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2話 とある竜人、千年ぶりの雑用!

 家の裏手にあった洞窟で、ラグナスは荷づくりをしていた。今日で長きにわたって住んだマイホームとおさらばになるのである。


 ラグナスは洞窟に隠しておいた木の実やカチカチになった魔物の肉を袋に詰める。詰め方もわからないので、適当に次から次へとポイポイ袋に投げ入れて、サンタクロースみたいに担いだ。


「ラグナス、それじゃ中でぐっちゃになってると思うよ……」

「あ? 別にいいんだよ食えりゃ」

「相変わらず変わってないね、ほんと」


 ラグナスはとやかく考えない性格であった。

 そしてスィルのあとに、袋からさっそく取り出した木の実を齧りながらつづいていくラグナス。やけに軽快な歩幅であった。


 本来、引越しをするとなれば多少の迷いもあるものだが、ラグナスにとってそれはない。竜人は、よりよい住処を常に求める傾向にある。

 この家も偶然立地がよかっただけで、それまではラグナスも住居を転々としていた。

 これはラグナスが千年間スィルに遭遇しなかった理由でもある。


 スィルは、自分の来た時に付いていた足跡をたどり返して、馬車へと向かっていった。ラグナスもそれについていく。無論、リスみたいに口をいっぱいにして。

 

 スィルはふと疑問に思っていたことを呟いた。


「そういえば、いつから住んでいたの?」

「……お前らと別れてから七番目くらいに見つけた拠点だが」


 ラグナスの声は、食べ物を口に詰めているため非常に聞き取りづらかった。


「……よく長い間あの家は崩壊しなかったね。ラグナスが寝てたのに」

「おいこら、……どういう意味だ」


(確かに思うところはあるが、そういえば全然気にしてなかったな)


「まぁ、異常に魔力を帯びていたからね。てっきりラグナスの魔力かと思ってたけど、違ったみたいだ」

「……あぁ、ここには豊富な種類の魔族がいるが、俺様の家付近は一切魔族が寄ってきていなかったな。だからわざわざ出たくもねぇ外に出て、狩りに行ったもんだぜ」

「逆に魔族が寄り付かない魔力か……興味深いね」

「まぁもうおさらばする家など知ったこっちゃねぇ、どうでもいい」

「そんなもんかね」


 

 暫くして、馬車に着いた。もうその頃には、日が半分ほど落ちていた。


「待たせて悪かったね」

「いえ、これが仕事ですので」

「なにか危険はなかったかい?」

「はい。スィル様の防護結界のおかげで、特に問題はありませんでした」

「うんよかった」


 そう御者と会話を終えて馬車に乗り込むスィル。ラグナスもつづいて乗り込んだ。馬車がぐわんと揺れた。


(なんだこいつ、様づけで呼ばれてるじゃねえか。重職か?)


「お前、なんの仕事やってんだ」

「うーんと、私は今、王国から魔大陸の第七平野を任されて、そこで魔族を討伐する仕事をやっているよ。これが私の仕事であり国の仕事なんだ」

「第七平野?」


 スィルは長い間、王国に尽力して魔族を討伐していた。新たな魔王が誕生しなかったのも、スィルの貢献があったからである。


「そう、各国で魔大陸を分担し合って、魔族を狩り尽くしているんだ」

「広すぎるからな、あそこは」

「そうだね、だから十二か国全部で連携しながらなんとかやっているよ」


(こいつもいろいろ大変なんだな)


 とか思いつつ、木の実を噛みながら適当に相槌を打つラグナス。


「で、俺様が護衛するやつぁーどんなやつなんだよ」

「それは王国の第六王子――リュエル殿下だね。これがまた変わったタイプの王子様なんだ」

「あ? まてまて、ふつうに強くて俺様はなんにもしないでいいんじゃねぇのかよ!」

「なわけ」


 ラグナスの口が止まった。木の実を噛む音も止まる。

 そうてっきり勘違いしていたラグナスは、即答され顔がしぼんだ。


「いったいどんな奴なんだ、めんどいのだけは――」

「ふっ、聞いて驚きな。リュエル殿下は、気性が荒くてね、よく物を壊したり噛みついたりするタイプの王子様なんだよ」


 えっへんとやけに自慢げなスィル。

 その様子を見ていたラグナスの顔は、「まじかよ……」と、声がかれて段々しぼんでいった。


「ふざけんな! 話と違うじゃねぇか!」


 安定の逆切れである。

 あ、逆切れってのは、逆鱗とうまくかけたつもりだ。要は普通にキレたラグナス。


「まぁまぁ、落ち着きなよラグナス。似た者同士じゃないか」

「てめぇ」


(こいつあとでしばきてぇ……)


「でもね、実は殿下は、四歳ころまでは普通の子どもだったって言われてるんだよ。というか、無口でひとことも喋らなかったらしいんだ」

「あ? そんなガキいるかよ」

「いや、ほんとほんと」


(言ってる話と真逆の性格じゃねえか)


「でもある日を境に、徐々に気性が荒くなったんだって」

「ずっとため込んでた感情を表に出しただけだろ」

「いやそれがさ、話によれば、飼っていた獣魔の鳥が死んじゃったことをきっかけにとかなんとか」

「悲しくて乱暴になったってか? ったく人間は死すらまともに受け入れられねぇのかよ」

「それでね……」


 スィルとラグナスの会話は続いた。

 そして任務の経緯も話した。

 どうやら、近年にかけて急激に魔族の挙動がおかしくなったらしい。これまで共喰いを繰り広げていた魔族たちが一斉にやめて、王都に押し寄せてくるようになった。

 その姿はまるで、統帥を取れているかのように。


 そこでラグナスさんの出番ってわけらしい。

 私たちは引きつづき魔大陸で魔族を狩らなきゃいけなくて、大丈夫だろうけど万が一王都に魔族が侵入してくる可能性もあるから、腕のいい護衛を付けておきたかったんだ。とスィルは弁明。

 

 思う節もあったが、飯に腹は代えられん。

 そう自分に聞かせて渋々のみ込んだラグナス。

 

 すると、


 どごおおおん


 物騒な音を立てて、馬車が傾いた。


「なんだ、今の揺れは」


(俺様の木の実が……)


「魔獣の襲撃です。数は五、どうやらバグドンの群れに遭遇しました」

「あれ~おかしいな、私の防護結界はまだ……」

「おい、そんなのんきに考え事してねぇで、どっちがやる」

「パス、今私、熟考したい気分なんだ」

「あぁ? 仕方ねぇな、千年ぶりの再会でもこのざまかよ」


 ラグナスはこうしてよく、魔族討伐の雑用を任されることが多かった。なぜなら彼は――


(雑な扱いしやがって、覚えとけ)


 ラグナスは木の実を口に放り込み、暴れ回った馬の馬車から飛び降りた。

 腹がたるんと揺れ、着地と同時に地面に亀裂が入る。


 目の前には、五体のバグドン。

 そのうち一体、白い毛並みの個体が、群れの先頭に立っていた。おそらくやつが群れのボスで間違いないだろう。


「……わざわざ俺様に挨拶しに来たってか」


 そう言って、口の中の木の実をすべて飲み終えると。

 ラグナスがふっさふさの前髪をかき上げた。


「ならば、もう少し頭を下げるか、今この場で自害するか――てめぇら選べ」


 赤髪に隠れていた目元が露出する。

 その眼光もまた紅蓮であり、威圧だけで魔獣たちを射抜いた。


 空気が揺れる。

 馬は足を止め、バグドンたちも硬直する。


「――退け。俺様の前に立つことを、今この瞬間に禁ずる」


 

 ブヒィィィッ!!


 四体のバグドンが、鼻を鳴らして逃げていった。いや、逃げる機会が与えられただけ幸運だったであろう。

 先頭にいた白い個体は、取り残される。


 その目元には深い傷跡。

 鼻息を荒くしながら、かろうじて突っ立っていたが――


 ばたん。


 そのまま横倒しに崩れ落ちた。

 ラグナスの威圧は、心臓の鼓動すらも止めたらしい。


 種族・ドラゴンが有する《威圧》は、雑魚処理の雑用にはぴったりだった。



「終わったようだね」

 

 スィルが馬車から降りて来る。


「ああ、いつも通り俺様がよく狩っていた種類だ」

「で、その白いの一匹だけ赤い色じゃないから――突然変異の個体だね」

「そうだな」


 魔獣は突然変異をして姿を変えることが多々ある。それは魔力の要因だったり、環境、遺伝子などさまざまな問題が関係している。

 で、そういった要は強い個体が、群れを率いてボスになることが多い。バグドンはイノシシみたいな見た目の魔獣だが、ふつうは単独で行動する魔獣だ。

 魔獣は強力なので、群れを成さない。

 ゆえに、今回の光景は稀であった。


「で、わかったのか」

「おそらくなんらかの《加護》か《証持ち》だろうね」

「まあそうなるな」


(が、こいつの結界術が解かれるこた自体めったに見たことねぇ。いったいなにを持ってやがる)


「まぁいいや。どちらにせよもう今日はこれ以上行動するのは危険だね」

「まぁいけないこともねぇが、馬がバカになってるしな」

「うん、今日はここで一晩休もうか。倒したバグドンを解剖して、夜ご飯にしよう」


 スィルは御者と話を合わせて、さっそくバグドンの解剖に移った。

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