3話 とある竜人、ハヤシライスに感動!
※一部グロテスクな表現がありますので、苦手な方はご注意ください。
「――これ見てよ、ラグナス」
スィルが手を止めた。
解剖の最中、なにか異変を見つけたらしい。
「この個体、なんと心臓が……ふたつもくっ付いていたんだ。へへ」
そう言って、臓腑の奥から取って出した心臓を突き出す。お決まりの不敵な笑みとともにだ。
かつてラグナスたちとパーティを組んでいた頃から、スィルはこんな感じであった。討伐した獲物を一目さんに解体し、臓器やら性器やらを得意げに見せびらかすのである。
勇者が(ほんと勘弁してくれ……)とよく言っていたものだ。スィルは身体の構造に興味津々であった。
「きめぇな、いちいち見せてくんな」
「ふふ……これなら《保持者》であることも、頷けるわけだよ」
「まぁ、そうだろうな」
《保持者》。
《加護持ち》《魔眼持ち》《証持ち》などの総称。先天的に《保持者》である者や、後天的に他者から奪ったり、覚醒(遅咲き、遅発性ともいう)などで《保持者》になることもある。
それは魔獣も例外ではなく、とくに突然変異体などの個体はその傾向が多い。魔王も《邪王の証》を持っているわけだから、《保持者》とよべる認識で間違いない。
「だが、お前の防護結界が解かれるとなれば、そうとうなもんだ」
「だね、もうちょっと、奥をほってみるよ」
そうひとつ、またひとつ言いながら、どんどん解剖を進めるスィル。
その様子を見ながら物思いにふけっていたラグナス。流石に今は木の実を食べていなかった。
(……血のめぐりは魔力のめぐりだが、心臓がふたつもあるとなりゃ、魔力の含有量も循環速度も跳ね上がるだろう。目視で《加護持ち》か《証持ち》かを判断するすべはねぇが、どうやら《魔眼持ち》ではなさそうだな。だってこいつの悲しそーな顔見りゃ、一発でわかるもんな……)
そんなことをつらつらと考えていたラグナス。まさしくその通りで、魔力は血液に溶け込んで体内をめぐるがゆえ、心臓がふたつもあれば単純に二倍の強さを誇ると考えられる。
が、そのような個体は存命が難しく、とくに体の内部構造に異常をかかえているものは早期に死んでしまうことが多かった。
そのために今回は、わりと稀なパターンなのである。
「一応すみずみまで冒険してみたけど、瞳に独特な模様があるわけでもなかったし、心臓以外に異常な点は見当たらなかったよ」
(※スィルは解剖のことを「冒険」とよんだりもする)
「そうか」
「ただ、バグドンの体はおっきいから探索が大変だったけどね」
(※スィルは解剖のことを「探索」とよんだりもする)
「まぁ食いもんが取れただけいいじゃねえか」
「そうだね」
「はらへった」
「だね。もうそろそろお鍋が沸騰するはずだから、ちゃっちゃと料理しちゃおうか」
「ああ」
若干不機嫌気味かと思われたラグナスだが、内心は(こいつやっぱ準備いいよな)と思っていた。
スィルは鍋にホイホイと調味料を入れていく。
なにせ、これらの調味料はスィルが千年もかけて集めた魔導書によるものなのだから、すごいもんだ。
この世界には、ありとあらゆる魔法が存在している。
「今日はバグドンの『特性ハヤシライス』にしよう」
「……ハ、ハヤ? なんだそれは」
「そっか、ラグナスはまだ食べたことないのか」
「うまいのか?」
スィルは料理をしながら受け答えする。
「お、おい。なんだその四角いのは、変なもん入れんじゃねえよ」
「ふふん……これがどうなると思う?」
「あぁ? わかるわけ……」
次第に鍋の中の色が変わっていき――
(……っ!)
鍋から漂ってきたただならぬ匂いに、ラグナスの鼻孔がひくつき、目が見開かれ、眉が跳ねる。
態度が豹変した。
「おい! むっちゃいい匂いすんじゃねえか!」
「でしょ」
「はやく俺様に食わせろ!」
「はいはい、あとちょっとだから待ってねー」
「俺がいちばん――(※ノイキャン)」
ラグナスの眉毛が、ピクピクしている。貧乏ゆすりもうかがえる。
はやく口にしたいのだろう。
お皿に盛られた豪華なハヤシライス。それを真っ先に奪い取ったラグナスは、直角に傾けて流し込んだ。今回は白米がないようなので、正確にはハヤシライスではないのだが、そんなことを知るはずもないラグナスは感動した。
口以外の動きが止まる。
「ぅ、ぅぅ、ぅうううっめえ!! なんだこれは!!」
「ふふん……おいひいでしょぉ」
スィルも食べながら、自慢げに答えた。御者も黙々と食べ進めている。
「これが私が言ってたカレー、の仲間なんだよ」
「これが……じゃあ、王都に行けばこれを毎日食えるというわけか!」
「そうなるね」
(フ、フハハハハハ!! やはり俺様は運がいい、こいつについてきて正解だったな!)
ラグナスの勘は当たったようだ。
その後も、おかわりをニ十杯ほどしてより一層ふくらんだ腹を抱えながら木に凭れて爆睡するのであった。すぐ寝るから太るのである。
一方、スィルはまたも魔法を用いて、皿洗いから片付け、余ったバクドンの肉を凍らせるなどの作業を刹那で終わらせていた。
こうしてパーティは、成り立っているのだ。
そして結局、バグドンがなんの《保持者》だったかは、わからなかった。ただ心臓がふたつあっただけの――哀れな個体だったのかもしれない。が、それでこそ自然というのは美しいのである。
(※哀れとは言いましたが、一同が美味しくいただきましたのでご安心を!)




