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はじまりは銀世界・11


 「神様を…奪いあったんですか」

 「君は察しがいいな…その通りだ。力がないものは、その持てる力精一杯で生きようとする。しかし目の前に圧倒的な力を見せつけられれば、恐れ、そしていずれ欲してしまう。そんなくだらないことの為に戦争は起こったのだ。だから私は神など信じない。だが、君のことは信じられる」

 「信じてくれるんですか?」

 「そうだ。世界を渡る機会があったら、すぐに帰りなさい。祭りでは、何が起こるか分からない。君がこの世界に来た理由が九郎君にあるなら、もう君は十分九郎君の寂しさを埋めてくれた。君が望めば、きっといつでも世界を渡れるかもしれない」

 「私を…この世界に呼んでくれたのは、犬神様ですか?」

 少し目を見開いた犬神の、口端が少し上がった。笑ってくれた。

 「そんな力があったら、九郎君を悲しませなかっただろうな」

 「-っ、すいません」

 「いや、構わない」

 「犬神様、私なら大丈夫です。せっかく犬神様が作ってくれた機会ですから…頑張ります。信じてくれない人たちはたくさんいるかもしれないけど、信じてくれている人たちもたくさんいるから。だから、大丈夫です」

 「君は本当に…っ」


 一瞬だった。剣が飛んできて、叫ぶより早く、犬神の胸元にかばうように抱かれ、声が出なくなった。少しはだけた犬神の胸元から、無数の刀傷が視界に飛び込んできた。きっと彼も、戦争で大切な人たちをたくさん失ったのだろう。


 「よう、犬神。一年ぶりだな」


 知らない声に振り返ると、男が立っていた。年の頃は九郎と同じくらいだろう。短い橙の髪は美しく、葉色の着物から出る四肢は白く細く、中性的な顔立ちで、性別を疑ってしまうほどだった。

 「五要か」

 秋の王様の名前だ、結が慌てて頭を下げようとすると、犬神が制した。

 「あんたが冬の姫様か…へぇ、可愛いけど、小せぇな。九郎もとうとう脳みそまで凍ったか?」

 「彼女を愚弄することは許さん。貴様、一体何が目的だ」

 「ああ?何の話だ」

 「彼女を操り、壺を割らせたのはお前だろう」

 驚いて五要を見ると、彼は大口を開けて大笑いした。

 「そうだ、俺だよ。こいつをなぁ、神にしたてあげて、処刑してやろうと思ったんだ。あいつと同じようにしてやろうと思ったんだよ。さんざん利用され、奪われ、最後、戦争の原因だと抜かして処刑されちまった」

 「…っ、酷い」

 心から漏れた言葉が、思わず口から出てしまった。神様だって、望まれて力を手に入れたわけでもないだろうに。

 「酷い?本当に酷いのは九郎だぜ、お姫様」

 「おい、止めろ!」

 「神はな、俺の妹だったんだ…あの馬鹿が、九郎に惚れやがって…そんであいつは、妹の告白を断りやがった。あいつは落ち込んで、そのまま無抵抗で処刑所に連れて行かれたんだよ!あいつの力なら、兵全員焼き殺すくらい、わけなかったのに!」


 いつか、パパに聞いたことがある。戦争なんて、起こってしまえば大変な被害をもたらすけれど、原因なんて、ほんとに小さなことだって。そして終わりも、本当にあっけないものだって。

 九郎から、そして恐らく犬神から、この優しい世界から、大切なものを奪っていった戦争は、たった一人の女の子が原因で始まってしまって、そして、彼女を犠牲にして終わっていったんだ。


 「…犬神様、九郎様は、その話は…」

 「知っている…だが、知らないふりをしている」

 「え?」

 「あの子は、周りから気を使われ、嘘をつかれ、何も気づかないふりをして笑っているまま、時間が止まっているんだ」


 ふいに、九郎に会いたくなった。彼は、どんな思いで城を飛び出したんだろう。どんな思いで、あの広い屋敷に一人でいたのだろう。

 「九郎様…」

 私は、あなたの寂しさや痛みの少しでも、埋められることが出来ましたか。



 ふいに結に呼ばれた気がして、九郎が顔を上げるが、まさかと自分で笑った。もう彼女なら祭り会場のはずだ、声がここまで聞こえるわけがない。

 「さて」

 いい加減に行くか、と立ち上がった九郎の腰には、父の形見の剣があった。


 曾祖母も祖父母も厳しかったが、父親は次元が違った。絶対的な威厳と圧力で、城を、そして母を支配していた。優しい母が大好きだったから、当然父親は嫌いだった。だが戦争が始まり、剣が母に向かって飛んでくると、身を挺して守ったのは父だった。そして母は三日三晩泣き崩れ、眠るように亡くなった。まるで父を追うように。

 夫婦の絆など、それよりももっと前に愛など、分かるわけがなかった。身を挺して守るくらい愛しているのなら、どうして普段から優しくできなかったのだろう。どうしてあんなに虐げられた男のために、あんなに狂ったように泣けるのだろう。


 恋も愛も分からない。分からないから、当然、彼女の思いは断った。だが、結果どうだ。彼女は殺され、五要は悲しみのあまり自ら眠りの呪いをかぶった。悪夢のような戦争はあっという間に終わり、この世界から神を奪う原因を作った自分はお咎めがないどころか、よく生きていてくれたと感謝さえされた。


 もう、誰かを愛する必要性を感じなかった。もう、誰も一緒にいようと思わなかった。なのに。

 「九郎様」

 どうして君を見つけてしまったんだろう。どうして君の中に見つけてしまったんだろう。


 いい加減自分の気持ちに自覚した九郎は、覚悟を決めて屋敷の扉を開けた。

 彼女は世界を渡ってきたのだ、いずれは帰るのだろう。そしてその時は、すぐそこに来ている。聞こえるはずのない音が聞こえる。これはきっと、彼女を帰す刻限の音だろう。

 それならば、伝えなければならない言葉がある。父の愛も、母の愛も理解できなかった。そしてとうとう、自分の愛も理解できないまま、別れることになりそうだ。自分には、結に世界を捨ててまで、俺と一緒にいろなんて、言う勇気だけは沸きそうになかったから。まさか自分がこんな臆病でかっこつけな恋心を抱くなんて、思ってもなかった。そしてこれからも理解することはないだろう。

 「よし」

 気合いを入れて庭に出ると、呼んでもいないのに大量の部下たちが待っていて、またやかましくワンワン吠えていた。もう笑うしかなかった。



 「その子を渡せ!」

 「誰が渡すか!」

 激しく剣が行き交う中、犬神にかばわれながら、結は必死でこの場をどうしたらいいのか考えていた。しかし悩んでも悩んでも、名案どころか案一つ出てこなかった。早くしないと、どちらかが傷ついてしまう。焦る結の耳に、杖の音が聞こえてきた。


 「いい加減にしないか、この悪ガキ供!!」


 現れたのは冬の女王様だった。彼女は現れるなり、杖で思い切り二人の頭を殴りつけた。すごい轟音だった。実際ものすごく痛かったのだろう、犬神が頭を震える手で押さえつけ、五要は涙ぐんでしまった。

 「~ってぇなぁ、ばあちゃん!まだ生きてたのかよ!」

 「ああ、生きてるさ私は。もちろん九郎もね。あんたみたいに夢ばっか見てないで、ちゃんと現実を生きてるよ。悲しいけど、笑って、生きてるよ。この子を愛してる」

 「だけど、あいつは」

 「いい加減にしな!」

 そういって女王が怒鳴りつけると、ほどなくして五要は子供のように大泣きし始めた。慌てた結が思わず駆け寄ると、彼はなんとすがるように抱きついてきた。

 「まったく滅多に起きないもんだから、今、精神年齢いくつなんだい…ほら!姫にごめんなさいはしたのかい!」

 「ご、ごめんなさい」

 「…い、いえ」

 状況が状況でなければ笑ってしまいそうだ。やれやれとため息をついた女王が、今度はうずくまっている犬神の腰をぴしゃりと叩いた。

 「ほら、あんたもいつまで痛がっているんだい。図体ばかりでかくなって情けない」

 「…っ、頭蓋骨を割ったかと思ったぞ」

 女王の前では犬神も敵わないようだ、もう我慢できなくて声をあげて笑った結に、女王の笑い声が続いた。

 しばらくそうして笑っていると、結から離れた五要が、そろそろと片手を上げた。

 「…ばあちゃん、もう一個謝ることがあるんだけど」

 「ん?なんだい」

 「…んじゃった」

 「は?なんだい?よく聞こえないよ」

 「だから…龍。呼んじゃった」


 一瞬の静寂の後。


 「「はぁ!?」」

 女王の声と、珍しい犬神の驚く声が綺麗に重なった。龍とはいきなりファンタジーな話だな、などと呑気に呆けた未来が事の重大さに気づくのは、すぐ後のことだった。



 「…っ、ひぐ、ぐすっ…」

 「…あ、あの…もう泣かないで下さい」

 「う、うるせぇやい」

 言いながら涙が止まらない狐の背中で、結は困り果てていた。実はというかなんというか、これは五要が化けた姿なのである。大きな犬や、大きな鳥の背中ならそれほど抵抗はなかったが、狐の背中となるとさすがに乗っているのが申し訳なくなる。おまけに泣いているし。

 「あの、私、歩けますから」

 「駄目だ、ばあちゃんの命令は絶対だ」

 「じゃあ、私が降りたかったって、言いますから。大丈夫ですよ」

 「駄目だ!ばあちゃんは怖いんだぞ、お前、殴られたことがあるか!?」

 「…それは、ないですけど…」

 恐ろしき女王の威厳、そして怪力である。あの犬神がしばらく動けなくなるくらいだ、きっと相当痛いのだろう。

 丘を降りて祭り会場に近づき、出店が見えてきた頃、とうとう五要は圧縮したように潰れてしまい、結が慌てて飛び降りた。

 「もっ…もう駄目だぁ」

 「大丈夫ですか!?」

 どうしよう、慌てた結がある出店に気づき、そのまま走っていってしまった。おいどこへ行く、と声も出ない五要が、次にまばたきをすると、お皿を持っている結が見えた。

 「よかったら…召し上がりませんか?」

 「え?」

 ぴん、と耳を立てた五要が皿を覗き込むと、それはもち巾着からもちを抜いた-要するに油揚げだった。

 「少しは元気になったら、いいかと思って」

 気まずいくらいの静寂があり、結は頭を下げるしかなかった。狐に油揚げは安直すぎただろうか。

 すると五要はいきなり立ち上がり、すごい勢いで油揚げを食らってしまい、あまりの食いつきぶりに皿まで破ってしまった。

 呆気にとられた結の頬を、狐の舌が勢いよく舐めた。

 「お、おまっ…お前、いい奴だなぁ!」

 「あ…よかった、お気に召して」

 「おかわり!」

 「は、はいっ」

 慌てて再びおでん屋に走った結は、笑顔になった五要に笑い返した。なんでも食べてくれる九郎だが、特に肉が好きなため、まさかと思った予感は当たってくれたようだった。そうなるとまさか一己は虫が好物なのだろうかと、失礼ながら背筋が寒くなった。


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