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はじまりは銀世界・8

 

 冬の王子の次は夏の王か、驚きすぎて魚のように口をぱくぱくさせている結の前で、九郎たちの言い合いはますます白熱してきた。

 「こいつなぁ、俺の大事な家族なんだぞ!王だろうが何だろうが、こいつを簡単に嫁にやれるか!大体、てめぇもこの子もまだ子供じゃねぇか!」

 「はん、これだから時代の残党は…いいか、明日何があるか分からぬのだぞ?そんなときに呑気にやれ子供だやれ早いだと言ってられるか。僕は後悔などしたくないのだ。僕は嫁にもらうと言ったらもらう。お前こそどうなんだ」

 「何がだよ」

 「結が本当に好きなのか?女に免疫がなさすぎて、一緒にいてくれるのなら誰でもいいのではないか?」

 「お前っ」

 さすがに怒って反論しようとした九郎が、ふと結と目が合って、そのまま固まった。今自分がどんな顔をしているのかは分からないが、九郎の様子からして普通の顔はしていないらしい。

 「~だぁもう、いいから離れろ!すぐに!兵を呼ぶぞ!」

 「おーおー威勢のいいことだな。僕をどうするつもりだ」

 

 「死罪」

 「ええ!?」


 驚いて声を上げてしまったのは結の方だった。いくらなんでも極刑すぎる、というかやりすぎている。すると結を抱いたままの一己がけらけらと笑った。

 「僕を殺すのか?そうなれば全面戦争だぞ」

 「ああ上等だ!冬の底力なめんなよ!」

 「あ、あのっ」

 どこまで本気か分からないが、戦争は駄目だ。九郎が辛いことを思い出す。焦る結の前で、二人はまだ言い合っていた。もう早口すぎて白熱しすぎて何を言っているのか分からないところまで進展してきた。どう止めようか焦ったそのときだった。


 「夜分に何の騒ぎだ…外まで筒抜けだぞ」


 決して大きくはないが、鋭く厳しい声に、先ほどまで熱戦していた二人は嘘のように押し黙った。まさかと思って顔を上げると、やはり犬神だった。 

 「九郎君、いつまでも子供のように大声を出すな。君はいずれ冬を支配するのだろう」

 「…っ、すんません」

 「一己。君もいつまで冬にいるつもりだ。王族同士が簡単に謁見していては、妙な噂を立てられても文句は言えない」

 「は、はい」

 あの一己が大人しく返事をし、正座までして、九郎も続いた。その様子に犬神は小さく頷き、そして大きな包みを取り出すと、結に差し出した。

 「これを着て祭に出なさい」

 「わざわざ、ありがとうございます」

 「ばば様からの命令だ」

 ばば様とは王様のことだろうか、そうだ、と思い出したように結が首輪を差し出した。

 「あの、これ、ありがとうございました。とても助かりました。でも私には-…」

 ふ、と犬神と目が合って、そのまま引き込まれた。もう恐怖は幾分減ったが、その代わりに、鋭さ以外の別の色も見えた。とても、とても悲しい目。

 そのまま目を見ていると、犬神は結に首輪を押しやり、そのまま帰っていってしまった。すると、やれやれと一己が正座を崩した。

 「あのクソオヤジ」

 「犬神さんを悪く言うな」

 「…っ、ふん。まぁ、いい。今日は帰る。祭には僕も出る。お前は朝から出なければならないだろう、結は僕が迎えに行くから」

 「ああ、そうしてくれ…玄関まで送る」

 そう九郎が言うと一己はむっと少し赤くなり、結の手を強く引いた。



 土産だと一己がどこから出したのか、色とりどりの果物を両手で抱えきれないほどくれた。ありがとうございます、とお礼を言うと、彼女はにっと笑って、頭をくしゃくしゃに撫でてくれた。

 「お前は犬神と九郎、どちらが王にふさわしいと思う?」

 「…え?」

 「本当はな、犬神がここの王になるはずだったんだ」

 知らなかった事実に結が目を丸くすると、一己が小さくため息をついた。

 「彼はその名前の通り、代々王族の血なんだよ。あの人は厳しいけどしっかりしている、対して九郎は優しすぎる。おまけに城も嫌っていた。誰もが継ぐのは犬神だと信じていた。けどばば様が指名したのは、九郎だったんだ。犬神は言い返しもしなかった。それどころか、喚く九郎をなだめていたんだ。僕は、王座に行こうともしなかった犬神が理解できない」

 「それは」

 犬神にも犬神の事情があるんだろうと、言いたくても言えなかった。目の前に性別を偽ってまで、王をやっている一己がいるのだから。

 「僕はこんな風だから、九郎と喧嘩しかできない。犬神にも逆らえない…身体検査でも万が一されたら大変だからな。だから、結。九郎に優しくできるお前が好きだよ」

 「…一己様は」

 九郎が好きなのか、と聞けなかった。なんだか言い様がないような恐怖に負けて、聞けなかった。

 「ん?何?」

 「いえ。あの、果物たくさんありがとうございました。帰り、気を付けて下さいね。雪がまた深くなってるから」

 「関係ないさ」

 そういった瞬間、一己が跳び上がると、そのまま大きな鳥になって、空へ消えてしまった。美しい難色にも連なる羽は、一己が着ていた服のようだった。

 「また会おう、結。祭の日を楽しみにしている」

 「はい」



 結が一己を玄関まで見送ったまま戻ってこない。気が気でない九郎だったが、いつまでも待っているのもなんだか間抜けで、先に寝ていることにした。結の布団まで敷いてやり、ふと思い出したように湯浴みに向かった。

 寒いため長湯になったが、まだ結の布団は空だった。まさかまだ話してるのか、さすがに玄関に向かおうとした九郎が足を止めた。

 そろそろと布団をめくると、熟睡した結が、九郎の布団の中にいた。こっちじゃないだろ、と笑って九郎は小さな体を抱いて両目を閉じた。



 翌朝、いつも通りの極寒と、布団の温もりと結の温もりが色々相乗し、九郎はすっかり寝坊してしまった。結も同じだった。

 王子が城に出勤してこないため、犬神の命令で迎えに来た兵たちが扉をどんどん叩くが、熟睡した二人は目を覚ましもしない。

 大分迷ったが、何より犬神が怖いため、兵の一人が失礼します、屋敷へ入った。前に来たときは王子相手に失礼を承知で思い出すが、とても汚く殺風景だった。だが今はどうだろう。台所から異臭もしないし、むしろ美味しそうな残り香までする。洗濯物は綺麗に片付き、掃除も行き届き、玄関には花まで飾ってあった。

 まるで新婚家庭にお邪魔したようだ、なんだかいたたまれない兵は、九郎の言葉で元気になった。


 -結はまだ12だぞ!まだ子供だ、嫁になんてするわけないだろう!


 まったくおっしゃる通りだ、自分は何を照れているんだろう。きっと九郎の寝室をぶち開けたところで、何も問題はない。


 「九郎様!失礼します、ご出勤の時間に-…」

 目の前には、半裸と九郎と、その胸元にうずくまる結がいた。


 二人が飛び起きたのは、すごい勢いで逃亡する兵の足音だった。



 着替えた九郎が馬車に乗り込み、兵たちも続いた。なんだか異常に空気が重い。九郎が嫌そうに顔を上げると、ある兵は目を反らし、ある兵は無理矢理に笑い、ある兵は平静を装っていたが妙にこめかみが揺れていた。

 完全に誤解をされている、九郎が重いため息をついて、軽く挙手をした。

 「あのなぁ、俺は寝相が悪いんだ。着物ほとんど着崩れてる、別に結とは何も」

 「-!はっ!奥様ならご心配ありません、今、一己様がお屋敷に」

 「奥さんって言うなぁ!」



 その頃結はといえば、台所で寝ぼけながら皿を洗っていた。兵がいた気がするし、なんだか九郎が妙に焦っていた気がする。遅刻して怒られないだろうか、なんて大あくびしながら心配をしていた。

 お皿が片付いた頃、扉を何度か叩く音があった。手を拭いて玄関まで走ると、頼もう、と元気な声がして、思わず笑って扉を開けた。やはり一己だった。

 「おはようございます」

 「…」

 「…一己様?」

 思わず顔を覗き込んでしまった。なんだか、お通夜みたいな顔をしている。何か声をかけようとしていると、両肩を叩かれた。

 「僕は…他人の色恋沙汰について何かいう趣味はないが…もう少し年齢を考えた付き合い方を」

 「はい?」



 「お母さん見て、鳥さん!」

 「綺麗だねぇ」

 「あ、誰か乗ってる」

 「いいなぁ」


 鳥になった一己の背中に乗って、結は里の上空を飛んでいた。怖がらないように配慮してくれてるんだろう、あまり空高くは飛んでないため、注目の的になっている。恥ずかしいが、それ以上に爽快だった。しっかり捕まった結を乗せて、一己はずっと笑っていた。

 「そうか、そうか、ただ寝ていただけか。そんなことだろうと思った。僕は危うく九郎を殺すところだったぞ」

 「よかった」

 保健体育程度の知識ならあったが、そういうことにどちらかといえば疎い結は、一己が何をそんなに心配しているのかよく分からなかった。が、九郎の為に誤解は解いた方がいいことだけは分かった。

 「そうだ、そこに団子屋があるんだ。一緒に食べよう」

 「はい」



 「おかわり!」

 わんこそばのように一己は次々と団子をおかわりしていった。こんな細い体のどこにそんなに入るのか、店員がまた笑いながら団子を持ってきてくれた。

 「彼氏よく食べるわねぇ」

 耳元でそう囁かれ、団子が詰まるかと思った。みんなどうして男に見えてしまうんだろう。こんなにも美人なのに。

 「そうだ、結。お前は異人だそうだな」

 「はい」

 「元の世界に帰れる宛てはあるのか?」

 「いいえ、今のところ」

 「それでは…これから先、どうするのだ?」

 「…そう、ですね」

 団子を置き、結が世界を見渡した。


 始めは長い夢だと思っていた。しかし、夢はいつまで経っても終わる様子はない。それどころか、最近ではこちらの方が日常になってしまっている。テレビも携帯もない、でも九郎や優しい人たちがいるこの寒い世界で、自分はどうなっていくんだろう。帰れるとしても、何年後になるのか、もしくは一生いる羽目になるかもしれないのだ。


 「このままでは九郎の嫁にされるぞ」

 「私は、構わないんですけど」

 というか正直、願ったり叶ったりだ。でもそれでは、九郎の可能性を全部潰してしまう。忘れがちだがあの人は王子で、将来この里の中心になる人だ。自分はといえばついこの間まで別の世界の人間で、なおかつ子供だ。九郎の支えになんてとてもなれないし、何より甘えてばかりで、九郎を満足させる年齢にもまだまだならない。

 「でも、それは私の願いだから」

 「…よし、働くか」

 「は?」

 働く、思いもしなかった言葉に、一己はもう決意してしまったようで、いきなり立ち上がった。

 「今は女も働く時代だ。働けば少しは気が楽になるだろう、男の金だけで暮らしているから、悲観的になるのだ」

 「は、はぁ」

 言ってることはまともだが、なんだか根本的に間違ってる気がする。すると一己はいきなり鳥になり、結を足から引き上げてしまった。

 「よし、就職活動に行くぞ!」

 「え、ちょっ-…」

 空高く舞われ、結が必死で一己の首を掴むと、もう地面が遠くなっていた。下では団子屋のおばちゃんが盛大に怒っている。そういえばお金はまだだった。

 食い逃げをしてしまった、顔を青くする結をよそに、一己はすごい勢いでどこかへ飛んでいった。

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