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4話 とある竜人、のビフォーアフター!

 朝日が昇り、ふたりはすでに馬車に揺られていた。早朝からの出発。王都までかなり距離があるので仕方なかった。


 それぞれの顔をうかがってみると、ラグナス以外全員顔がしけているではないか。目元にはクマがあって、まぶたも重そうである。

 理由は言うまでもあるまい。ラグナスのでっかいいびきが、彼女らの睡眠を阻害したのである。

 うるさくてまったく寝付けなかったのだ。かわいそうに。


 そのくせ、犯人であるラグナスさんはというと、鼻歌を優雅にうたいながら、木の実にかじりついていた。

 竜人は人の気持ちを考えるのが苦手なのである。

 

 そして、お外の景色を眺めているわけだが、流石のラグナスもやはり。

 前までの景色が恋しかったのだろうか?

 

 現在は雪原を抜けて、『ゼルカ神聖王国』の海沿いを走行中である。ラグナスがついこの前までいた地域は、王国の北方、魔大陸に隣接していたために気温が著しく低かった。

 まさに厳寒の地である。

 

 が、現在はその上をぐるっと走行して、一旦海沿いを走っているわけだ。王国のど真ん中は大きな山脈があるため、馬車での横断は難しい。ゆえに、上からこうぐるっと、である。

 そうして大回りして、王都のある西南に向かっていた。


 ラグナスの眺める景色には、すっかり雪がなくなっていた。季節はもう春に差し掛かっているため、緑の草原がうかがえる。

 海沿いではあるが、潮風が吹きぬいて雪を溶かすだけの温かさはすでにあった。

 

 そして、景色も一向に変わらないため退屈になっていたラグナスは、スィルに話しかけた。

 いや、話しかけやがった。


「そういえばお前、なんで俺様の居場所がわかったんだ」


(聞くの忘れてたな、まぁ今聞けばなんの問題もねぇか)


 問題大アリだよ!

 君がこの事態のまぎれもない犯人なんだよ!

 寝かせてあげるべきだよ!


 まぶたを半分空けて、スィルは答えた。


「んん、ああそれはね、三日前に王都に『魔族の討伐依頼』が持ち込まれてね。その詳細を聞いているうちに確信したんだ」

「ほう、なにをだ」

「廃屋から聞こえるうめき声が、むかし私がもっとも苦戦した相手のいびきに似ていてね。それで確信したよ」

「あ? いびきだと。それに苦戦した相手なんざ、お前にいたか」


 ここで重大な事態が判明する。

 そうラグナスは、自分が夜な夜なありえへんほどデカいいびきをかいている事に、自覚がなかったんだ――


「それはどういう意味、ラグナス」

「あ? いやそのまんまだが」











 ( ͡° ͜ʖ ͡°)



 ふたりとも、こんな顔してた。

 御者である彼女も、運転中に後ろを向いてしまうほどである。無論、後車からの声を聞いて。



(あ、こいつ寝やがった! なんだよ急に……昨日寝れてねぇのか?)


 


 (;´Д`)


 ( ´Д`)=3


 

 はい。

 その通りです、誰かさんのせいで。


 ぽり!


 木の実をかじり、スィルの方を見て顔をしかめるラグナス。自分にまさか非があるとは思ってもいない男のできる顔である。

 しかし、スィルの眠りを加速させたのにも、また他に理由があった。


 スィルの防護結界は、外の気温ですら遮断するのだ。中は心地のいい温度が保たれている。

 だが景色はつつぬけで、窓ガラスよりも薄く透明で、外の景色はうかがえる。また、雨や潮風なども防げるので、安全で快適な走行ライフには持って来いであった。

 

 またさらに言えば、ラグナスの周囲はラグナスがものを食えば食うほど代謝が促進され、温度が上がる。これは竜人によく見られる特性であった。

 体の細胞から熱を外に発散するがために、周囲は気温が一、二度上昇する。


 前を見れば、スィルが眼鏡を外して、今度は堂々と椅子に横になりながら寝ているが、御者は目をかっぴらいて頑張っていた。

 スィルが気にかけたこともあったが、「仕事ですので問題ありません」の一点張り。

 彼女は責務を全うしていた。




 昼過ぎ。

 馬車の足音が止まり、前方から声が飛んで来た。


「――到着しました」


 その声に、ふたりともゆっくりと体を起こした。

 なぜかラグナスも眠っていたようだ。きっと暇すぎたのだろう、邪魔しなかっただけえらい。


 そして今目の前に立ちはだかるのはデカい城壁、ウォールマリア。

 その前には幅の広い水が流れる溝があって、橋がかけられている。ここを通らなければ王都には入れない。入り口はここ以外ないので。


 スィルは馬車を降りて、門番のふたりにパスポートらしきものを見せた。

 もっとも、『ゼルカ神聖王国』は地図上でもいちばん西北の角っちょに位置している国で、左は全面海、右は魔大陸と隣接しているために、警備も万全なのである。

 ゆえに、王都は壁でグルっと囲まれているわけで、その前にも溝があって二重の防護体制になっているのだ。


 スィルが馬車に戻り、ふたりの門番が橋の両端にはけると、再び馬車が動き出した。

 進むにつれて見えてきたのは、にぎやかな街並み、屋台の匂い、酒のあふれかえった男たちの声だ。

 魔王のいない平和期――治安も雰囲気も、ずいぶんと楽しそうであった。



 門をくぐると、一本の太いロードがそのままつづいた。そのずっと先を見てみると、段階的に傾斜になっていて、石づくりの大きな王城が聳え立っている。

 王子たちが住んでいるところである。


 また、都内の構造としては、門から遠方に行くにつれて高くなることで、王城のベランダからいつでも門や都内を見渡すことができ、防犯になっている。無論、ベランダからの眺めは絶景である。

 基本的にレンガのつくりが目立つ街風景だが、王城の屋根だけ青色になっているのもよかろう。


「ありがと、ここで――」


 そう言って御者に礼を言ったスィル。御者は会釈して、都内にはけた。

 これは余談だが、今回の御者は王都に仕える専属の訓練された者であるため、スィルたちを運び終わったからこの後はフリーになるだろう。ゆっくり休めるはずだ。


「ラグナス、馬車で言った通りまずは衣服の調達を――」


 振り返ったスィル。そういえば、先ほどからラグナスの姿が見当たらないような……。


「って、いないし。どこいったの……」


 すると、離れた位置から声が飛んできた!



「「オイ! なんだこのデブ! 誰かアイツを止めろ!」」


「「キャー!」」

「「なんだあのデブは!」」

「「やばいやばい!」」

「「オオイ! ヤベェぞ!」」

「「勝手にリンゴ持ってかれた!」」

「「誰かアイツを今すぐ止めろ!」」

「「オイ! あぶねえな!」」

「「ちょっと止まれ!」」

「「キャー!」」

「「うわ、なんか盛り上がってね?」」

「「それな、ひったくりか?」」

「「ってぅぉい。あ! 俺の『ポテチ』持ってかれた!」」

「「オイちょっと待てコラ!」」

「「どんどん屋台のごはんかっさらってくぞアイツ!」」

「「ヤベェ、本物の泥棒じゃん……」


 ラグナスはやりまくっていた。


「ぼぉぐ!」


 ラグナスの目の前に、突如現れたスィル。


「なにやってるの……」

「ぼぉで、ぼおごぼぼごぼぐ」

「口の中いっぱいで、なんて言ってるかわかんないよ……」


 ラグナスはごっくんと飲み込んで言った。


「だってお前が、なんでも買ってくれるっていうから、んぐもぐ」


 また一口いきやがったラグナス。その顔は平然としていて。

 なんも悪いことしてませんけど?

 なにか?

 といった感じだ。


「……言ったかな、まぁもう仕方ないからここでおとなしくしてて」


 無論、スィルは半寝状態だったので、その間に取り決められた条約なのだろう。

 スィルは消え、向かってくる人たちに頭を下げて回って、文句を言われながらもラグナスが荒らしたであろう屋台に片っ端から行き、代金+お詫びを払った。

「ごめんね。これで許して」

「あはは、スィルさんとこのお連れでしたか。いえいえ、うちとしてもいっぱい取って行ってもらって商売あがったりですよ……いやはや」

 みたいな会話を刹那で終えて、またスィルは戻って来る。


「あんなに回っていたとはね。で、どう。ここのごはんはおいしい?」

「あぁ、うめぇ……久しぶりだ」


 ごはんがおいしくて大人しく待っていられたラグナス。えらいねぇ。


「しかも何個か今までで食ったことねぇもんがまぎれてて、これがいちばんうめえな」

「あーそれは、チップスだね。イモを油であげたお菓子だよ」

「そうか、とまんねぇな」


 別に怒ってなかったスィル。呆れた表情はしていたものの、スィルはお金が腐るほどあるので問題はなかったようだ。


「それで、言った通りまずは服の調達だよ。その格好じゃ殿下に顔見せできないからね」

「パリパリ、あぁ、いいぞついていってやろう」

「うん、じゃついてきて」



 そしてふたりが来たのは、あれからまた歩いて上層。その右わきにある「仕立屋ラッド」という服屋だ。ここでは王子や貴族などの上流階級が着る、束帯や直衣、十二単などが売っている。

 要はお高いお洋服屋さんだ。


 王都は二段階の構造になっていて、下層が一般の庶民の住宅街、上層が上級住民などの住居とで隔たれている。無論、王城も上層のいちばん奥にずっしりと構えている。

 だから門から段階的に傾斜になっていて、王城がいちばん遠くにあるわけだ。

 が、別に住まいだけなので、誰でも上層下層を行き来できるし、屋台などは下層の方が多いので貴族が下層に行ったりもする。

 今回の服屋は上層にある。


「久しぶりだね、ラッド」

「いらっしゃい。ん、んん……あれ! スィルの姉ちゃんじゃねえか! 何年ぶりだ!」

「ざっと五年ぶりくらいかな、任務で服を破かれちゃってその新達にきたとき以来だもんね」

「そうか、そうだな! あれ以降も活躍ぶりはよく聞いてたぜ、流石自慢の顧客よ」

「えへへ……」


 うんうん、と仲良さげにスィルと会話を交わすこのおじさんは、ドワーフである。要するに人族。

 ドワーフは鍛冶で有名だが、この世界じゃ多岐にわたってさまざまな分野のマイスターがゆえ、彼らの腕にかかれば品質には心配ない。


「で、彼が今日のお客さんか……って竜人じゃねえか!」

「ああそうだが?」


 店内で堂々と三袋目のポテチを開封し食うラグナス。


「これまた珍しい、人生で見るのは二回目だよ!」

「ああそうか、じゃあ服をよこせ」


 店内を見渡せば、豪華な衣服がズラリ。ハンガーに吊るしてあったり、マネキンに着させてあったり、畳まれていたりなどだ。


「これまたでっぷりといいものをお持ちでお客さん」

「あ? それはどういう意味だ」

「でなにをやられるんだいお客さん。この感じだと貴族様じゃなさそうだしな」


 そう服を漁りつつ答えるラッド。


「護衛だ――ほら、リュエル殿下の護衛は誰もやりたがらないでしょ」


 と、スィルが弁明。


「リュエル殿下の……ぁあ、そうかそうか、これまたご苦労様で」

「おい。まてまて、その感じ――」

「ふふん……じゃあさっそくラグナスに似合う服をおねがい。お金は気にしなくていいから、頼んだよラッド」

「おう任せときな!」


 そう言ってどこかに連れていかれるラグナス。無論ポテチを食べているので大人しくてこてこついていったようだ。


 

 そして五分後――。


 更衣室から出てきたラグナスは。


 なんと!


 あの育ちきったお腹が隠れている!


 テテテテン、テテテテ~ンテンテン♪ なんということでっしょう! あんなに出ていたお腹が、きれいに赤く煌びやかな衣服に納まり、ズボラな下半身も、彼のポテンシャルを最大限引き出すカタチで収まっています!

 

 なんということでっしょうっ! 匠の磨かれた技術のおかげで、ヒキニートのジャージ姿から、今はちょっとぱっつぱつくらいの全然貴族にこんな感じの太っているやついるよね、くらいの雰囲気に落ち着きましたぁ!


 以上、ビフォーアフターでした。

 

「どうだい! この店で出せる彼にいちばん似合ったコーデに仕立てたつもりだぜ! なんてったって、この『仕立て屋ラッド』の店主だからな! この腕にかかれば厚い障壁もなんのなんのよ!」


 素晴らしい、これが匠の実力なのか……と改めて感心するスィル。

「うんうん、いいね」と頷いた。


「ふっどうだ。俺様は似合っているだろう」

 ご満悦なラグナスさん。


「いやーよく見たらね、お客さんいい顔してるんだよな。なんで前髪をもっとこう上げないんだい?」

「あ、いいんだよ」

「……ほうかい(男前なのにもったいねえなあ)……まぁ、ともあれよかった! スィルの姉ちゃん、値段は負けとくからよ。あと護衛がんばんな! 竜人のお客さんも」

「あぁ。……がとな」

「ん? なんか言ったかい?」

「ありがと、いつも助かるよラッド。またよろしくね」


 そう言ってふたりは店を出た。ラッドさんは腕のこぶを叩いて、ご満悦。やり甲斐があったようだ。

 またのご来店を! の看板を背に、ふたりは街の景色を見た。


「よかったね、ビリィっといかなくて」

「ああ、ケツのあたりがちょっときついが、でも問題なく動けそうだ」


 王都の空は、快晴だった。

 そしてこの後……。     彼らのストーリーはまだまだつづく

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