第四話:鬼
夕紀が間もなく神社に辿り着こうとしていたとき、神社の鳥居に身をもたれている人影を見つけた。巫女服につやのある黒髪の少女・・・・・・見紛うはずもない、立花だ。
「立花さん!」
立花の元に駆け寄る夕紀。だが、すぐに異変に気付いた。
「夕紀さん・・・・・・あぐっ・・・・・・!」
「!・・・・・・ひどい怪我!」
彼女の白い巫女装束の右肩部分はぱっくり裂けていて、傷口を押さえる手も血で紅く染まってしまっていた。息づかいは荒く、額には汗が滲んでいる。傷を負った体に鞭を打って、自力でここまで歩いたのだろう。
「夕紀さん、お願いがあります・・・・・・私を、お兄様の元へ、連れて行ってください。」
「ダメよ、ちゃんと病院行って、手当てしなきゃ!」
とても、これ以上は歩けるような状態でない事は、夕紀でもすぐに判った。だが、立花は夕紀の胸元にすがりつき、瞳を潤ませて懇願する。
「お願いです、夕紀さん、お願いします・・・・・・」
立花に泣きながら抱きつかれ、夕紀はさすがに困惑したが、やがてその熱意に根負けしたように、はぁ、とため息をついた。
「・・・・・・わかった。でも、応急処置が先だよ。それから、一緒に行こう?」
「はい、ありがとうございます・・・・・・」
夕紀は立花に肩を貸し、境内にある休憩所の中に入った。
「うっ・・・・・・!」
普段血を見ることに慣れていない夕紀は、立花の肩の傷口を見て、思わず顔をしかめた。そういえば、傷の手当てなんてした事がない事に、今更ながらに気付く。
「えっと、まず、どうすればいいんだっけ・・・・・・」
「わ、私が教えますから、その通りに、お願いします。」
着物を脱いで、背を向けた立花は、痛みを堪えつつも夕紀に手当てを依頼する。
それを見て、夕紀も覚悟を決めた。そうだ、立花だって辛いのだ。血を見るのが苦手だなんて、言っている場合ではない。
「う、うん。」
立花の的確な指導のお陰で、なんとか応急処置を終えることが出来た。幸い、傷はさほど深くはなかったようで、傷口に消毒と止血だけを施した。
「私、帝さんの事、許せないよ・・・・・・白夜だけじゃない、立花さんにまでこんな怪我させて・・・・・・」
夕紀は、新しい着物に着替えている立花に背を向けて、拳を震わせながらそう洩らした。その様子を見て、立花がたしなめる様に言う。
「お兄様の事を、どうか悪く言わないであげてください。」
「でも・・・・・・!」
「斬鬼丸は、その気で使えば、一振りで巨木を薙ぎ倒すほどの威力があるのです。こんな風に、浅い傷をつける事の方が、むしろ難しいのものなのです。」
「だけど!」
義兄を弁護する立花に、夕紀は食い下がった。そうだ、たとえ手加減していたとしても、家族に刃を向けるなんて、決して許されるハズがない。
「それに・・・・・・」
けれど立花は、耳を疑う事を口にした。
「お兄様が、ああなってしまった原因の一つは、私なんです。」
「え・・・・・・?」
夕暮れに紅く染まる、雑木林の中。
刃と刃がぶつかり合う、甲高い打撃音が幾度となく響き渡り、対峙する白夜と帝との間に、無数の火花が生まれた。
―――周囲の状況が、戦いの激しさを物語っていた。
地面はあちこち抉られ、周りには白夜の長爪や、『斬鬼丸』の斬撃によって薙ぎ倒された木の幹が、何本も転がっていた。
いっそう甲高い音が響いて、二人は鍔迫り合いの状態で均衡する。
―――だが、戦況は五分ではない。
涼しい顔で、呼吸ひとつ乱していない白夜に対し、帝は全身傷だらけで砂埃にまみれ、すでに肩で息をしているような状態だ。
帝は焦っていた。対魔結界の外に逃れた白夜が、まさかこれ程の力を秘めていたとは、帝にとって想定外だったのだ。それだけに、子供の姿から、美しき獣人に姿を変えた白夜の力は、圧倒的だった。
力も、速さも、以前の姿とは比べ物にならない程の域に達しており、これまで帝が相手にした、どの異形の者達をも凌駕している事は明らかだった。手負いの獅子に止めを刺そうと、結界の外で勝負を挑んでしまった事を、帝は後悔した。
突如、どこからともなく現れた数本の鎖が、鍔迫り合いを続ける帝に襲い掛かる。
「ぬうぅッ!」
意表を突かれた攻撃に、帝は慌てて長爪を押し返し、自らも後方へ跳び、白夜から離れる。迫り来る鎖を、『鎌鼬』で薙ぎ払って撃退するが、一度は撃退した鎖は再び向きを変えると、勢いよく帝に向かって伸びる。その様子は、さながら獲物を執拗につけ狙う、毒蛇を思わせた。よく見ると、鎖は白夜の背後から伸びており、彼女の長い銀髪の一部を変化させたものだと判る。
雑木林の中を疾駆し、追尾する鎖から逃れながらも、帝は『鎌鼬』を飛ばして迎撃を試みる。だが、いくら帝が音速の風刃で薙ぎ払っても、その堅牢な鎖を断ち切る事は出来なかった。『斬鬼丸』が放つ『鎌鼬』は、直接斬りつけるよりも、その威力は遥かに劣るからだ。先の戦いで、結界部屋で、『鎌鼬』を受けた白夜に致命傷を負わす事が出来なかったのも、決して帝が手加減していた訳ではなく、その『鎌鼬』の性質ゆえだったのだ。
かといって、鎖に向かって直接斬りかかるには、あまりにもリスクが大きかった。鎖の一本に狙いを定めれば、たちまち他の鎖の餌食となってしまうだろう。
逃げ回るうちに、追尾する鎖はいつしか数を増し、全部で四本の鎖が、不規則な軌道を描いてありとあらゆる方向から帝に襲い掛かる。縦横無尽襲い掛かる鎖から、辛うじて逃れ続ける帝だったが、それも束の間。一本の鎖が帝の足首を捕らえたのを皮切りに、残りの三本の鎖が、帝の四肢を何重にも束縛した。きつく巻きつけられた冷たい鎖は、帝がどんなに力を入れて抜け出そうしても、びくともしない。そこへ、長爪の刃が伸びていない、白夜の左手が鋭く突き出され、帝の腹部の退魔結界をたやすく突き破ると、そのまま白夜の掌手は帝のみぞおちにめり込んだ。
「ぐはぁっ!」
帝の顔が苦悶に歪む。呼吸困難に陥り、束の間、意識が宙へと舞った。同時に、鎖による結束が解かれたことで、帝はその場に倒れ込んだ。妖刀が纏っていた蒼炎はいつの間にか消え失せ、帝は地面で腹を押さえて苦痛にうめいた。
「・・・・・・終わりだ。これ以上戦っても、勝ち目がないこと位、お主とて判っておろう?」
うずくまり悶絶する帝に、白夜は言った。だが、帝は妖刀を杖にして、そのおぼつかない足腰で、どうにか立ち上がろうとする。白夜を見据えるその眼は、未だ戦意の灯火を消してはいなかった。
「ゲフッ、ゲフッ・・・・・・た、確かに、現状では、万に一つも、わ、私には勝ち目は、ないでしょうね。」
「ならば、なぜ戦うのだ?」
なおも戦う意志を見せる帝に、白夜は以前から感じていた疑問を、帝に投げかけた。
―――なぜこの男が、これほどまでの執念をもって、『人ならざるモノ』と戦おうとするのか、それが知りたかったのだ。
「・・・・・・お主の妹が、『人ならざるモノ』を憎むのは判る。だが、お主は言ったな?ワシらを倒し、理脈を整するのが、龍禅寺家とやらの使命だと。だが、お主がそのような状態になってまで、戦い続けようする意図が、ワシにはどうしても見えぬ。」
帝は目を閉じ、沈黙する。
「・・・・・・私にも、意地というものが、あるのですよ・・・・・・」
「全ての始まりは五年前の事でした。お兄様と同じく、対魔師を生業としていた、私の義父様が、『人ならざるモノ』との戦いで、重傷を負ってしまったのです。」
立花の応急処置を終え、神社を出て、白夜と帝が対決しているであろう場所へと向かう道中、彼女は語った。
「自らの命がそう長くない事を悟った義父様は、一族のすべて人間を集め、龍禅寺家の後継者を選ぶ事にしました。しかし、義父様が後継者として指名したのは、長男のお兄様ではなく、養女として引き取られた私だったのです。」
「え・・・?でも、立花さんって・・・・・・・」
「はい、私にも、最初は訳が判りませんでした・・・・・・なぜ、龍禅寺家の血を引いていない、この私が、後継者に選ばれたのか。でも、疑問はすぐに解決ました。龍禅寺家が後継者として、最も重んじていたのは、血筋などではなく、『人ならざるモノ』に対抗するための、異能の力だったのです。」
―――帝の剣術の腕は、一族の中でも最強と謳われた程だった。
しかし、龍禅寺家が後継者として、最も重視していた資質とは、そのようなモノではなく、生まれ持った神懸り的な力だったのだ。帝は、理脈を見通したり、『人ならざるモノ』を気配で識別する事は出来たが、彼らと対等に渡り合えるだけの特殊な力を、何一つ持ってはいなかったのだ。
「それに、お兄様と私には、決定的な違いがありました。私は『人ならざるモノ』によって、両親を失いました。だから、彼らと戦うだけの個人的な『理由』があるのです。彼らとの戦いは非常に過酷で、時には命の危険を伴う事も少なくはありません。いかにお兄様が、『使命』を果たすという責任を背負ったとしても、それだけでは、戦いを乗り切る事はできない・・・・・・と、義父様は判断されたのでしょう。これは推測ですが・・・・・・おそらく、だからこそ私は養女として迎えられたんだと思います。」
夕紀は絶句した。その時の帝の心境は、一体どれほどのものだったのだろう。
更に、立花は続ける。
「そして、その翌日、事件は起こりました。お兄様が、社に安置されていた『斬鬼丸』を無断で持ち出し、道場に篭ってしまったのです。それから三日三晩、お兄様が、道場の中から出てくると事はありませんでした。おそらく、一族の誰もが扱うことができなかった『斬鬼丸』を、制御する術を身に着ければ、お父様に後継者として認めてもらえると思ったのでしょう。」
―――それから三日が過ぎた日の早朝、帝は、『斬鬼丸』を制御する術を身につけ、道場から姿を現した。しかし、それはもはや、以前の帝ではなかった。『人ならざるモノ』を目の前にしたとき、彼はそれを狩る為ならば、何の手段もいとわない、非情にして冷徹なる二面性を見せるようになったのだ。その様子はさながら、妖刀の魔力に、心を惑わされたかのような・・・・・・立花には、そう思えた。
「それで、『斬鬼丸』を扱えるようになった帝さんは、お父さんに認めてもらえたの?」
夕紀の問いに、立花は首を横に振った。
「いいえ、お兄様が家督を継ぐ事はありませんでした・・・・・・お兄様が道場に篭っている間に、義父様の容態は悪化し、すでに危篤となってしまっていたのです。その翌日、義父様は・・・・・・」
その言葉に夕紀は耳を疑う。
「え・・・!?それじゃ・・・・・・!」
「はい、『斬鬼丸』こそ、お兄様が継承する事になりましたが、龍禅寺家の本当の当主は、この私・・・・・・。私はまだ十五歳なので、現在はお兄様が一時的に家督を預かる形で、この神社の神主の職を担っていますが、私が成人した暁には、正式に龍禅寺家を継ぐ事になっているのです。」
「それで、家督を継ぐ事ができなかったお主は、『人ならざるモノ』を狩る事にこそ、己の価値を見い出した、といった所か?」
「フ・・・フフフ・・・!、か、勘違いしないで下さい。私にとって龍禅寺家の家督を継ぐ事など、今となっては、何の興味などありません。」
「何・・・・・・?」
「君は、私に聞きましたね?何故私が、君達『人ならざるモノ』と戦うのか、と。」
帝が杖代わりにしていた妖刀の切先を、縦に構えた。
「『九十九神』、というものの名を知っていますか?永い時を経て、人の強い想いが込められた道具は、意志を持ち、超常的な力を発揮する事があるのです。」
白夜は、それを知っていた。
―――そして、『斬鬼丸』も、その『九十九神』の一種であろうということも。
「それが何だと言うのだ?」
「龍禅法師が使っていたこの『斬鬼丸』も、この私のように何の力も持たない、一振りの刀に過ぎませんでした。しかし、彼が旅の途中で斬った鬼の魂を、符術によってこの刀に封じ込めたことで、異形のモノたちとも渡り合えるだけの強力な力を得たのです。そう・・・・・・・・斬鬼丸はね、人為的に作り出された・・・・・・正に、『九十九神』そのものなのですよ。」
その事実に、白夜は驚きを隠せなかった。
「鬼の魂を、刀に封じ込めただと・・・・・・?それが、『斬鬼丸』の力の正体か!」
「フフフ、その通りです。この妖刀はね、『人ならざるモノ』の魂を喰らい、そして成長する。私の目的はね、白夜君。君達を屠ることで、この『斬鬼丸』の力を、解放する事にあるのですよ。」
帝が妖刀の柄の部分に巻かれた護符を、剥ぎとり始める。
「しかし、その強大な力のゆえ、普段は使い手の魂が、鬼によって蝕まれないようにするため、符術によってその力を抑えているのですが・・・・・・もはや、この状況では、そうも言ってはいられないようです。」
白夜の表情が、嫌悪感を露にする。
「そのようなくだらぬ動機で、ワシらを陥れたというのか!ただ一人の妹をその手にかけ、夕紀にまで危害を加えようとし理由がそれか!!」
帝が全ての護符を剥ぎ取り終えると、輝きを失っていた妖刀から、蒼炎が爆発的に噴き出し、瞬く間に帝の全身を包み込んだ。
「ええ、その通り・・・・・・!ハ、ハハハ・・・ッ、その通りですよ!ヒャハッ、ヒャハハハハ!!」
―――帝の声色が変わった。『鬼』によって、帝の魂が飲み込まれようとしているのだ。
そして、異変に気付く。帝が全身に纏った蒼炎が、死骸に群がる蛆ように蠢き・・・・・・帝の風貌を変化させようとしていた。
「!・・・・・・これは!?」
顔は修羅の如き形相へと変貌し、もはや初めて対面したときのような好青年の印象は何処にも見当たらない。以前の細身のシルエットとはうって変わり、全身の筋肉ははちきれんばかりに膨張し、腕や太腿は丸太のように太くなり、太い血管が浮き出ている。胸板も多少の攻撃ではびくともしそうになほどに分厚く発達し、皮膚の色も赤黒く変色して、それが余計に不気味さを際立たせていた。後ろに束ねた髪留めが外れた事で、毛髪はすべて逆立ち、身長はかなり伸びて、2mはゆうに超えているであろう巨躯へと変貌した。
―――変貌を遂げた帝の、狂気を滲ませた両眼が、ぎょろりと白夜を見据える。そこには筋肉の重鎧を纏い、ひと回りもふた回りも巨体化した帝が、「グルルル」と、低いうめき声をたてながら、そこに佇んでいた。その姿は、正に『鬼』と呼ぶに相応しい。
「ヒヒヒヒ・・・・・・負ケナイ。見セテクレヨウゾ!斬鬼丸ノ力ハ、無敵ダァ!!」
『鬼』となった帝が、図太く低い声を上げると、斬鬼丸を天に掲げる。周囲に旋風が巻き起こったかと思うと、『斬鬼丸』から、蒼炎が勢い良く噴出し、それが天へと向かってまっすぐ伸びた。やがてそれは高さ10メートルほどにまで達すると、巨大な瑠璃色の刀身を形成する。あんなものを喰らえば、いかに白夜といえども、無事では済まないという事は明白だった。
「愚かな、心まで妖刀に喰われよったか!」
だが、それでも白夜は怯まない。白夜は左手を真横へ伸ばすと、右手同様、指先からの五つの刀身が生まれた。左右五本ずつ、計十本の刃を、顔の前で交差させると、全身は淡いの純白の光を放ち始めた。
「くだらぬ・・・・・・『人ならざるモノ』を狩る為に、自らが忌むべきその力に拠りすがるなどと!」
光は白夜の波打つ銀髪や、体の一部に生えた体毛に反射し、白夜の全身は水晶を散りばめたかの様な輝きを帯びはじめる。
「オオ・・・・・・!」
その神秘的な光景を前に、『鬼』となった帝ですら、感嘆の声を洩らした。
白夜は大きく膝を曲げ、そのまま空中へと飛び上がり、身を翻して帝から離れた地点に着地した。前傾姿勢に身を屈め、両の刃を左右に広ると、煌めきは純白のオーラとなって、全身を包み込んだ。その姿は、正に大空を支配する白き大鷲の姿を彷彿とさせる。
「・・・・・・実ニ、美シイ。ソレガ、貴様ノ、生命ノ輝キトイウモノカ?」
だが白夜は目を閉じたまま、答えない。
―――白夜はある想いにふけっていた。
これまでの戦いの中で、帝に止めを刺す事は簡単だった。
けれど、それをしなかったのには、ある理由があった。
帝を殺さずに、彼を変えてしまった、力に対する執着を、何とかして断ち切ろうとしていたのだ。
だから、白夜はあえて、斬鬼丸の力を解放した帝に正面から立ち向かうという、危険な賭けに出た。もちろん、白夜がそう思うのは、身を呈してまで自分達を救ってくれた、立花の恩に報いたいという理由もある。
―――だが、それだけではなかった。
何よりも、夕紀が悲しむ顔を見たくなかったのだ。
あの娘は、他人の事を、まるで自分の事のように感じることができる、優しい娘だ。もし帝が死んでしまえば、嘆き悲しむ立花の姿を見て、夕紀もまた、心に深い傷を負ってしまうだろう。
それだけは、なんとしても避けたかったのだ。
―――瑠璃と純白。
黄昏の中で、二つの光が、対峙する。
「サア、終ワリニシヨウカ!コノ一撃デ・・・・・・、『斬鬼丸』ノ糧トナルガイイ!!」
もはや、一刻の猶予もなかった。帝の魂が完全に鬼に喰われてしまう前に、決着をつけなければ。
「来い。お主の心の闇に巣食う、悪しき鬼の魂を!このワシが断ち切ってみせる!!」
同時に向かって動き出す、二つの光。
やがて二つの光が真正面からぶつかり合うと、眩いばかりの閃光が周囲の全てのモノを包み・・・・・・一筋の光の柱が、黄昏の空にきらめいた。
「うわっ!?」
雑木林の中を進んでいた夕紀と立花は、歩く方向から突如吹き荒れた突風と、鳴り響く轟音に、思わずよろめいた。けれど、それもほんの一瞬の事で、数秒後には、雑木林は元の静けさを取り戻していた。
「な、何?今の・・・・・・」
「見てください、夕紀さん!」
立花が天を指差す先には、天を切り裂く光の柱がうっすらと確認できた。おそらく、先ほどの衝撃波も、二人が戦っている場所で起こったものなのだろう。
「白夜と、帝さんが戦ってる場所だ!急ごう!」
「はいっ!」
光の柱を目印に、夕紀と立花は足を速めた。
帝と白夜が戦っているであろう地点に、二人はようやく辿り着く。
だが、辺りは一面、土煙が雲のように立ち込めており、夕暮れ時である事も重なり、視界は最悪で、周囲の状況はまるで判らなかった。
やがて土煙が徐々に晴れたことで、周囲の状況が明らかになる。
夕紀が居た時にはなかった、巨大な窪みが地面に出来ており、それを中心に周囲の木々はすべてなぎ倒され、戦いの壮絶さを物語っていた。
「あっ!」
窪みの中央に、二人の人影を見つけた夕紀は声を上げた。
「白夜!」「お兄様!」
二人の呼びかけに、白夜と帝は反応する様子を見せず、お互いに背を向けたまま、ただじっと立ちつくしていた。夕紀と立花は、その光景に息をのんだ。
暫しの間、そうしていると、やがてそのうちの一人が、がくりと膝をついて、地面にそのまま倒れ込んだ。
「お兄様ぁ!」
立花は慌てて義兄の元に駆け寄り、半身を抱き起こした。崩れ落ちたのは、帝のほうだったのだ。
意識を失いながらも、その手に握られていた斬鬼丸の刀身は無残にも砕かれ、妖刀がその力を示す瑠璃色の光は、完全に失われていた。
―――妖刀『斬鬼丸』の最期である。
「安心しろ、命までは取っておらぬ・・・・・・クッ!?」
「白夜・・・・・・!」
ふらりと体が傾き、倒れそうになる白夜に、夕紀は慌て駆け寄り、抱き止める。夕紀の腕の中で、白夜の体は徐々に収縮していき、やがて元の子供の姿に戻った。
「白夜・・・・・・大丈夫?」
「あぁ、すまぬな。どうやら、力を使いすぎたようだ。」
そう語る白夜の全身は既にぼろぼろで、両手の長爪は一本残らず全てへし折れていた。
「よかった・・・・・・無事で、ホントに良かった・・・・・・!」
笑顔で瞳を潤ませながら、夕紀は白夜の体を、そっと抱きしめた。