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1話 とある竜人、出荷OK!

 ――遡ること、三日前。


『ゼルカ神聖王国』の王都に、一件の魔族討伐依頼が張り出された。

 場所は北方、隣国へとつづく山道の中腹。厳寒の地にあり、道なき森の先にぽつんと残る、地図にも載らぬ廃屋が今件の現場だ。


 ここもかつては魔王によって滅ぼされた集落のひとつで、今は誰も住んでいないはずだった。

 が、偶然通りかかった狩人が、廃屋の二階付近から妙なうめき声を聞いたという。ごぉぉぉぉとも、ぶぉぉぉぉともつかぬ、得体のしれぬ声だった。


 この地には、ここにしか育たぬ魔草が自生しており、まれに人が足を踏み入れることもある。

 万が一を案じた狩人は、王都のギルドに報告を上げた。本来なら地方の小規模ギルドで済む話だが、過去にこの手の辺境で強力な魔族が現れた例もあり、今回は王都に持ち込まれたのだ。

 

 

 そしてその依頼を、あっさりと引き受けたのが――ひとりのエルフであった。


 

 

 ***********




 ごぉぉぉぉぉ

 

 ふごぉぉぉぉ


 

 ふごおおおおおおお

 

 


 多分そんな感じだろうか。

 

 今にも限界を迎えそうな部屋着を着た、この竜人のいびきである。

 でっぷりと太った腹を堂々と露出して、仰向けになりながら爆睡していた。

 

 この廃屋は、かつて誰かが暮らしていたらしいが、今は彼の寝床である。無論、勝手に縄張りにし、勝手に住みついたようだ。

 竜人とは、そういう図々しい生き物である。


 とはいえ、彼にとってこの立地は都合がよかった。家の裏手には洞窟があり、木の実の貯蔵に適していた。

 さらに、周辺には種類の豊富な魔族がいて、それでいてユニークな魔草も生えていると来た。


 

 うん。実に、住みやすい。

 

 

 ゔぉぐ、

 ぽりぽり!

 

 ゔぉがァァ!


 要するに、竜人である彼が冬眠(苦笑)をするには、うってつけの穴場であったわけだ。そして、そんないたいけな彼に「討伐依頼」が張り出されているとは知らずに、彼は寝ながらノールックで腹をかきむしっている。

 その姿はまさに、居間に寝すわるオヤジだった。クマオヤジ。独身クマオヤジ貴族。(※意味不明)

 だが想像してみて欲しい。どの家庭にも一台はこういうのがいるものだ。

 

 が、こう見えても彼は、千年前までは《不動の災厄》として恐れられていた存在なのである。

 キャーキャー言われてた存在なのである。


 伝説の勇者パーティ《火を見るよりも明らか》の一メンバーであった。


 いったい何が明らかなのかはわからないが、そういう名前で活動していた伝説の冒険者パーティだ。

 しかし、時の流れとは恐ろしい。千年の歳月がすべてを洗い流し、今や彼は、かつての栄光など微塵も感じられないヒキニートと化していた。


 彼の全盛期を語るならば――

 目で威圧しただけで敵をチビらせ、その屈強なフェイスで数多の女を虜にし、傍若無人な性格は《火を見るよりも明らか》のメンバーの手をわずらわせた。

 要するに、仲間たちでさえも手に負えないほど自由奔放だったのだ。


 が、実力は本物だった。


 魔族よりも遥かにデンジャラスとされている種族・ドラゴンを親に持ち、その恵まれた遺伝子でブイブイ言わせていたのである。

 

 それだけではない。

 この世界に古代から存在する神々ですら、彼との間には一線を引くほどだった。




「――ラグナス入るよ。てかもう入ってるけど」

 

 ぐが、


 そして、きてしまった。

 王都からの使者――


 突如現れたその者は、目の前に広がる絶望の光景に顔をしかめた。床一面に散らばる食べかす、ゴミ、謎の液体。いびきに混じって漂う異臭。

 強烈だった。


 足元のゴミを避けるたびに、「うわっ」と小声で呻く。


「う、ぅげぇ……。想像以上だったか。ひどい匂いだし、部屋もこんなに散らかってるなんてね」

「――誰だてめぇ」


 彼は起きていた。

 が、腹に視界を遮られながら、首だけ起こしてなんとか鋭い眼光で睨みつける。

 それでも寝起きとは思えぬ迫力だった。目つきだけなら元最強の名も伊達じゃないらしい。


「やぁラグナス、久しぶりだね。寝てるとこ悪かったよ」

「あ? だから誰だ貴様。なんで俺様の家に勝手に入ってんだ」


 彼ことラグナスが感知できなかった侵入者。

 は、柳色の髪に眼鏡、マフラー。耳が尖っていて、どこかふわふわした印象がある。それが、服で鼻を押さえたまま突っ立っている。

 どうにも馴れ馴れしい雰囲気であった。

 

(奇襲、にしては飄々としてやがる……)


「千年ぶりだね。探すのけっこう大変だったんだよ」

「探す? てかお前、なんで俺様の名前を――」

「見ないうちにずいぶん変わったね。髭ボーボー、髪ももっさり。まあ千年も経てば当然か」


 ラグナスは、不動なだけあってそのまま会話を進める。彼は常に、危機感が欠如していた。


(……あ? この声、どっかで――)


 が、その必要はなかったようだ。


「……わからない? 私のこと」

「……お前、あのエルフか。勇者のこと好きだったエルフ」


 エルフはズコッと体を傾けた。

 

 惜しかった!

 いや、ラグナスの目にはそう映っていたのだろうが。でも、まぎれもない事実はそこにある。

 

 目の前にいたのは、かつてともに魔界を渡り歩いた同期――

 

 元伝説の勇者パーティがひとり、《火遊びの不適笑者》スィルであったのだから。



「ちょちょちょ、冗談は顔だけにしてよラグナス。私は君と同じパーティだった、スィルだよ」


 眼鏡を外して顔を見せた。


(いたな、こんなやつ。よく見りゃ千年前と変わってねぇ)


「あー、お前か」

「ひどいな。千年ぶりの再会なのに。……すっかり『ニート』みたいになっちゃって」

「あ? よくわかんねーが。で、何の用だ。俺様は忙しいんだよ」

「はいはい。今日はね、お願いがあって来たんだ」

「また魔法の実験台とか言うんじゃねぇだろうな」

「違う違う。単刀直入に言うと――第六王子の護衛をしてほしい」


 ラグナスの顔が、しゅるしゅるとしぼんだ。

 まるで腐ったナスのように。


(千年ぶりに挨拶にでも来たと思ったら、また面倒ごとかよ……)


「護衛?」

「そう、護衛」


 ラグナスは面倒ごとが鬼嫌いであった。


「いや、無理」

「えええ、なんでよ」

「意味わかんねーし、面倒ごとは嫌いなんだよ俺様は」

「困るな、せっかくとっておきを用意してきたのに」

「なんだ、とっておきって。土産か」

「ふふん……ラグナス、今なに食べて生きてるの?」


(急に食いもんの話かよ)


 どーせ自慢でもしてくんだろと思っていた時期が、ラグナスさんにもありました。


「魔物の肉とか、木の実とか……」

「ふっ」


 スィルが勝ち誇った顔をした。


(なんだその顔は……)


「ラグナス、聞いて驚け。今の王都には、ラーメンやカレーみたいな高級料理が山ほどあるんだよ」

「ら、らーめん? 彼? なんだそれ」

「要は、ご・は・ん。ラグナスの大好きなやつ。護衛に行けば、食べ放題だよ」


 スィルの言うようにこの世界では、かなり前に異世界からやってきた転生者によって大きな発展を遂げた。

 文化しかり、技術しかり、それは、料理もしかりであった。


「……ほう、ほうほう。フハハハハハ!」


 ラグナスが急に笑い出す。

 言うまでもない、ラグナスはこれまでの質素すぎる生活には、実はもうとっくの前からうんざりしていたのだ。

 が、働き方も知らず、任せっきりの人生を歩んできたために、ずっと我慢していた。そんな彼のもとに、ただ護衛するだけで豪華なメシにありつけるというチャンスが訪れたわけだ。

 図太い竜人である彼が、こんないい話、飛びつかない理由がなかった。


「そうか、俺様にふさわしい料理があるのだな。よし、行ってやる!」


(やっぱ俺様はついてるな。フハハハハハ)


 このとき彼は軽く考えていた。まさか、あんな事態になるとは思いもせずに。


「さっすがラグナス。やっぱご飯には目がないね(ちょろくてよかった、ほっ)」

「ただし――まずかったら即帰る。あと、俺様の時間を奪った対価として、一年分の食料をよこせ」

「……わかったよ。相変わらず傲慢だね」

「約束だからな。絶対だぞ。破ったら、王都ごと焼くぞ」


 そう睨んだラグナス。

 種族・ドラゴンは誇り高き種族。本来、人族にも魔族にも干渉しない種族であるがために、そのようなこともやろうと思えば可能なのであった。

 

「はいはい……やれやれ」


 が、ラグナスの実力は折り紙つきだ。

 腕には信用を置いているスィルは、今回の護衛任務はラグナスが適任であると踏んだ。

 

「で、いつからだ」

「――今からでしょ。もう馬車、ずいぶん待たせているんだ」


 

 こうして、彼は千年ぶりに動き出した。

 

 あと、見た目はまだ若いが、千年以上生きているので、やはり独身クマオヤジ貴族という表現は適切なのかもしれない。

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