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第三話:変幻  ※注意!挿絵あります

「白夜、白夜ぁ!」

 夕紀は、慌てて白夜の元に駆け寄り、横たわる白夜を抱き起こして、必死に呼びかけた。衣服は既にぼろぼろで、胸には大きな太刀傷が生々しくつけられており、背中や、体の至る所に火傷のような傷痕が無数にできていた。

「ぐ・・・っ、ゆ、夕紀・・・」

「白夜・・・!」

 白夜は、ひどくかすれた声で、夕紀の呼びかけに辛うじて応えた。良かった、まだ息がある。

「ひどい、ひどいよ!どうして、こんな・・・・・・!」

 涙目で訴えかける夕紀に、帝は無情に応えた。

「退いていなさい、夕紀さん。止めを刺します。」

 帝が、その手に握られた、抜き身の日本刀を振り上げる。その刀身には瑠璃色の光が宿っていた。

 ―――あれが、立花の言っていた妖刀『斬鬼丸』なのだろう。

「立花から聞いたのでしょう?白夜君のような存在が、人にとって、厄災をもたらす害獣でしかないという事を。さあ、そこを退きなさい。今、ここで彼女を始末しなければ、あなたや、あなたの周りの人間が、その代償を支払う事になるのですよ?」

「退かない!仮に白夜が、不幸をもたらす疫病神みたいな存在だったとしても、私は、それを全部乗り切ってみせる!」

 さらに夕紀は、帝に訴える。

「・・・・・私は、いつも白夜に守ってばっかりだった。だから、今度は私が、白夜を助ける番。白夜を信じてるから!!」

「それは、傲慢というものです。あなたは、己のエゴの為なら、他人を犠牲にしても構わない・・・・・それと同じ事を口にしているのですよ?」

「白夜を犠牲にしてまで、得られる未来なんか、要らない!」

「そうですか、わかりました。」

 帝が、ゆっくりと妖刀を振り上げる。薄い笑みを浮かべたその表情は狂気に歪んでいた。

「では、一緒に死になさい。」

「に、逃げろ・・・夕紀・・・・・・・!」

 帝が、妖刀を振り下ろそうとしたその時。


「ダメです!お兄様!」


 白夜たちの背後から、聞き覚えのある少女の声がすると、帝の手がぴたりと止まった。振り向くと、はだけた巫女装束を、辛うじて整えたばかりの立花が、開け放たれた古屋の戸口の前に立っていた。



「お兄様、どうかそれだけは、やめてください・・・・・・」

「・・・・・・立花、君まで、『人ならざるモノ』の肩を持つのですか?」

 帝が振り上げた手を下ろし、制止に入った義妹に顔を向ける。

「そうではありません!私はただお兄様に、人殺しにはなってもらいたくないのです!」

 意外な救済者の登場に、夕紀は目を丸くした。


 ―――立花は、帝と共謀して、白夜を陥れて命を奪おうとした張本人だ。

 初めて対面したときも、白夜を見るなり、いきなり襲い掛かってきたその彼女が今、義兄を止めるべく、必死に彼に懇願していた。

 立花は、結界部屋の中に入り、帝の近くに歩み寄る。

「以前のお兄様なら、絶対に、こんなことはしなかった筈です!私は愚かだった・・・お兄様が、『斬鬼丸』を継承すると知ったとき、何としてでも止めるべきだったんです。でも、そのせいで、『人ならざるモノ』と戦う定めにある、龍禅寺家の生まれであるお兄様が、もし命を落とす事になったら・・・・・・そう考えると怖くて・・・・・・結局、私もまた、妖刀の力に頼ってしまった。」

「・・・・・・」

「けれど、『斬鬼丸』を手にして、お兄様は変わってしまった!お願いです、お兄様、以前の優しいお兄様に戻ってください!」

 帝は目を閉じ、小さくため息をいた。

「『人ならざるモノ』を倒し、世の理脈を正す事・・・・・・それが龍禅寺家に生れたものの使命。私はそのためなら、手段を選ぶつもりはありません。君は忘れてしまったののですか?君が両親を失った、あの日の事を。」

「それは・・・・・・」

 帝の鋭い眼差しが、妹に向けられた。

「しかし。君がそうまでして、邪魔をすると言うのならば・・・・・・それが妹であろうと、容赦するわけにはいきません。」

 斬鬼丸の刀身に、瑠璃色の炎が帯び始めた。

「お兄様・・・!」


 ―――立花は覚悟を決めた。

 人の道を外れようとしている義兄を、何としても止めたかった。止めなくてはならなかった。


 そして叫んだ。


「符術・『雲隠(クモガクレ)』!」

「なっ!」

 立花の背後から護符が一枚、飛び出した。古屋に入る際に、気付かれないよう、立花の背後で、空中に待機させておいた護符だ。護符は帝の顔に張り付き、彼の両目を塞いだ。

「くっ、ぬうぅ!」

「さあ、夕紀さん、白夜さんを連れて、逃げてください!」

 我に返った夕紀は、負傷した白夜を胸に抱くと、慌てて帝の傍を離れた。

「あの、ありがとう、立花さん!それと、ごめんね。」

 すれ違い際に、夕紀は立花に、簡単に感謝と謝罪の言葉を口にすると、戸口から急いで外へと飛び出した。


 帝が、ようやく顔面に張り付いた護符を剥がし終えると、先ほどよりも更に鋭い眼差しで、義妹を睨み付けた。

「・・・・・・自分が何をしたのか、判っているのですか、立花。」

 立花は、こくりと頷いた。

「私が、お兄様を止めてみせます。」

「それは不可能です。君の十八番である符術の多くは、『人ならざるモノ』にしか、効果を発揮できないという事は、君が一番よく知っているでしょう?」


 ―――事実だった。

 立花自慢の対魔結界ひとつ取っても、普通の人間にとっては何の効力も発揮しない、ただの紙切れにしか過ぎない。


 けれど・・・・・・


「そんな事は、関係ありません。」

「ふう・・・・・・仕方ありませんねぇ。」

 帝は大きくため息をつくと、妖刀を大きく振りかざした。



 夕紀は走った。白夜の血が、自分の衣服に染み付くのも構わず、白夜を抱えて、神社の外へと。

 白夜の体は、思っていてよりずっと軽かった。こんなにも小さな少女が、ついこの間、銀行強盗三人を相手に、体一つで倒してしまったというのだから、夕紀は改めて、白夜がとんでもない力を秘めた、人とは違う存在なのだと実感した。

―――けれど、その少女は今、深手を負わされ、弱々しく夕紀の腕の中で、苦痛にうめいていた。

「ゆ・・・夕紀、ワシはお主に・・・謝らなければならぬ・・・・・・」

 帝との戦いで、心身共に消衰しきってしまったのか、白夜は、今にも途切れそうなか細い声で、夕紀の背中に語りかけた。

「白夜、喋らないでいいから。」

「・・・お主や・・・千歳が、事件に、巻き込まれたのは・・・ワシが、傍に居たからなのだ・・・・・・」

 夕紀は息を呑んだ。きっと白夜も、夕紀が立花から聞いた話と同じ事を、帝から聞いたのであろう。

「ワシが・・・いたから・・・すまぬ、夕紀。すまぬ・・・・・・」

 傷が痛むのか、白夜の小さな体が、小刻みに震えているのが判った。そんな白夜を見るのは初めてで・・・・・・夕紀は、白夜を必死にフォローした。

「そんな、謝らないでよ白夜!私だって、白夜に迷惑かけてばっかりだし・・・・・・それに、あの人たちが言ってる事だって、本当だとは限らないじゃない!」

 ただ、贖罪の言葉を並べる弱気の白夜を、夕紀は否定してみせた。

「そうだな・・・すまぬ・・・・・・」

 夕紀は、神社に来るときに通った道を外れて、雑木林の奥に身を隠し、白夜を休ませる事にした。 だが、まだ安心は出来ない。いつ帝が追いかけて来ても、おかしくはなかった。

 夕紀は白夜を抱えたまま、木の幹を背をもたれた。

「痛む?白夜。」

「ああ・・・・・・だが、少し休めば平気だ。」

「ごめんね・・・白夜。」

 今度は夕紀が、白夜に謝りだした。

「どうして、お主が謝るのだ・・・・・?」

「だって、そもそも・・・私が、お参りに行こうだなんて、言わなきゃ、白夜だって・・・こんな酷い目に遭わなくて済んだのに・・・・・・」

 夕紀の瞳が、涙で滲む。

「・・・・・・」

「それに・・・帝さんの言葉を、私が、全部、う、鵜呑みにしたり、しなきゃ・・・えぐっ、白夜ぁ・・・!」

 頬を伝う雫が滑り落ちて、胸に抱いた白夜の頬を濡らした。

「お主は・・・・・・、それは、お互い様だと、さっき、自分で言ったばかりではないか。」

 ぐずり出す夕紀を、白夜はなだめるように囁いた。

「でも・・・でもぉ・・・!」

「もう泣くな・・・・・・ワシなら、大丈夫だ。な?」

 白夜の手が、夕紀の頬に触れて、涙の痕を拭った。

「うん・・・ありがと・・・」


 暫しの沈黙が訪れる。


 夕紀が寄り道を提案してから、そう長い時間は経っていないはずだが、夕紀たちには、それがとても長い時間であるように感じた。気が付くと、空は夕焼けで真っ赤に染まっており、夕日が辺りの風景を、赤く染めていた。

「夕飯の材料、神社に置いてきちゃったね。」

「そうだな。まあ、仕方あるまい。有り合わせの材料で、何か作るさ。」

「えぇ?でも・・・その怪我じゃ・・・・・・」

 白夜は、夕紀の膝の上から、おもむろに立ち上がると、あちこち自分の体を確認する。

「ふむ、もう大丈夫のようだ。」

「えぇ!?あんなに酷い怪我だったのに!?」

 確かに、胸の太刀傷は既に何処にも見当たらず、背中の大きな火傷の痕もすっかり消えて、元通りの、綺麗な白い肌が戻っていた。

「本来、この程度の怪我なら一瞬で再生するところだが、あの結界がワシの能力を封じていたようだ。お陰で、姿を変える事すら叶わなかった。帝という男もさることながら、あの娘・・・立花とかいう少女も、なかなか侮れぬな。」

「そっか・・・・・・」

 夕紀は、身を呈して逃がしてくれた立花の身を按じた。

「立花さん、大丈夫かな。」

「見たところ、あの娘も、相当な使い手だ。容易くは、やられまい。」

「うん、そうだね・・・それにしても・・・・・・」

「? 何だ?」

「あの巫女服、白夜に着せてみたいなぁ・・・・・・」

 いつの間にか夕紀は、妄想モードに入って、だらしなくヨダレを垂らしていた。

「ちょっと待て、何で今の話で、その流れになるのだ?!」

 二人はしばらく顔を見合わせると、一緒に吹き出して、笑った。少し休んで元気が戻ったお陰だろうか、二人の間に、いつもの空気が戻っていた。


 休憩を終えて、二人がその場を離れようとしたそのとき、茂みの奥から聞き覚えのある、男の声がした。

「やあ、ここに居ましたか。探しましたよ。」

 現れたのは、龍禅寺 帝だった。その手には、抜き身の妖刀が握られている。

「お主・・・・・・!立花は、どうしたのだ!?」

「フフフフ・・・・・さあ?」

 帝は妖しい笑みを浮かべると、刀身に付着した血を、ぺろり、と舐めとった。

「そんな・・・・・・!」

 それを見た夕紀は、最悪の事態を想像して、凍りついた。

「落ち着け、夕紀。まだ、立花が死んだとは限らん。」

「う、うん。」

 『斬鬼丸』の刀身を、再び瑠璃色の炎が包み込んだ。

「さあ、宴の続きを始めましょうか?」

 帝が『斬鬼丸』を上段に構える。白夜に傷を負わせた、あの技・・・『鎌鼬』を放った時と同じ構えだ。

「夕紀、耳を塞いで、伏せていろ。」

 夕紀は白夜の言われたとおり、耳を塞いで、その場にしゃがみこんだ。

「無極・・・双閃!」

 帝がそう叫ぶと、上段に構えた妖刀を力任せに振り下ろし、さらに返しの一振りを、続けざまに放つ。見えない二筋の真空の刃が、白夜たち目掛けて放たれた。

 迫り来る鎌鼬を前に、しかし白夜はその場を一歩も動こうとはせず、正面を向いたまま目を閉じ、すうっと息を大きく吸い込んだ。


 ―――やがてそれが、白夜たちの目の前に差し迫ったとき、


 白夜が吼えた。


 人間の可聴域を超えた『それ』は、音速の衝撃波となり、地面の塵を舞い上げながら、帝に向かってけて直進する。『それ』は、向かい来る鎌鼬を打ち消しても、勢いを少しも衰えさせることなく、帝に襲い掛った。

 危険を察知した帝はとっさに身構え、何とか持ちこたえようとしたが・・・衝撃波を真正面を受けた帝の体は、風に煽られた木の葉のように宙を舞い、遥か後方の木の幹に背中から激しく衝突して、ようやく停止した。


 ―――周囲の空気が、木々が、大地が、白夜の咆哮の前に震えあがった。


「白夜・・・!?」

 間近でそれを見ていた夕紀は、白夜の体に起こっている、ある変化に気が付いた。


 ―――白夜の風貌が、変わっているのだ。


 身長は、夕紀よりも頭一つ分ほど高くなっており、顔立ちも、幼さなど微塵も感じられない、美しく・・・そして凛とした、女性の顔へと変化してた。

 体の一部は雪のような白い毛で覆われていて・・・頭には獣の耳のようにも見える、毛に覆われた突起が二つ。美しく、流れるような曲線を描いたメリハリのあるボディラインは、出るところは出ており、夕紀的には、それが少し面白くなかった。

 そして、最大の特徴は・・・・・・

「あ・・・、尻尾・・・。」

 すらりと細く、長い尻尾が、お尻から生えていた。

「ふむ、結界の影響か残っているのか・・・やはりまだ、完全な姿には、程遠いようだな。」

 白夜は変化した自分の体を確認すると、窮屈になってしまった衣服を引き裂いて、自分の胸と腰に巻きつけた。

「く・・・っ、化け物め・・・!」

 衝撃波で吹き飛ばされた帝が、よろめきつつも立ち上がる。全身をひどく打ちつけ、全身傷だらけになりがらも、怒りの表情を露にし帝は、斬鬼丸を握り締めると、瑠璃色の炎は、よりいっそう大きく膨れ上がった。挿絵(By みてみん)

「どうやら、本気にさせてしまったようだな。夕紀、離れていろ。」

「私、神社に戻って、立花さんが無事か、確かめて来る!」

「うむ、頼む。」

 夕紀が神社の方向に向かって、駆け出す。が、少し走ったところで、夕紀は振り返って、

「あ、そうだ、白夜。」

「・・・何だ?」

「帰ったら、またソフトクリーム食べに行こ!」

 白夜はその言葉に、しばし呆気に取られた表情を見せたが、やがて夕紀に微笑みかけた。

「ああ、期待してる。」

 夕紀もそれに対し、親指を立ててつつ満面の笑みを白夜に返して見せると、神社に向かって再び駆け出した。


 帝が、一気に距離を詰めるべく、前傾姿勢で突進してくる。

 対する白夜は、右手を真横に振り上げると、瞬く間に右手の爪が伸びて、それぞれが長さ一メートルほどの、五つの刀身となった。

 放たれる帝の渾身の一振りを、白夜は、右手の五本の長爪で、いとも容易く受け止める。

「なんと・・・!」

 刃を交えた瞬間に、相手の力量を察した帝は、白夜の長爪を弾いて、再び距離を取った。

「まさか、これほどの力とは・・・白夜君・・・・・・君は、一体・・・・・・?」

 帝の問いに対し、成長した姿の白夜は、毅然とした態度で答える。


「ワシの名は白夜。帝とやら。もし、お主が夕紀に少しでも危害を加える気があるというのならば・・・・・・ワシは、お主を許さぬ。」


 その表情には、もはや一片の迷いすら、存在してはいなかった。



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