四、変化 ②
使用人が使う勝手口が家の裏にあるのは知っていた。
裏口だし村人が入ってくる所でもない。
そこから、周りに人がいないことを確認して入る。
そこは台所などに通ずる廊下になっているらしかった。多分、使用人しか使わない廊下だ。薄暗く色んなものが置いてある。
廊下の先には、扉がありどうやら館の本物の廊下に出るようだ。
人と会わぬうちにシンは、扉の奥に入った。
やはり豪華に飾られた廊下に出た。階段の真横だ。
先程、窓から見えた人影は二階だったはずだ。階段を上る。
二階は明るい照明と綺麗な模様の絨毯が敷き詰められている廊下だ。
銀細工が村の工業と聞いていたが、飾られている観賞物は信じられない位の精巧さだった。きっと、王都にはこの昔ながらの技術は残っていないだろう。
それが、シンには白々しく感じられた。
オリビアから、少女が一人で住んでいると聞いたからだろうか。一人で住むには寂しすぎる立派な屋敷だ。
廊下には、扉がずらりと並んでいる。
シンの目算では真ん中から右よりの部屋だった。
歩きながら感嘆する。部屋と部屋との間隔が、かなりの距離があるのだ。オリビアの家一つくらいは、一部屋に収まるのではないだろうか。
見当をつけて、扉の前に立ち止まる。
そこからは声が聞こえる。
しかし、独り言なのか声は一つ。
やっぱり、世話になっているのだから挨拶は必要だ。それに彼女はキフィの妹かもしれないと、自分勝手に理由をつけてシンはドアノブに手をかける。
「何してるの! どうして、ここにシンがいるの?」
シンはその言葉に慌てて手を引く。
「…ラビ」
ラビは反対側の正式な階段からやってきたらしく駆け寄ると、睨みつける。
「オリビアが来ちゃダメだって言ったんでしょ? どうしてくるの」
明らかに、年下のラビに言い訳ができない状況。
「ごめん。どうしても気になっちゃって」
ここは素直に謝るしかない。
「もぅ! 家に帰ってよ。オリビアに言ってやるんだからね」
「わかった。あっ…ラビは、何しに来たの?」
別れ際に尋ねると、ラビは誇らしげにこう言った。
「僕、お仕事に来たんだ。大事な、ね」
夜、久々に雨が降る。
いつもなら、絶対に置き忘れたりしない大事な上着を、外の畑に忘れてしまった。
エンジ・ホウクは、ため息を吐きながら村の塀の扉を開けた。
今日に限って、雨降り。
きっと、彼女にもらったジャケットはグシャグシャだ。
まだ若い彼は、村の者の言う人攫いの話をあまり信じていなかった。
最近大人たちが異様に警戒しているのはお館様が危険を告げているから。
でも年齢的に同じくらいのお館様は彼にとってはただの友人で、あんまり重要な気がしていなかった。
軍人に対する嫌悪は人一倍だったが。
自分のジャケットを見つけ、屈みこんだ時だった。
森の中に誰かいる。
ちらり、と木の影から頭が見える。
村人か、いや、あれは…人攫いだ。
『軍人は、人攫いをするから夜に外に出るんじゃない』急に母の言葉を思い出す。
――あぁ。
大人の言う事は聞かなくてはいけないということだな。
こっちに気づいてはいないようだ。身を低くして、扉がある茂みまで駆け寄る。
扉から、身体をすべり込ませると、エンジは皆に知らせるように大声で叫びながら駆け出した。