自転車乗りの猫
何年か前に、とても悲しい話があった。家の縁の下に甲高い声で鳴く子猫の声があって、それが何日も続くもんだから保護した。猫なんて見なかったから、親猫がどこかで死んでしまったのだと思った。本当に生まれて一週間ぐらいの、本当に小さな小さな猫だった。まだ目も空いてなくて、とにかく暖めて、それで子猫用のご飯をやってたりした。でもその子猫はすぐ死んでしまった。ストーブの前に子猫を寝かせて暖かい環境は作ってたんだけど、どうも暖かさが足りなくて死んでしまったらしい。それと入れ替わりのようなタイミングで、新しい猫が家の周りをうろうろするようになった。そいつは人懐っこくて、まぁ可愛がったわけなんだけど、ほどなくして車にひかれていた。
と、まぁ齢十八歳にして猫を二匹も殺しているわけだ。たまに夜中に思い出して、罪滅ぼしみたいな号泣をすることもある。そのたびに「自動車免許は取りたくない」と思う。理由は、猫をひきたくないから。これ以上猫を殺してしまったら、どうにかなってしまうんじゃないかと考える。だって二匹、自分の手によって殺したのを、思い出して泣くことがあって、免許取りたくない理由にしてしまって、三匹目に猫を殺してしまえば、必ず希死念慮に襲われるはずだ。
というわけで僕は自転車で過ごすことにこだわった。常に移動は自転車だった。高校時代に片道十キロを汗だくで進んでいたのが、ここにきて役に立った。
ただまた悲しいことに、自転車でも猫をひいたりすることがある。一度、その辺から出てきた猫に反応できずにそのままひいてしまったことがある。喉を締めたような声が聞こえて、わざわざ振り返って確認するのも怖かった。車よりは殺してしまうことはないんだろうけど、それでも致命的なダメージを与えてしまっていたら、それを見た自分が今から無事に帰れるかも怪しいところだった。ただ、振り返らずにはいられない。
振り返ると、猫が、横たわっていた。肌色の、僕らとは正反対の、毛の生えていないその横たわっている猫は動いていなかった。鮮やかな液体がそこに溜まっていて、これじゃあ何者かに持っていかれるか、誰かが掃除するだけだなと思って、またペダルを漕いだ。
そのまま帰ると、また新しい猫がうろうろしていた。腹を空かしているようだった。まだ日が暮れてもいなかったから、餌でも買おうと思った。
最近の猫は『マネーチュール』をよく食べるんだ。また自転車を漕いだ。




