「顔がタイプじゃないから恋愛感情が湧かない」と婚約の破棄を告げられた姉を
ネットの記事で「男性が結婚相手に求める条件」というの見た記憶があるんだけどね。
今その記憶を思い出したのよ、わたし。
記憶というか、まあ、前世の記憶なんだけど。
前世……、はい、わたし、エリナは中世ヨーロッパ的世界で今生きておりますが、以前は令和時代の日本で暮らしておりました。
パソコン、ネット、スマホ……。それなしの人生など考えらえれませんでしたね、当時は。
今の世界にはないので、代わりに魔道具を作ったり、魔法理論などを学んだりと、それなりに楽しく暮らしてはいたんですけど……。
暇で暇でどうしようもないときには、前世で読んだネットの記事を、思い出したりもしています。魔道具のアイデアとしてなんかないかな、なんて、考えもしたり……。
で、そんな感じで思い出したのね。
脈絡もなく……ではなくて、あるんだけど。
まあ、とりあえず、先に、「男性が結婚相手に求める条件」をいうのは……。
ランキング上位順に述べますと、
第一位、価値観が近い
第二位、一緒にいて楽しい
第三位、一緒に居て落ち着く、気を遣わない
第四位、容姿・ルックスに好感が持てる
第五位、恋愛感情がある
だそうです。
これを前世での会社の飲み会で、ネタとして話題として話してみたら。
「そりゃあ、第一位から全部兼ね備える女がいれば、即結婚申し込むよな!」と、とある男性社員が笑って、他の男性社員も頷いていたので。
わたしは即座に言いました。
「あー、この場にいる男性社員の皆さんで、第一位から全部兼ね備えている男性、います? いないですよねえ。念のため確認で、奥さんとか恋人に聞いてみてくださいよ、自分はいくつ当て嵌まるかって。いない人はお母様とかに聞いてもいいけど、その場合はかわいい息子に対する欲目が入りそうですねー」
飲み会の場が、お通夜みたいになりましたが、別にわたしに後悔はないです。
言うべきことを言ってやったぜ、と思いました。
で……、そんな余計な話まで思い出したのは、今世の姉の婚約者があんまりにもあんまりだから。
「アンジェ、君との婚約は破棄したい」
姉は顔をこわばらせながら、それでも言いました。
「……何故ですの?」
姉の婚約者は言った。
「君と僕の価値観が全く異なるからさ! 僕の婚約者として相応しい装いと相応しい話題提供をしろと言ってもできない。いつも地味なドレスを着て、じっと黙っているだけ」
まあ、確かに姉は地味です。
教室の片隅で大人しく詩集を読んでいるだけで、積極的に友人と交流などしませんし。性格が地味だから、ドレスも華美ではなく落ち着いた色や形を選びがちです。
「一緒に居て気を遣わないのは良いけどさ。いるかいないか分からないよね、アンジェは」
……確かにその通りだけど、言い方が失礼よね。
テーブルの上のお茶が冷める前に、使用人に熱いお茶に換えてもらい。
日差しがまぶしければ、カーテンを引かせ。
部屋の温度が熱くなれば、窓を開けさせる。
そういう指示をさりげなく出せる姉は、確かにいるかいないか分からないかもしれませんけど、あなたが不快や不便を感じる前に、姉はさりげなく使用人に指示を出しているんですよ。だから、快適に過ごせているの! 気配りだよ気配り!
それに気が付かないお前が悪い! 姉は悪くない!
「特にその顔。さすがに化粧くらいはしているんだろ? それでもその顔かよ。妹は派手顔なんだけどな。アンジェの顔は僕のタイプじゃないんだよねえ。それに……」
確かに姉は地味顔だ。一重の瞼に細い目。ふっくらとした頬。
平安時代だったら美人だよって言いたいくらいの日本人顔。ここ似非ヨーロッパ的な異世界なのに。
対してわたしは二重くっきり、目はぱっちりだが。
姉と比べれば派手だけど、わたしの敬愛する第三王女殿下と比べれば、全然地味ですよ。姉が平安美人顔、わたしがビスクドール顔とすれば、第三王女殿下は女神だよ、女神!
顔なんて人それぞれなんだよ!
だいたい顔の美醜に口を出せるほど、キサマの顔がいいのかよ! お前は美形だと胸を張って言えるのかよ?
平均より多少マシな程度の顔でしかないだろう、キサマも!
「この婚約は政略とまではいわないけど、両家の親が決めたものだからねえ。そもそも僕はアンジェに恋愛感情はないし、今後も持てそうもないし」
似非ヨーロッパ的世界の貴族の婚姻に恋愛感情を持ち込むな!
恋愛をしたいんなら、爵位なんか捨てて、貴族の地位なんか捨てて、平民になって、自由に生きろやっていう世界だぞココ。
貴族の令嬢に人権なんかほぼないんだぞ。家のための婚姻を親が勝手に決めている世界だぞ。下手すれば、朝に結婚先に送り込まれて、夜になったら初対面の旦那様といきなり初夜の世界だぞ。
この婚約だって、姉の希望なんかじゃないんだぞ?
っていうか、お前との婚約が決まったって親から告げられた時、わたしの姉は青ざめて、それから一晩中泣いたんだぞ!
自分の人生は不幸が確定した。でも、婚約を拒否すれば、妹であるわたしとソイツとの婚約を結ばれるかもしれない。だから耐えるわって、泣いたのよ!
暗い顔になるのも当然だし、人生お通夜気分で明るいドレスなんか着たくないって言うのも当然だ!
ガッデムだ!
チクショウめ!
姉はもう、何も聞きたくないのか黙ったまま。
俯いているだけ。
姉の婚約者は偉そうにべらべらべらべら喋りまくっている。
「おお、そうだ! 僕の婚約者をアンジェからエリナに代えてもらえばいいのか! 家の繋がりなら、別に姉でも妹でも変わらない。さすが僕。素晴らしいアイデアだ!」
姉の婚約者は悦に入っているけど。姉は青い顔を更に青ざめさせた。
「そ、それだけはお止めください……」
婚約者はニヤニヤする。
「何だあ、アンジェ。美人の妹にこの僕を取られて嫉妬かい?」
にやにや。
にやにや。
気持ち悪い!
さすがに耐えられなくなって、わたしはこっそりと話を聞いていた廊下から、サロンの中にずかずかと入っていった。
「ふざけんじゃねえぞ、このクソゴミ野郎!」
屋敷中に響き渡る大声で、わたしは怒鳴った。
「アンジェお姉様はなあ! 知的で理性的で大人しくて、自分が自分がって主張しないで、親に言われた通りに自分が不幸になっても妹であるわたしを守るって、クソな婚約に耐えて耐えて耐えて耐えてきたんだよ! キサマなんていうドクソがいるから、俯いて、地味になってたんだよ! もしもアンジェお姉様を尊重する素晴らしい相手がいれば、今頃幸福で顔がほころんでいるわ! 地味だなんだと文句を言っているけど、お姉様が不幸顔になっているのはキサマのせいだ! キサマのようなクソ虫が婚約者だから不幸を背負った顔で、暗くなってんだよ!」
「な、な、な……」
「エリナ……」
「アンジェお姉様はわたしにとっては世界一のお姉様! そのお姉様を貶すキサマなど、ゴミ以下だっ! お姉様との婚約はキサマの有責で破棄だっ! 床に手をついて謝れ! あと、わたしはアンタなんかとの婚約なんかするくらいなら、即座にお姉様と一緒に逃亡するからな!」
叫んで、思った。
あ、そーじゃん。
逃亡すればいいんじゃん!
ナイスアイデア。
「アンジェお姉様。そのクソ婚約者、要ります?」
お姉様は首を横に振ります。
「それからうちのクソ両親のために生きる気はあります?」
お姉様は少しだけ考えた後、首を横に振りました。
「じゃあ、わたしと一緒にどこか他国にでも逃亡する気はあります? わたしお金持ってるし、平民の暮らしも知っているし、作った魔道具の特許申請もしているし、冒険者登録もしてあるから他国にだってすぐ行けるよ。お姉様お一人くらい余裕で養える程度の甲斐性あるよ!」
お姉様の顔が「ぱあああああ!」と輝きました。
よし。
「それじゃ、今すぐ行きましょう」
「ええ、エリナ。わたくしもがんばるわ……」
わたしたち姉妹は、手と手を取り合って、サロンから出て行こうとしました。
なのに。
「ま、待て……」
クソ虫が鬱陶しくもこちらに向かってきたので、ポケットに隠しておいた小型の爆弾的魔道具……と言っても、殺傷力が低いやつね……をポイッと投げつけておきます。
爆発音と閃光。
サロンの窓とかは壊れたけど、クソ虫は丈夫だろうから、怪我程度でしょ。
「さ、お姉様。行きましょう!」
というわけで、「顔がタイプじゃないから恋愛感情が湧かない」と婚約の破棄を告げられた姉を連れて、わたしはすたこらサッサと他国に向かったのでした☆




