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はじまりは銀世界・3

 それから間もなく、食事が運ばれてきた。運んできた女たちは見た目も年齢も様々だったが、共通していることは全て薄紅色の着物を着ていること。すれ違う青年にいちいち満面の笑みを浮かべること。そして自分を睨みつけること。

 どうも彼女たちは全員、青年に気があるらしい。更に自分の存在が面白くないらしい。実に分かりやすい面々である。

 運ばれてきた料理は見たことがないものばかりだったらどうしようかと思ったら、大盛りのお粥と山菜の漬け物だった。舌が和食に慣れている結は喜んでかきこんだ。


 

 あまりの空腹であっという間に平らげると、青年が笑いながら戻ってきた。先ほどの女たちは一人もおらず、少しほっとした。

 「それだけ食欲があれば十分だな。すぐに歩けるようになるだろう」

 はて、骨折でもしたんだろうか、そっと自分の足を見ると、これでもかと包帯が巻かれ、今更ながら感じたことがない痛みが疼いた。

 「骨まではやられなかったみたいだが、酷い凍傷だ。おまけに切り傷もすごいぞ。熱も大分下がったが、まだ平熱じゃないしな」

 「…あの…」

 なかなか覚醒しない脳、異常に減った腹、それは以前20時間昼寝したときの症状に似ていた。

 「一体どれくらい寝ていたんですか?」

 「ん?3日だ」

 「3日!」

 父を始めとした友人や先生たちの顔が忙しく脳を駆け巡るが、携帯が通じないことはとうに分かっていたし、更にこの足ではどうしようもならないと、ゆっくりと諦めていった。

 そして、3日もお世話になったことに今頃気づいた。

 「ええと…どうもありがとうございます」

 自分の出来る限りで精一杯頭を下げると、向かいの青年も慌てるように頭を下げた。

 「ああ、いいんだ。気にするな」

 

 ーわん!


 ふとまた耳の奥から犬の声が聞こえて、もう一人の恩人を思い出した。

 「あの…あの、真っ黒い犬は」

 「え?」

 「私を助けてくれた真っ黒い犬は…どこですか?あなたの犬ですか?」

 

 「ああ。それは俺だ」

 「は?」


 話に全然ついていけない結が呆けていると、どれ、と青年が立ち上がり、いきなりバク宙をした。すると、青年が大きな犬になってしまった。思わず反射的に拍手をすると、犬が、わん、と大きく鳴いた。

 「さて」

 犬の口から青年の声が聞こえてきた。こういっては悪いが、なんだか間抜けだ。

 「ずっと君と話したかったんだ。何から聞きたい」

 「…ええと。それは、また、人に戻れるんですか?」 

 犬がきょとんとした顔をすると、器用にバク宙をした。するとまた青年になった。思わずまた拍手すると、彼は照れたように笑った。

 

 

 まだあちこち痛いので横になりながら青年の話を聞き始めた。彼はずっとどこか痛くないか、眠くないか、腹は減ってないかと連呼していて、信じてもらうまでずいぶん時間がかかった。絵に描いたようないい人だ。

 「俺の名前は九郎。冬の里の者だ」

 「冬の里…?」

 「ああ。この世界、世界っていうのも変な話だがな、春の里、夏の里、秋の里、冬の里と分かれているんだ。お前が今いるのは冬の里。ずっと冬なんだ。君がいた日本とは違ってな」

 「日本を知っているんですか?」

 「知っているも何も、日本に季節を提供しているのは俺たちなんだぞ」

 「へぇ」

 素直に感動し、素直に信じ込んだ。男の人柄が溢れるような声と話し方は、まるで父の昔話のように心地よく吸収されていった。

 「私は…夏から来ました」

 「はは、通りで…涼しい格好だったわけだ。災難だったな。山で会った連中を許してやってくれ。最近、色んなことがありすぎてな。色々みんなカリカリしてるんだ」

 「それは大丈夫です。あの」

 「ん?」

 

 「帰れるんでしょうか、私」


 ずっと迷っていたが一番聞かなくてはいけない問題、否定されることはわかりきっていたのに。彼なら一秒でも早く、家に帰そうとしてくれただろうから。

 しばらく黙った後、九郎は首を横に振った。

 「すまない、分からないんだ。君のような旅人の話は聞いたことがない」

 「…そう、ですか」

 きっと落ち込んでしまったのだろう、慌てたように九郎が笑ってくれた。

 「けど、心配するな…いや、心配するなは言い過ぎか。帰すことを約束できないが、俺は、まぁまぁ偉いんだ。権力も財力も人手もある。いくらでも調べてやるからな。だから、だから泣くなよ」

 「………はい」

 思わずそう返事をすると、また九郎が笑ってくれた。

 「よかった。そうだ、名前は。君をなんて呼んだらいい」

 「結です」

 「…美味そうな名前だな」

 久々に言われた。軽く落ち込んだ結は、ふと、九郎の言葉と、庭の広さ、先ほどの女たちの多さに違和感を覚えた。一体この人はどれくらい偉いんだろう。

 「あの…ご職業は」

 なんだかお見合いみたいだ、質問すると九郎はちょっと嫌そうに、静かな声で言った。


 「王子」


 まぁまぁも何も、ものすごく偉いんじゃないか。

 自分は一体運がいいのか悪いのか、思わず頭を下げた結の向かいでまた九郎が頭を下げて、頭をぶつけ合ってしまった。


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