水アプリ
そろそろスマホの買い替え時だった。
買ってから3年目にさしかかりバッテリーは劣化。
この夏の暑さで気持ちスマホがちょっと膨らんでいるように見える。
「あぁ~。そうなったらもうヤバいよ。うっかり暑い部屋に放置すると一気に膨らんだり、最悪破裂する事もあるみたい。」
遠距離恋愛中の彼女が通話で忠告してくれる。
なんでも彼女は小2からスマホ持ちで、更には現在の仕事もスマホ大手のショップ店員。
1日のスマホ使用時間の最大は脅威の24時間。
まぁそれは狙ってやったことのようだが、
世の中にある有名なスマホやアプリは一通り触っているのだそうだ。
「そっか。じゃ新しいスマホ買わないとな~。バッテリーがこうなっちゃってると下取りは無理だよね。自宅でwi-fiに繋いでネットとかゲーム専用にするかな~。」
「私の立場からすると処分しちゃった方が良いと思うけどね。危ないし。」
そんな会話があったので休みの日にスマホショップに寄ろうと考えていたのだが仕事が忙しくなり、休日であっても自宅でのんびりしていてスマホを替えることが億劫に。実際、スマホはちょっぴり膨らんでいるだけで、モバイルバッテリーがあれば十分に1日充電が持つのでトラブルには繋がらなかったのだ。スマホを替えること自体がトラブルだと考え始めていた。操作方法が変わってしまったり、メモの一部が引き継がれ無くなったり、スマホゲームの引継ぎという作業もある。アドレス帳の変化もとても怖い。
そうして1か月、スマホを替える事なく過ごした。
夏の暑い日に会社の年の近い男組で海に行く事になった。
俺以外の彼女いない組はナンパに行くのか、行かないか、なんだかもじもじしながら旅立っていったので、俺は一泳ぎする。小さい頃から毎年海に来ているので慣れたものだ。すると、水深2m程のところにスマホが沈んでいる。
「誰かが落として拾えなくなったのかな?」
ささっと潜って取る。そしてそれを持って陸に上がる。電源ボタンを長押ししても電源が入らない。防水じゃない可能性もある。防水であってもバッテリーが切れてるのかもしれない。海の家のようなところに入り、ライフセーバーぽい人に声を掛ける。
「すみませーん。知らないスマホを海中で拾ったんですけど。」
「あぁ。落とし物ですね。ありがとうございます。じゃちょっと事務の方に来て書類を書いてもらえますか?持ち主からお礼を頂けると思いますので。」
「んー。お礼は別にいらないですが、書類は書きますよ。」
歩いて1分程のところにあるプレハブ小屋に入るとそこはエアコンが効いていて涼しかった。中は事務所ぽい感じ。海パン1枚の半裸でいることが恥ずかしい。そこで書類に自身の名前と住所、電話番号、拾った状況を書いていると、
「あぁ~。ダメだこりゃ。これスマホじゃなくてモック品(ショップに置かれているダミースマホ)じゃないかな?充電器差すところが無いわ。」
「あらら。そうでしたか。重さとか画面の感じとかはスマホっぽかったんですけどね。」
「だね。持って帰っていいよ。」
「ははは。夏の思い出になりますね。」
そんな感じでモック品を持ち帰ることになった。同僚達はナンパに全敗。やきそばをやけ食いしていた。
俺はまぁ収穫あったよっと。彼女に話す話題の一つになるしね。
夜の8時頃にアパートに帰りつく。泳ぎ疲れたこともあって即ベッドに飛び込む。明日は仕事が休みなのでこんな時間に寝ちゃっても大丈夫。同僚が食べきれなかったやきそばを俺もまぁまぁ食べさせられたので夕食はいらない。とにかく眠気が…
ヴゥゥゥ~~!!
スマホのバイブの音で目が覚める。辺りは真っ暗。時計を見るとまだ夜中と言える3時過ぎ。たっぷり寝られたようだった。ちょっぴり膨らんだ愛用のスマホを手に取るが、直近に通知は無い。何よりバイブの音が俺の愛用のスマホより音が高くて大きい。別だ。
…もしかして、、、
と思い海に行く時に背負っていたリュックからモック品スマホを取り出してみると、電源が入っていた。
「いやいや、、モック品じゃなかったのか?それより充電が無かったはず…。」
画面を覗き込んでみるとスマホの画面が映し出されている。
日本語表記で操作に難はなかったので設定画面から色々と見てみるが、メーカーは分からなかった。だがスペックは数値だけみると最新のIphoneとそう変わらないようだ。充電は現在15%。とりあえずwi-fiに繋いでみると成功。ネットに繋ぐことは問題なかった。
「それにしてもこれ充電できないだろ。Qi充電限定のモデルとかか?最新のってそうなってんの?」
アドレス帳や通話履歴には何も無し。海に沈んでいたとは思えない程に画面や角に擦れなどの傷は無かった。完全に新品と言っても疑わない。今の愛用のスマホよりも操作性や音、反応は圧倒的に良い。
そして次にいくつか入っているアプリの方を確認していく。
□ウォーターレコード
□水水シート
□クラゲいくぜい
□絶対水没都市
□雨乞い来い恋
癖が凄ぇ!
水に関連したアプリでも集めてたのかな?
まずウォーターレコードを起動してみる。
すると新規登録画面。
「あれ…?前の持ち主はやってない…?アプリを入れただけ?」
他の4つのアプリも起動してみたのだが、いずれも新規の最初のイベントから。
もしかして最新のスマホぽいから、指紋認証でアカウントを分けてるとかが可能なのか?
でもそうするとこのアプリは入っている訳がないし、
謎のメーカーがお勧めのアプリを最初から入れていたのか?
一度ネットでこの5つのふざけた名前のアプリに関して調べてみる。
「うっわ!!えっぐぅ!!超人気のアプリじゃん。」
日本での登録者数はそこまで多くはないが、全世界で言えば億を越える人がやっていてランキングが苛烈に競われているアプリであるようだった。攻略情報なども出回っており、数々の動画投稿サイトにプレイ動画や攻略動画があがっている。
「まぁ安心した。今日は暇だからちょっと2度寝するまでやってみようかな。」
ウォーターレコードは健康アプリ。スマホを持ったまま水分をとると、何をどれだけ飲んだかが不思議機能で分かる。水部門で世界1位の人は1週間で120L飲んでいる。健康を害するんじゃね?青汁部門は…日本人がトップ…。うーん。まずい。
水水シートは写真加工アプリ。写真撮影の際にも用いれるし、既にとった写真の加工にも使える。人の顔や肌を瑞々しく自然な若さに見えるように写すことができる。更には身近な物を撮影して画像を加工すると【水水しい】という独自の評価による点数付けがあり、月間ランキング上位であると賞金が出るらしい。世界一位であっても96.462点。高得点になる条件をまとめたサイトや動画が乱立している。
クラゲいくぜいはクラゲ育生ゲーム。小さい生物や対戦相手の自身より小さいクラゲを食べることで成長していく。1分程の短期決戦のモードや、1時間、1日、1週間、1か月程の長期対戦のモードがある。ペットとして手間をかけたり課金したり、イベントでもらえるアイテムで、笠が豪華になったり、触手が増えたり、電飾が点いたりするらしい。目立ったら食べられるんじゃないですかねぇ…?
絶対水没都市はホラーアクション。絶対都市が水没するんだそうだが、そんな都市から生き延びる。水というよりは人怖。めっちゃ人が裏切ってくる。裏切られて部屋に閉じ込められて水死する。出会う人、出会う人、皆が裏切ってくる感じが非常に快感である。「〇〇!お前もかぁ!(笑)」は動画投稿サイトで誰もが叫ぶネタである。
雨乞い来い恋は何だかよく分からない。雨乞い関連の何かかと思ったら恋愛要素は交ざるし、恋愛がメインかと思ったら花札のゲーム「こいこい」だし、そうかと思ったらまた雨乞いをする。何だかどたばたしたゲームだが、全部ごちゃまぜで何だかんだ面白い。恋愛シミュレーションのようにステータスはある。所持金2800 魅力18 運30 までは分かる。 修羅48 欺騙54 って何だ!通常プレイするとこの2つのステータスばっか高くなるじゃねーか!
ふ・・・
と・・・
気が付くと、すでに夜の22時過ぎ。うわ!!えっと、18時間ぐらい経ってる!水だけはウォーターレコードのために飲んでいたけど、、食わずでずっとアプリをやっていたらしい。これは彼女のことを変な人だと言えない。
「明日仕事だ!やべ。さっさと食べて寝ようっと。…うー、でもゲームやりたいなぁ。」
ふと充電の事を思い出して水アプリの入ったスマホを見てみるとなぜか38%になっており充電されていた。
その日からしばらくはスマホ2台持ちをしていたが、ネットに繋がないと水アプリ5種のランキングに参加できない不便さから、その新しいスマホにデータ移行を済ませた。古いスマホは自宅でwi-fiに繋ぎ水アプリの攻略のためのサイト・動画閲覧専用にした。充電問題はよく分からないが、100%の状態をすでに1週間以上キープできていて、使用にも何の問題はない。
集中力が落ち仕事にも若干弊害は出てはいたが、利点が上回っていた。スマホ内のネット口座にはすでにここ1か月で80万円ほどの金額が振り込まれている。日間ランキングや週間ランキングでちょこちょこと上位に食い込めているからだ。月間ランキングなどになると賞金が額も上がる。うまくやればそれだけで食べて行けるのではないかと思える程だ。
「お前ここ最近でまぁまぁ痩せたなー。水ばっか飲んでるからじゃないか?」
「はは。ちょっとアプリで水ばっか飲むハメになってな。健康アプリだけどな。」
「え??どういうこと?」
彼女との通話の時間も惜しい程に空き時間はアプリをしていたが、wi-fiに繋いでいるちょっと膨らんだ旧スマホでLIИE通話でいいじゃんとスピーカーで通話を開始する。
「おっつー。通話は久しぶりだね。」
「うん。実はさ~、スマホを替えてね!」
「あ、そうなんだ!おめでとう。どんな機種にしたかをスマホ師匠に言ってみな。」
「それがさ。機種が分かんないの。」
「え?何それ。」
新スマホの設定画面からスクショをして、彼女のLIИEに画像を送る。
「あ、え、うわ。こんな画面初めて見た。確かにメーカー分からないね。え!スペック凄っ!」
「でしょ?」
「なんか、マフィアとか軍が使ってる独自開発の最新機種とかじゃない?どこで買ったの?」
「いや、海で拾って、、」
「wwwwうける!!!」
「充電も凄いんだよ。これ。」
「何?早いの?そもそもタイプC?ライトニング?」
「いや、ケーブルすらいらない。」
「充電できないじゃん。Qi?」
「いや。分からないんだけど充電減らないのよ。」
「まさかの永久機関?」
「ここ1カ月程毎日めっちゃ使ってるけど充電100%!元気いっぱい。」
「うーん、聞いた事無い。でも良いよね。近々そういう商品が出回りそうで。」
「スマホ師匠に褒められて嬉しいっす。」
「私は分からなくてなんか悔しい!」
「でさぁアプリも面白くてね。」
彼女と久しぶりに長く通話をする傍らでもう一つのスマホでアプリを進める。彼女でもスマホのメーカーが判明せず、充電の仕様は聞いた事がないようだった。アプリはさすがに有名だから知っているだろうと思っていたが、5つの内1つも知らなかった。すぐダウンロードしてやってみるねと言っていたがどうも検索しても見つからないらしい。
「うーん、、そのアプリ見つからないけどなぁ。」
「おかしいね。海外じゃないとダウンロードできないとかなのかなぁ。」
「さすがにそんな事は無いと思うけど。…ところで、部屋に誰かいる?」
「え?誰もいないよ。…あ~。新しい方のスマホでゲームやってるからその音かな?」
「いや、その音は聞こえないから違うと思うんだけど、ずっと
タン タン タン
って、水滴がシンクに落ちてるみたいな音が聞こえてるんだ。気になっちゃって。」
「……………。いや、そんな音はこっちでは聞こえてこないけど?」
「ん。まぁ気のせいかな?いいな~。新しいスマホ。私も買い換えた~い。」
彼女からめぼしい情報は無かったが、普段はスマホでマウントをとられている彼女に少し上から話が出来て気分が良かった。
3か月後
「お前ちょっと痩せすぎじゃないか?健康アプリで水を飲んでるんだっけ?もう辞めとけ辞めとけ!」
同僚からそのように指摘されて自身を鏡で見てみた。そんなに痩せているだろうか?むしろ健康的でスマート。瑞々しい肌をしているように見える。女にもてないからってひがんでいるのか?
しばらくして会社は辞めた。
もうアプリによる賞金でスマホの中のネット口座には600万円ほどが振り込まれている。好きな事をしてお金が得られるというのがこれほどまでに幸せだとは思わなかった。常に口の端があがる。ニヤニヤが止まらない。人生で一番幸せであると感じている。彼女への連絡もずっとしていない。
そろそろ賞金の600万円を通常の口座に移しておこう。
何度やってもネットの口座から、通常の銀行口座に移すことができない。
ま、、まさか
詐欺…
いや、お金を騙し取られた訳ではない。詐欺には当たらないだろうが悪質が過ぎる。そこで彼女からこの3か月連絡が来ていないことに思い至る。俺はアプリに夢中で彼女への連絡の時間が惜しいとこちらから連絡をしていなかったが、もしかして彼女もこのアプリにのめり込んでいるのかも知れない。彼女へ警告をするために、ちょっと膨らんだ旧スマホのところへ行こうとしたが体が動かない。
え…?
おそらく極度の栄養失調により動かないのだが、俺はその事に気づかない。そばにある2Lのペットボトルの水を何とか引き寄せゴクゴクと飲んだのだが、
そこで力尽き死んだ。
男性が事切れると同時に誰もいない部屋。スマホから声がする。
「ふぅ。ようやく世に出て来れたな。ちくしょう。℄☬Ψめっ!儂の苦手とする海に封印しやがって。まぁ、この生き物をモック品としたため随分と早く復活できた。更にいんたぁねっととやらに接続できたおかげで随分とこの世の今の状況が知れたな。大勢がこのすまほとやらを持っているのならば精気を吸うのはたやすいな。さすがに℄☬Ψはもう生きてはいないだろう。どれどれ…。」
1800年前に封印されていた魔人が復活した。
その日から、世界中一斉にスマホ広告に水アプリ5種が流れ始める。養分となった男性にみせていたランキングや賞金はダミーで実際には存在しない。画面上のただのデータであり、対人だと思っていたゲームも実際は偽りであった。
スマホを持つ人達は多言語対応の水のアプリにのめり込む。どこの地域に住む人にとっても水は不可欠な存在。5つの大陸の全てに5つのアプリは急速に広まり、皆が笑顔に。中毒に。ガリガリになっていった。
そして亡くなった人のスマホは充電が100%。
画面は明滅し、
「おめでとう!あなたの努力のおかげで世界は一つに近づきました!」
と表示されていた。
世界は魔人の手によって間もなく堕ちようかとしていた。
………
ここは文明の利器が及ばないオセアニアの島国の一つ。
そこで一人の色黒で長髪の少年が砂浜を歩きながら海を見ていたところ、
うっすらと光るものを発見。
躊躇う事無く海に入り泳ぎ向かう。
そして水深2m程のところで四角くて光る物体を発見したので拾い上げる。
この島には電気が無いので無機質に光るものは珍しい。
それは少年がかつて見た事が無いもの。
少し古く使用感はあるものの、
陽の光に濡れた画面が反射し、キラキラと光っている。
「かっけー!!!」
画面の端には充電が1%と表示されており、
それは少し膨らんだスマートフォンなのであった。