表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

第16話 部活

 中学生になって一週間が経った。


 登校すると、校内は部活動の勧誘合戦でざわついていた。

 入学してから一か月以内に、部活には全員入らないといけないらしい。


 美桜と手を繋いで歩いていると、先輩たちがチラシを片手に次々声をかけてくる。

 美桜は見た目がボーイッシュだからか、運動部の先輩がやたら寄ってくる。

 俺のほうは文化系が多い気がした。


「ねぇ、どうする?」


 美桜が大量のチラシをひらひらさせながら聞いてきた。


 俺だって、本当は新しいことをやってみたい。

 前の人生では剣道部だった。正直、臭くて熱くてキツくて嫌いだった。

 でも仲間が良かったから続けられた――そんな感じ。


「本当は、バスケとかしたいんだけどね」


 ぼそっと言うと、美桜はすぐに眉を寄せた。


「朱音には厳しいと思うよ~。体的に」


 分かっている。

 やってみたい気持ちはあるけど、自分の体は自分が一番分かってる。


 気づけば、もう教室の前に着いていた。


「またね。部活、考えといてね」


 美桜はそう言って、少し下のほうで手を振りながら一組のほうへ行ってしまった。


 席について、配られた部活動一覧を眺める。

 音楽系、写真部、文芸部、科学部……。


 うーん。あんまり惹かれない。


 放課後。部活見学の時間になった。


「あ、田中朱音さん。放課後、職員室に来てください」


 HRが終わって、俺は言われた通り職員室へ向かった。


 担任の先生が、ちょっとだけ真面目な顔で言う。


「田中、入学したときの成績がかなり良かった。生徒会に入りたいなら推薦できるぞ」

「ただ、生徒会に入ると部活に入れない。そこはよく考えろ」


 ……生徒会。

 俺の性格的には向いてる気もする。相談とか、仕事とか。

 でも忙しいのは目に見えている。


 職員室を出ると、廊下に美桜が立って待っていた。

 部活見学、一緒に回るために待ってくれたんだ。


「何かあったの?」


「生徒会、入れるって言われた」


 美桜が目を丸くする。


「え。すご」

「……入りたいの?」


「ううん。全然入りたくない。忙しそうだし」


(それに――美桜から離れて動き回るの、なんか嫌な予感がする)


「そっか。ふーん」


 美桜はそう言いながら、少しだけ肩の力を抜いた。

 ……安堵してる。

 今はこれでいい気がした。


「私も成績悪いから、生徒会は無理だなぁ」

「忙しいし、朱音の体調のこと考えたら……やめとくのが安全かもね」


 文化部を順番に巡っていく。


 茶道部。興味ない。

 放送部。恥ずかしい。

 音楽系は、俺のリズム感のなさで絶望的だった。


 次は図書部と文芸部に向かう。


「美桜さ、本読むの好きだし、ちゃんとやったら成績上がるよ」

「文章読む力あるもん」


「本読むのは昔から好きなんだよね~」

「でも数学は無理。数字ってさ、何考えてるか分かんないんだもん」


「分かる。文章はさ、“作者の気持ち”とか“行間”とかあるじゃん。優しい」

「数学は急に『よって』とか『従って』とか言って論破してくる感じ、あるよね」


「それそれ! こっちは“ちょっと待って”って言いたいのに!」


「“ちょっと待って”は数学に存在しないよ」


「ひどっ」


「でも朱音って数学好きだよね」


「好きっていうか……分かる感じ」

「数字って、よ〜く見ると“言いたいこと”が分かってくるんだよ。逆に国語のほうが迷走するくらい」


「いやいや、数字に顔ないから! “言いたいこと”とかないでしょ!」


「それがね、ベテランになると、角度見ただけで『30度だよ~』って教えてくれる」


「うっそ! さすがにそれは嘘!」


「仲良くなったら分かるって」


 そんなバカなことを言い合いながら、図書部の見学先――図書室に着いた。


「失礼しまーす」


 中に入ると、先生が一人いるだけだった。


 図書部の活動は、読書が中心。

 時々、読書感想文を書いたり、紹介ポップを作ったりもするらしい。

 それと、図書委員の仕事の一部を手伝う。


 文芸部みたいに小説を書いたりはしない。

 それに幽霊部員も多く、部が潰れることもなさそうだ――と先生が苦笑いした。


 一通りの説明を受けて、図書室を出た。



 夕飯のとき、また部活の話になった。


 ゆかりはいつものように野菜炒めを食べながら聞いてくる。


「部活、何にするの?」


「うーん……文芸部か図書部かな」


「えぇ~、図書部って帰宅部じゃん。もうちょっと面白いのしたら?」


「本読むの、普通に面白いよ」

「新しい世界に入れるし、読み終わったあと頭がぽわぽわする感じ、あれが最高」


 最初に会ったときも、美桜はずっと本を読んでいた。

 本当に、本が好きなんだと思う。


 俺はふと思って聞いた。


「ゆかり姉は、部活やってるの?」


 空気が一瞬だけ止まった気がした。


「私? 私は別に……何もしてないよ~」


「え、運動部とかしてそうだけど」


「バレーやってたんだけどね」

「ほら、施設ってお金ないから続けられなくなったんだ」


 奥で千夏さんが、気まずそうに目を伏せた。


「それで、千夏さんとすっごい喧嘩になっちゃってね。今はやってない」

「今はここで暮らせるだけで幸せって思ってる」


 ゆかりはすぐに手を振って、無理やり笑う。


「あー暗くなった! リセットリセット~!」


 たまたま環境が悪かっただけで、普通ができなくなる。

 選びたかったものを、選べなくなる。

 それが、ここで生きる現実なんだ。



 消灯時間。

 施設の廊下の足音が遠ざかって、部屋の中は小さな生活音だけになった。


 俺は布団に潜り込みながら、さっきのゆかりの笑い方を思い出していた。

 明るい声で、無理やり“普通”に戻すやつ。

 あれは強いんじゃなくて――強くならざるを得なかったんだ。


 布団の中が、いつもより冷たい。


 ドアが開く音。

 それから布団が、わずかに擦れる音。

 次の瞬間、もぞもぞと美桜が入ってくる。


「……朱音、起きてる?」


 小声。

 暗いのに、目だけが合った気がした。


「起きてる」

 答えると、美桜は少しだけ安心したみたいに息を吐いた。

 それから、手探りで俺の指を探してくる。指先が触れて、すぐ絡む。


 その手が、温かい。


「……今日さ」


 美桜が言う。

 声がいつもより落ち着いてる。落ち着かせてる、が近い。


「生徒会、ほんと入らないの?」


「入らない」


 即答すると、美桜が少しだけ黙った。

 安心したのか、納得したのか分からない沈黙。


「……私、変かな」


「何が」


「生徒会って聞いた瞬間さ。すごい、嫌だった」


 美桜の指がきゅっと強くなる。

 暗い中でも、眉を寄せてるのが分かる。


「朱音が“みんなの朱音”になるの、嫌だって思っちゃった」


 胸の奥が、ぐっと沈む。

 美桜のそういう言い方は、素直で、逃げ道がない。


 俺は息を吐いて答えた。


「……私も、離れるの、嫌だ」


「なんか朱音って、時々……男の人みたいな言い方するよね」


 心臓が止まりそうになる。

 合わせてたつもりだったのに。


「でも、その不思議な感じ、可愛い」


「やめろぉー……」


 俺はわざと低い声を出して、男の真似をした。


「俺は……離れない」


「ちょ、やめて! 気持ち悪い!」


 口ではそう言いながら、胸の奥の固さが少しだけほどけた。


 しばらくして、美桜が小さく言う。


「朱音ってさ、真面目すぎるんだよ」


「え」


「生徒会、向いてると思う。でも……向いてるからって、やらなきゃいけないわけじゃないじゃん」


 その言葉がまっすぐ刺さった。

 俺がずっと、誰かに言われたかった言葉だった。


「……うん」


「だって朱音、忙しくなったら無理するもん」

「で、倒れて、私が怖くなる」


 手が震えたのか、絡んでいる指がわずかに動いた。

 美桜はそれを誤魔化すみたいに、俺の手を両手で包んだ。


「今日もさ、ゆかり姉の話、聞いて思った」

「普通って、恵まれてるんだなって」


 俺は返事ができなかった。

 その“普通”を奪われた人が、明るく笑ってたのを見たばかりだから。


 美桜がぽつりと言う。


「……私たちも、今の“普通”がいつ奪われるか分かんない」


「だから、せめて……部活くらいは、ちゃんと自分で選びたい」

「朱音も、自分で選んでほしい」


 俺は暗い天井を見ながら、ゆっくり頷いた。


「……図書部、いいと思った」


「うん。朱音、あそこ入った瞬間、顔がちょっと楽になってた」


「そんな顔してた?」


「してた。してたよ」


 確かに前の人生では、小説なんて読まずに、ひたすら事件に向き合っていた。


 美桜は笑って、でもすぐ真顔に戻る。


「私も……図書室、好き」

「静かだし、本の匂いするし。先生も女性で怖くないし」


 “女性で”の言い方が、少しだけ引っかかった。


「文芸部は?」


 俺が聞くと、美桜は少し悩む間を置いた。


「……書くのは、怖いかなぁ」


「怖い?」


「気持ちが出るから。文字にすると、逃げられない」


 美桜の声が少しだけ弱くなる。

 暗い中で、過去の影が一瞬だけ覗く。


「でも……小説の世界にどっぷり浸かるのは、好き」


 俺は何も言えなくて、代わりに手を握り返した。


「じゃあ、図書部にする?」


 美桜が言う。

 決めてほしいんじゃなくて、一緒に決めたい声。


「……うん。図書部がいい」


「じゃあ図書部にしよ」

「朱音と一緒の部活、楽しみ」


 そう言って、美桜は微笑んだ気がした。

 絡めた手が、ぎゅっと強くなる。


 明日、図書部を見に行く。

 ほんの小さな予定。


 なのに、それが“守りたい普通”みたいに思えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ