた女、センネだった。