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はじまりは銀世界・5

 「犬神様…!」

 「犬神様!」


 犬神と呼ばれるその男が歩く度に人々は頭を下げ、地面にひれ伏す者までいた。九郎のときもこうだったが、雰囲気がまるで違う。頭を下げる人々の表情に親しみはなく、誰も彼も恐怖の表情を浮かべていた。犬神が通り過ぎていくと、皆が屋敷へと逃げるように帰っていった。

 怯える兵士たちの前まで犬神が歩いてくると、結を見下ろした。あまりの恐怖に、結はただ彼を見上げることしかできなかった。


 年は三十前後くらいだろうか。九郎も長身寄りだったが、彼はもっと高い。恐らく二メートル近くあるだろう。黒く美しい長い髪は後ろで一つにまとめ、黒い着物には鋭利な槍が何本も備えてあった。美しい目鼻立ちが鷹のように鋭い目を余計に目立たせていた。


 「何をしている」


 まるで地面の底から這い上がってきたような低く威圧感のある声に、兵士たちはまた震え上がったが、一人が勇気を出したように一歩外へ出た。

 「身元不明の子供を…発見致しまして。九郎様の屋敷に住んでいるなどと戯れ言を申すものですから」

 「九郎君の?」

 再び犬神から見下ろされ、結は思わず腰だけで、少しだけ後ろに引いた。尻が冷たいなんてもんじゃないが、そんなこと言ってる場合じゃなかった。立ち上がれもしない。

 正直九郎君、と少し親しげな呼び方にほっとしたが、彼が九郎の味方であるとは限らない。第一、九郎が今日家を出るなと言ったのは、この男が里に来るからではないだろうか。兵たちに関しては、九郎は少なくてもかばっていた。


 「それで?」

 「…あの…少し拷問しようかと」

 犬神が兵たちを睨み付け、彼らと一緒に結も怯えた。

 「確かに里の者ではないようだが、九郎君の知人ではないという保証はない」

 「しかし!」

 「祭の前で警戒態勢も構わないが、君たちが九郎君の知人を傷つけたとあれば、国が潰しにかかるのは十分な理由だ。彼の立場を忘れたか」

 兵たちが言葉に詰まり、頭を下げながら逃げるように消えていった。ひとまず助かったのか、いい加減威圧になれてきた結が立ち上がると、再び犬神と目が合った。

 

 「異人か」


 それは異世界から来たということの意味だろう、少し迷ったが結は力強く頷いた。彼に嘘をつくのは得策ではないと思ったからだ。

 しかし瞬間、後悔した。彼の槍が、自分の首もとまでやってきたからだ。

 「城まで来てもらおう」

 「く…」

 九郎様、の呼び声が喉から出かかったそのときだった。


 ーわんわんわん!!


 場違いな犬の声に、結は思わず表情が緩んだのを自覚した。大きな黒犬はやはり九郎で、こちらへ走ってくるなり、人間の姿に戻り、自分をかばうように強く抱いた。

 「犬神さん、待ってくれ!こいつは俺が勝手に拾ったんだ!」

 「…君が?」

 「詳しいことは後日必ず話す!とりあえず今日は勘弁してやってくれねぇか?」

 「なぜ、今、話せない」

 「こいつ、風邪が治ったばかりなんだ。こんな寒いところにいたら、ぶりかえす」

 「九郎君、君は」


 「家族、なんだ」

 

 今、九郎はどんな顔をして、こんな言葉を言ってくれたんだろう。顔が見られてなくてよかった。涙が溢れて、止まらないから。

 「…そうか、その子が…思ったより若いな。女兵に口説かれても応えなかったのは、そういう趣向があったからか」

 「ばっ」

 真っ赤になった九郎を見て犬神は鼻で笑うと、そのまま去っていっていった。そして少し離れたところで、もう一度振り返った。

 「明日、城へ連れてきなさい」

 「城へ!?冗談じゃない、何する気なんだ!」

 「これは、命令だ。俺からではない。誰からか分かるな」

 ぐ、と九郎が言葉に詰まり、そして犬神は今度こそ本当に去っていった。それを見送ると、九郎はそのまま結を高く抱いて、自宅へと入っていった。


 「…あの」

 何から詫びていいか分からない結はとりあえず声をかけてみるが、九郎は答えない。怒っているのだろう、約束を破ったのだ、もう捨てられるかもしれない。

 震える結がなんとか顔を上げようとすると、失敗した。抱きしめてくる九郎も、震えていたからだ。


 「血の匂いがしない…よかった、無事で」

 「…九郎様」

 「また、一人になるかと思った」


 九郎の顔は見えないが、その震え方は泣いているようだった。父親から言われたことがある。男の涙を見るのは、ルール違反だと。

 その言葉がなくても、とても九郎の顔を見れたものではなかった。胸元にしがみつくことに忙しかったから。



 仕事に戻らなくていいんだろうか、犬神から庇ったことにより彼の立場は危うくならないのだろうか、気になることはいくつもあったが、どれも聞けなかった。彼が側にいてくれることが、嫌になるくらい心強かったからだ。


 その日は、九郎が晩ご飯を作ってくれた。見た目も匂いも酷かったが、驚くことに味は美味しかった。一体何の料理か分からなかったけど。

 

 風呂の後、いいというのに九郎は髪を拭いてくれ、おまけに髪をとかしてくれた。恥ずかしかったが、ここまでくればとことん甘えることにした。

 「明日は城に連れていかなきゃいけなくなった…ごめんな。犬神さんの命令なら何とか逆らえそうなもんだが」

 「いいえ、大丈夫です。九郎様と一緒なんでしょう?」

 「-?もちろん」

 「だったら無敵です」

 そういって結が笑うと、九郎は照れたように頭をかいた。

 「いや俺は弱いぞ。犬神さんにだって喧嘩で勝てたことないし…今日だって」

 そこまで話すと、九郎は耳まで赤くなった。

 「~…っ、そうだ今日…ま、まぁいいやその話は。疲れただろう。今日は、一緒に寝ようか」

 「はい」

 

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