獣化なんてイヤッ!3
私の家系はご先祖様が妖怪を退治した際に受けた呪いのせいで、「体の特定の部位」を「他人に触られる」と「動物に変身」してしまう恨めしい体質を持っている。しかし、この体質を恨めしいと思っているのは私だけで、家族はこの獣化体質を楽しんでいる。
去年の冬、この体質のせいで初めてできた彼氏と失恋した。今年の春、この体質のせいで告白してくれた男の子と絶縁した。どうやら、私には恋する資格は与えられていないらしい。季節は巡って秋。私は大学一年生という、人生でも青春真っ只中の夏休みの時でさえ、恋をしたいとは思わなかった。恋を意識しないと、キスしたいという欲求も薄れていった。大学生活が始まり、サークルにも入り、いろんな出会いがあった。イイ感じの男の子も見付けた。でもやっぱり私には恋はできそうもなかった。恋する心はすっかり枯れてしまったが、大学生活がつまらないという訳ではない。それなりに女子大生らしく楽しくやっている。
最近は家の近所のコンビニでアルバイトを始めた。一番稼げる深夜帯のシフトだ。深夜は確かに眠たいけれど、昼間と違ってお客が少ないので思ったよりも楽だった。
今日もアルバイトの日。私はコンビニの服を着て、店内の清掃やレジを坦々とこなす。時計の針が零時を回った時、まだ秋初めなのにコートを羽織った厚着の男性が店内に入って来た。
「いらっしゃいませどうぞ」
私は男性客に挨拶し、レジの前に立って、いつ商品を持って来られてもいいようにスタンバイした。しかし、男性はどこか変だった。妙に挙動不審で、チラチラと私の方を見ているようだった。
「どうしよう。今は一人だよ……」
一時間後にアルバイト仲間が来ることになっている。しかし、今は私一人だけの時間帯だ。もし、男性が窃盗をするようだったら警察に連絡しなければならない。私にそんな大役が務まるだろうか?
ドックン ドックン
心臓が金切り声をあげる。私は男性を監視する。しかし、男性は何も物を盗らずにレジまでやってきて――
「金を出せ。警察には通報するな。怪しい動きをしたら刺す」
――イキナリ私の首元にナイフを突き付けた。一瞬、何が起こったのか理解できなかった。しかし、男の目はギラギラと光っている。これは紛れもない現実だった。夜のアルバイトは眠いから、夢であってほしかった。私はたった今、コンビニ強盗に襲われている。
「ひぃぃぃ……」
怖い……怖い怖い怖い……この首元に突き付けられたナイフがそのまま刺されば、私は死んでしまう。まだちゃんとした恋愛もしていないのに……それなのに死んでしまうのか?
目頭が熱くなり、涙が零れる。私は不幸過ぎるこれまでの人生を振り返って、納得がいかなかった。怖い、悔しい、妬ましい……もう恋愛なんて感情は枯れ果てたと思っていた。でも、やっぱり女の子として生まれた以上、一度はちゃんと恋したかったのだと強く思った。
「グスッ、グスッ」
「泣くな。声を出すな。金を用意しろ」
強盗は無茶な要求ばっかりしてくる。この恐怖を味あわせてやりたい気分だった。
しかし、強盗は初めてこういうことをやったのか、やたらキョロキョロと周囲を見回す。店員は私意外にはいない。しかし、深夜帯で出入りは少ないといえど、お客が入って来る可能性はある。
「は、早くしろっ!」
ガタガタと震える手で私を脅す。私はこの境遇に対して、いつしか恐怖よりも怒りが勝ってきた。何で自分ばかりこんな不幸な目に遭うのか? 自分が一体何をしたというのか?
「動けません」
「は?」
「首元にナイフ突き付けられていたら動けません」
「……いいか、動くなよ」
男は私にナイフを向けながらレジの方に入って来た。
「金を集めろ」
今度は背後からナイフを突き付ける。
その時、外からパトカーの音がした。私は呼んでいないから見回りだ。
男はその音に驚き、私の口を手で塞いだ。
「!」
男の手が私の唇に触れる。
「ぁぅ……」
体が熱を帯び、変身が始まる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
体の急激な変化に応じて息が荒くなる。
男は私の変化に気付き、口を塞いでいる手を放した。
「な、何をしている」
男が強張った声で私に問い掛ける。しかし、私は応えているどころではなかった。
全身がムズムズして、茶色い毛で覆れていく。服の中で変化が起こっているので男はまだ気付かない。
指が太くなり、肉球が生え、爪が鋭く伸びる。鼻先が黒ずみ、顔が前に突き出ていく。
「はぁ……はぁ……ぅぁ……あがあぁぁぁ……はぁ……」
変身過程で涙が出る。体が膨張し、ずんぐりとした体形になっていく。
「な、何だ……」
私の服が盛り上がっていく様子を見て、男は驚愕した。
歯が伸びて鋭い牙になる。耳が小さく丸まり、頭上へと移動する。髪の毛が短くなり、獣毛と同じ長さで色が変わる。服が悲鳴をあげ始める。
「ひゃぅっ!」
お尻の上がコブ状に盛り上がり、可愛らしいしっぽが生えた。
「お、おい……何だ……何をしている? こ、こっちを向け!」
男が私の肩を持つ。私は変身中の敏感な体を触られ、大きくビクッと体を揺らした。一気に獣化が進み、足が肥大化したことで靴下が破れ靴が壊れた。そのまま、男の方に振り返る。
「な……な……」
男はナイフをその場に落とし、恐怖に顔を歪める。
半獣半人状態の私は、男の前でさらに獣化していく。背骨の骨格の変化に合わせて、手を地面に着くと、手は前足に変化した。ムネの膨らみが消え、茶色い獣毛が覆っていく。
「はぁ……はぁ……ガアアアアアアァァァー!!!」
声帯が変わり、動物の鳴き声になった。怖さと怒りと苛立ちと……これまでの人生の様々な思いを振り返り、泣きながら獣化していく。今日は遠慮することはない。思う存分、ケモノになろう。
「う、く、来るなぁ……来るなぁあああぁぁー」
男は情けない声を出す。腰が抜けたみたいでそのまま地面に腰を着き、目に涙を溜めながら私から逃れようとする。
「化物だ……クマに……クマになるなんて……」
男はガクガクと震えている。情けない。私はこんなものに脅され、涙したのか。男ならクマでも何でも立ち向かう強い意志がなければならないと思う。そんなに怯えるのなら、気絶するまで恐がらせてやる。形勢逆転。怒りを通り越した私は好戦的になっていた。
「グルルルル……ガアアアァァァー!」
思いっきり口を開け、男を食べようとする仕種をする。
「やめ……やめろぉぉぉー!」
私は腰が引けている男に近付き、大きくなった前足で仰向けに押し倒した。
「ひぃぃぃ……食べるな……やめろー……」
「ガアァァァー!」
私は男の目の前で思いっきり口を開く。男は泣きながら気絶し、情けないことに失禁した。
「ガゥ……」
私はホッとして息をついた。不覚にも今回は獣化によって助けられた。もし、獣化能力がなかったら、私は脅されたまま金を渡していただろう。しかし、コンビニの服をボロボロにしてしまったのは店長にどう説明したらいいだろうか……
「!」
私はふと店内には監視カメラがあることに気付いた。変身が映っているかもしれない。
ちょうどクマになった私は、これまた店長には申し訳ないが、監視カメラを叩いて壊し回った。男をこのままどうしていいのかわからないので、とりあえず警察を呼ぶことに。しかし、いつ人に戻れるのかわからないので、クマになった私は体を無理やり詰め込んでトイレに立て篭もることにした。間もなく、パトカーの音が聞こえてきた。