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はじまりは銀世界・6


 翌朝、朝一で城へと向かうことになった。城へ行くことに対しての恐怖はあまりなかったが、九郎に上等な着物を着せてもらうと、さすがに緊張してきた。

 「いいか、俺から絶対離れるなよ」

 「はい」

 言われなくても離れられるわけがない。九郎の手をしっかり握り、馬車に揺られ、城へ着いた。そこは予想に反して、シンデレラでも踊っていそうな洋風の城だった。城に入る前くらいから雪は止み、着込んだ着物が少し暑いくらいだった。

 

 歩く度に、兵士たちの頭が下がる。彼らの顔は皆無機質で、人形のようだった。そこには親しみも愛情もなく、ただ九郎の肩書きのみに機械的に頭を下げているようだった。九郎がここを出た理由の100分の1くらいは、分かれたような気がした。


 赤い絨毯が引かれた長い廊下をいくらか歩いていくと、今までの扉とは比べものにならないくらいの立派な金の扉が現れた。以前の九郎の部屋だろうかと思うと、どうも違ったようだ。繋いでいた手を払われ、九郎だけ兵に軽く抑えられた。

 「これより先は、姫様だけに願います」

 「何!?」

 姫、とは自分のことらしい。兵に食らいつかんばかりに怒った九郎の手を、結が慌てて少し引っぱった。

 「大丈夫です、一人で行けます」

 扉の向こうに誰がいるのか、何があるのか検討もつかなかったが、結は精一杯嘘をついた。このままでは例え九郎でも痛い目に合わされてしまうかもしれない、と思ったからだ。

 「けど」

 「大丈夫です」

 そう言って強く言うと、重い扉が兵によって開けられた。最後に九郎の顔が見えた気がしたが、あまり見ないようにした。甘えてしまいそうだったから。


 開かれた扉の向こうは、植物園のようだった。天井から床を囲むように花や草木がところ狭しと並べられ、蝶や鳥まで飛んでいた。暖かく眠気を誘われるような室温の中、テーブルでお茶を飲んでいる老婆がいた。何才か検討もつかないほどの皺の数だったが、きちんと綺麗に身だしなみを整え、薄紅色の浴衣が美しかった。

 見渡す限り彼女しかいない、結が近くに行っておじぎをすると、老婆が微笑んだ。

 「はじめまして。結と申します」

 「あんたが…私は冬の里を守ってるもんだ。九郎の曾祖母でもある」

 「そうそ…」

 「ああ。ひいおばあちゃんってことだよ」

 「ひいおばあちゃん!」

 思わずオウム返しに驚いてしまうと、彼女は豪快に笑ってくれた。その笑顔に笑い返し、結はもう一度お辞儀をした。

 「九郎様にはいつもお世話に」

 「そんな固い挨拶はいいから」

 

 ふと。彼女が皺だらけの手で結の顔を包んでくれた。なぜだか、泣きそうになった。


 「あの子はね。かわいそうな子でね。兄弟も、親も、祖父祖母も、全部全部戦争で亡くしてしまった」

 戦争。学校の教科書でしか聞いたことがない話だが、急に目の前で九郎の広すぎる屋敷が広がって、妙にリアルになった。全部奪ってしまったのだ。

 「私とあの子だけが残った。私はもうこんな年だから、あの子に継いでほしかったんだけどね。まぁ、どっちにしても私が死んだらあの子が王だけど」

 そうか、それで彼は王子なんだ。少し納得した結の目を見て、女王はまた笑ってくれた。

 「いい目をしている。愛されてる目だ。わけの分からない世界に飛ばされて大変だろうが、あの子を愛してやっとくれ。あんたが愛されたように、してくれればいい」

 「はい」

 「いい子だ…さて。あんたの帰る方法だがね」

 思わず強く反応した結を、女王は笑って草場へ促した。会釈をして下に腰掛けると、彼女が眼鏡をかけ、大きな巻物を取り出した。

 「世界を超えるなんて、すごい力さ。私でも想像できやしない。でも現にあんたはここにいる。世界を超える。そんなすごい力が働いたんだ。何か理由があるとは思わないかい?私はね、お姫様。あんたがその理由を到達するまで、帰れないんじゃないかと思うんだ」

 「理由…ですか」

 「世界を超えるものは皆、理由がある。そして理由を見つけて、解決して、帰っていく。その理由が、祭りにあるかもしれない」

 「お祭り?」

 そういえばどこかで聞いた、女王が満足げに頷くと、また別の巻物を取り出した。

 「九郎のこの世界のことは聞いたかね」

 「はい」

 「重複するかもしれないが、夏秋冬それぞれの里にそれぞれの王がいる。冬は私さ。継ぐのは九郎、そうなると補佐は犬神になるだろうね」

 先日の彼は九郎側の人間だったのだと、始めて知れた。しかし名前を言われると思わず震えが出てきたような気がして、ごまかすように会話を探すと、小さな違和感に気づいた。

 「春はいらっしゃらないんですか?」

 「…行方不明だ。もう十年以上前になるかね」

 慌てて謝ろうとすると、女王は両手を振って制した。

 「もう何年も前に死んだことになっちまったが…ところが。あんたの世界には変わらず春が来る。違うかい?」

 「ちゃんと春は来てます」

 「そうだろう、そうだろう。だからね、どっかで生きてると思うんだ。どこで何してるか知らないがね…だから、この時期になるとね、春の王を探すという名目で騒ぐのさ。春の王は、お祭りが大好きだったからね。去年もおととしも、出てきやしなかったけど」

 「そこで…私は何をお手伝いすればいいんですか?」

 そういうと女王は目を丸くして、また豪快に笑った。

 「さっきの話かい?私はね、あんたが春の王かもしれないと思ったんだよ」

 「…ええ?」

 少し遅れて驚くと、女王は手を叩いて笑った。

 「そしたら…まだまだ子供じゃないか。九郎より、うんと若い。むしろ、幼いね。あんた、今すぐ帰りたいかい?」

 「いいえ」

 我ながら感心してしまいそうな即答だった。あの雪山のままだったらそう答えていただろうが、今は違う。九郎がいて、守ってくれている。

 その答えに、女王は満足げに頷いて、そしてどっこいしょと言いながら立ち上がった。慌てて立ち上がって杖を支えると、彼女はありがとお、と言ってくれた。

 「年寄りの長い話しなんて聞き流しとくれ。あるかどうか分からんが、理由は九郎と一緒に探せばいい。九郎と一緒にいてやっておくれ」

 「はい。私でよければ」

 また笑ってくれた彼女から握手を求められ、しっかり握り返した。 

 ふと、扉の向こうから大きな音がした。大きな騒ぎ声が聞こえて、犬の声まで聞こえてきた。まさかと思って扉に近づくと、扉を頭で突き開けてきた黒い頭が見えた。もちろん、九郎である。

 

 わんわんわん!!


 九郎は犬の姿のまま吠え続け、次にまばたきする頃には、女王めがけて走った。呆気にとられた結だったが、止めようとしたそのときだった。

 

 しなやかな杖の動きで、九郎はひっくり返らされ、尻餅を盛大に突いたときには、もう人の姿になっていて、涙目だった。結が思わず走って近づくと、軽く抱きしめられた。

 「いってぇ…っ、おい、ばばあ!結に妙なこと言ってないだろうな!?」

 「誰がばばあだ、まったくいくつになっても落ち着かない…そんなに小さい嫁の方がしっかりしてるじゃないか」

 「-!なっ」

 姫からとうとう嫁になってしまった、九郎の顔色を何気なく伺うと、真っ赤になってしまっていた。

 「さぁ、帰りな。嫁に風邪を引かせるんじゃないよ」

 「言われなくても-」 

 女王からさよならの代わりにウインクをもらい、会釈さえする暇もなく、また犬になった九郎に、あっという間に外へ連れて行かれてしまった。



 犬の姿のまま、九郎は結を乗せたまま、黙々と歩いていく。何か声をかけようと思ったが、今は止めた方がよさそうだった。

 廊下をそのまま進んでいくと、兵がぎょっとこちらを振り返ったが、それだけで何事もなかったかのように会釈してすれ違っていった。するとさすがに人間の姿に戻った九郎が、結の手を引いてまた黙々と歩き始めた。少し痛い。

 「…あの」

 「…」

 「怒ってもいいから、何かしゃべってください」

 自分は九郎の声が好きで、安心するのだ。思わずそう願ってしまうと、九郎はまた赤くなっていた。そしてそのまま、結の両肩を掴んだ。

 「お前なぁ!ひいばあちゃんに嫁って言われても否定しないわ、愛妻弁当は作るわ…っ、そうだ、弁当だ!あれ嫁さんが作る弁当だったんだよ!」

 「………はい。」

 「知ってたな、その反応は!教えろよ!」

 照れたり怒ったりする九郎がおかしくて思わず笑ってしまうと、九郎がため息と一緒に顔を下げた。

 「九郎様が望んでくれるのなら、何でも作ります。何にでもなります」

 「だからって…嫁は否定しろよ」

 「しませんよ」 

 顔を上げた九郎は、少し驚いた顔をしていた。なんだかよく分からない照れがこみ上げてきたが、言葉は止まらなかった。

 「九郎様が嫌なら、次からは否定します」

 「嫌なわけないから、困ってるんだろう」

 「じゃあ、否定しません」

 「…でも結婚はもう少しでかくなってから考えろ。俺よりいい男は五万といるぞ」

 「…そう、ですか?」

 曖昧に、どころか疑問系の返事になってしまった。父親と結婚できないのは何年も前に諦めたとして、九郎よりいい男なんて、想像もつかない。

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