5話 とある竜人、のFirst meetings!
スィルは空を見ていた。
雲ひとつないまっさらな空だ。
千年前。
パーティを結成した直後、ギルドを出てすぐ見上げたときの空と同じに見えた。その日も快晴だった。
ギルドを最初に出たのは勇者。
まっすぐ前を見て、迷いなんてひとつも感じられない――そんな頼もしい背中だ。
それをスィルは後ろから見ていた。隣にはいつも無口でこれまた頼れるオーガいた。
そして最後に、のっそり遅れて出てきたのがラグナスだ。無論、片手でなにかを食べながら。
「……まったく、のんきだなラグナスは」
勇者は笑って言った。
「あ? わりーかよ」
ラグナスはもぐもぐしながら言った。
ほんとにそう思ってたかなんてわからないさ。ただ、あのとき誰も怒っていなかった。
そんなパーティだった。
ラグナスは最初、ひとりだった。
ドラゴンは高貴な種族だ。ワガママで、怖くて、自分勝手で人族からはきらわれていた。誰にも必要とされていなかった。
が、勇者はラグナスをつれてきた。
もともと勇者とスィルとオーガは知り合いだったので、ときたまあって話すくらいの仲だったが、ある日勇者が遠征から帰って来た時、その隣にラグナスがいた。遠征の途中で見つけて、拾って来たらしい。
最初は竜人だったので驚いた。危ないんじゃないか、今すぐにでも人を襲うんじゃなかろうか。
違った。
ラグナスは優しかった。
ただ不器用なだけだったのだ。素直になれないだけで、ほんとはすごく単純でまっすぐなドラゴン。
それを知っているのは自分たちだけで十分だった。
そのあとは意気投合して、のっぺり飲み明かした。初対面なのに、昼間からギルドで酒やった。楽しかった。
パーティを結成することになった。
「俺様が《最強》であるのは、火を見るよりも明らかだからな!」
「いいじゃん、それ! 僕たちのパーティ名にしよう!」
「やだよ、やめてよ」
「イイだろ! そうだろ! ガハハハハッ」
「ああ、いいな」
当時の会話は今でも覚えている。
正直、名前なんてどうでもよかった。ただみんなで笑っていた。
ふざけて、笑って、喧嘩して、それまた笑って。ノリみたいな付き合い。気づいたら必ず隣にいる隣人さん。
居場所だった。全員の。それがすべてであった。
昼過ぎ。
酔っぱらってギルドを出た。久しぶりにふらふらした。
「――これから僕たちは、あの強大な魔王を倒す。そのための第一歩を、確かに今踏み出したんだ」
勇者が急にかっこつけた。
青い髪は風に揺れていた。
「うん」
スィルはいつもの調子で返した。オーガもコクコクと無言で頷いた。
ラグナスは、めんどくさそうに後頭部をかいていた。
このときスィルは眼鏡をかけていない。ラグナスも今よりずっと痩せていた。
四人が並んで、肩を支え合った。
酔っぱらってたから。
ただそれだけのことが、今ではもう、夢みたいに遠い。
忘れていた。忘れたふりをしていた。
でもふとした瞬間に、今日みたいな日に、一瞬戻ってきた。
あのときの高揚。
スィルはいつもどーり不敵に笑った。そっと。
あの頃の自分にだけ、わかるように――
なーんて。そんなのはどーでもいんですよ!
やらかした。
またラグナスから目を離してしまった。
スィルの表情が一変する。
振り返るが……。
いない!
「――しまった。私としたことが」
左右、前方後方みわたすが、あの目立つ赤髪赤服はうかがえない。どこにいってしまったんだ。
スィルはとりあえず足を動かした。
が、そんな瞬間も、刹那だが楽しんでいるように映るのは、気の迷いだろうか。
一方、その頃ラグナスさんはというと……。
「おい、そこの孫娘。お前が今ペロペロと舐めているものはなんだ」
ラグナスは、自分の食べ物がなくなると真っ先に、おいしそうな匂いをかぎ分けて飛んで行った。
甘い匂いだ。どうやら、甘いものを食べたかったらしい、ラグナスさんは。
「ぇ……ぇっと、これは、『キャンディ』だけど」
「ほうそうか、じゃあちょっと俺様に貸してみろ。毒見をしてやる」
しなくて大丈夫ですあなた。
なにそのまま行こうとしてるんですか。つかまりますよ!
「や、やだよ! これはおばあちゃんが私のために買ってくれたんだから!」
そうそう、ちゃ~んと断れてえらいね。もっと言ってやって。
「あ? 見ろこの衣装を、俺様はえらそうだろ。大人しく渡しといたほうがいいんじゃねえのかあ?」
ラグナスこら!
あんたダメでしょ!ハウスハウス!
女の子は今にも泣きそうな目をしていた。どうすればいいのかわからなかったのだ。
確かにラグナスはお偉い人の格好に見えるから、渡した方がいいのかなぁ、? でもこれは……。みたいにだ!
「ひっく……っ、おばあちゃん。……どこぉ」
「あぁ? お前、迷子なのか」
「……うん」
そしてどうやら彼女は、おばあちゃんとはぐれて迷子のようだった。つまりは、そんな時にラグナスに目を付けられてしまったということだ。もう最悪であるマゲドン!
「……っち、仕方ねぇ、一緒に探してやるから代わりにその――」
すると次の瞬間。ラグナスの背後から声が飛んできた!
「――何をしている、お前」
ラグナスは振り向く。
「あ? 誰だテメェ」
互いの瞳が拮抗する。が、ラグナスの目線は思いもよらぬ、下に向けられた。
そこにいたのは、小さな男の子だった。そして隣には、どうやら黒服を着た年配の男が突っ立っているが――
ここでスィルが間に合ったようだ。なんとか追いついた。
「いたいた、まったく目を離すとすぐに――」
「――質問に質問で返すな。僕が最初に『何をしているか』とお前に聞いたんだ」
スィルはラグナスの横まで来て、耳打ちをした。
「……まってラグナス、あの子が第六王子のリュエル殿下なんだ」
衝撃が走った。あの白髪に紫の瞳を宿したお子様(※美少年)が、そのまさか、まさかまさかの今件の護衛の対象だったのだ。
「あ? このちんちくりんがか」
「なっ、貴様! ちんちくりんとはなんだ!」
ラグナスは声が大きいのである。小声でしゃべるのが苦手だ。
「……ほら、もう少し優しい言葉を使ってあげてよラグナス」
「ぬぬぬ……!」
今にも飛びかかろうとグーを出しているリュエル。それを片手で止める執事。
対するは、かかってこいよ。と挑発をしているラグナスを、まぁまぁと止めるスィル。この対比構造が彼らのファーストミーティングであった。
そして、その光景を呆れた顔して見ていた女の子の方が、よっぽど大人な振る舞いである。おそらくこの中でいちばん年下なのは間違いないが、あのガキ・男ふたりよりかは精神年齢が高そうだ。
私はなぜこんな大人に怖がっていたのだろうか。という感想がふつふつと伝わってくる。
「テメェが俺様の主人だと? あり得ねぇ(※護衛=自分が下になると思ってる)」
「は! なんだと! 兄様が言っていた護衛とは、まさかこのデブだったとは」
「あ? こらテメェ今なんつった」
「デブだデブ! 聞こえなかったかこのデブ!」
「(╬ಠ益ಠ) ←(※ラグナス)」
「信じらんない! これがこの僕の護衛だったとは……却下だ」
「この野郎テメェ……」
両者一歩も譲らず、どんどん顔色が悪化していく。
一方、女の子の方は、どうやらこの喧嘩のおかげで人混みが集まり、おばあちゃんが見つかったようだ。よかった、無事帰れたようで。
今度からは怖い人に声をかけられたら、真っ先に大声を出して逃げるんだよ?
そうスィルがしゃがんで言って頭を撫でる。はーい、と言って手を振っておばあちゃんとともに帰っていった女の子。
一件落着かと思われたが。
ふと現実に戻れば、まだ喧嘩を繰り広げていたふたり。
「デブ!」
「あお前!」
「デブ、デブ、今にもはち切れそうな腹しやがって!」
「デブデブうっせえんだよこら! 俺様はな、お前が護衛の対象じゃなけりゃ、今頃はとっくに……」
もうバッチバチだった。
が、ここに近衛兵をつれたひとりの男が、人混みから抜けてやってくる。その雰囲気に、周りは一気に静まり返った。
「――なんの騒ぎだ」
「にぃ様!」
リュエルの顔がぱあっとなって、明るくなった。そしてすっかり、その兄様とやらの足元に隠れている。
「キモチわりぃな、ガキじゃねえか」
「うるさい! デブは口を開くな!」
スィルは一礼して、ラグナスを止めた。
「落ち着いてラグナス。あの人は第二王子なんだ。発言次第ではラグナスの首が飛びかねないよ」
「あ? 知ったこっちゃねえな、俺様は竜人様だぞ」
第二王子は金髪の髪を傾けて、クスッと笑みを浮かべた。
「リュエル、先に城へ戻っていな」
「わっかりましたぁ! にぃさまっ!」
そう言って兄様の足元からラグナスに、あっかんべーをするリュエル。そのまま去っていき、執事もえっほえっほと後を追った。
リュエルは兄様に従順らしい。
「先ほどは失礼しました。殿下」
スィルが言う。
「いやいいんだ、愚昧な竜人ふぜいが我々を理解できるとは到底思っていないからね」
「テメェ喧嘩売ってんのか」
「んーと、そう聞こえちゃった? でもまあ、ドラゴンは『嫌われ者』で、他種族とも干渉してこなかった歴史を持つから仕方ないよね、わかるわかる」
そう挑発する第二王子。
もっとも、この世界には、人族・魔族・ドラゴン・神。と四つの種族が存在するが、ドラゴンは誇り高き種族がゆえ、本来は誰の味方もしない天涯孤独な種であった。気分次第では国を焼き、魔族を滅ぼし、神をも敵視した。
そのため、《白神》――《ゼルカ=ネ=アヴル》を崇める『ゼルカ神聖王国』では、ラグナスをよく思わないのも当然である。
それは、人間とドラゴンの混血種である「竜人」だとしても。(※この場合、ラグナスは人族ではなく種族・ドラゴンとしてカウントされます)
「で、ちゃんと強いんだろ?」
スィルがコクコクと頷く。
「……っち、いちいちうぜぇな」
「……ふは、まぁよろしく頼むよ、うちの可愛い弟を」
一切期待してなさそうな冷たい表情をして、そう言い捨てた第二王子。その金髪からは、冷徹な青い瞳がギラリと睨み返した。
そしてこちらへと歩みを進め、すれ違いざまに耳元で――
「――太ったドラゴンさん」
やはりラグナスは、歓迎されていないらしい。ちっ、と舌打ちだけして、見過ごしてやったラグナス。
が、一触即発の雰囲気は周囲にもちゃんと伝わっていて、第二王子が去るところの通路をはけるのであった。近衛兵もあとを追った。
そして、ラグナスが周囲に威嚇するとガヤたちは逃げるように、いつもの日常へと溶け込んでいった。
第二王子は、徒者じゃない風格であった。




