VII. ”患者”? ”仲間”? Our patient? or friend? That is the question.
〇柊俊介・感染経路に関する分析メモ(非公式)
南雲看護師、PPE完全遵守。だが感染。
発症までの時間:22分。潜伏期短すぎ。
呼吸器症状なし。嗅覚過敏、幻覚、躁状態。
粘膜接触の経路以外に、フェロモン様物質? 中枢神経に直接作用?
俊介は、病院のカンファレンス室で呟いた。
「これは“空気感染”じゃない。吸入性神経毒か、それに近いウイルス性因子……通常の感染防御では防げない類のものだ」
〇VR空間:満の意見
俊介はVRブースに入り、弟・満のアバターと接続する。重度ALSで寝たきりの満は、白衣姿のアバターで静かに立っていた。
「兄さん、感染の経路だけど......あれはもうPPEとか噛まれたとかの問題じゃない」
「じゃあ、どうやって感染してる? 空気?飛沫?接触も当然あるんじゃないか?」
「問題はそこじゃない。さっきもいったけど、多分嗅球経由なんだ。鼻粘膜を介して脳に直行してる。ウイルス粒子じゃなくて“中枢親和性タンパク”が先行して作用してる可能性が高いんじゃないかなあ。ウイルスは後から入ってきて、前頭前野をやる。だから理性が、抑制のたがが外れてしまう。急激に重症のPickみたいになるんだ」
俊介は唇を噛んだ。
「予防できないのか……?」
「理屈ではできる。嗅覚遮断、抗神経侵入剤、人工フィルター.....とか?でも現場で間に合うかは別の話だ」
トリアージカンファレンス(病棟内 非公式議論)
感染看護師・南雲をめぐって、深夜の会議が開かれる。
葛城主任看護師「今ならまだ軽症。隔離で済むかも」
内科 若井医師「でも、すでに言動が異常です。発症者と同じ経過を辿ってます」
精神科 石橋医師「本人の同意が取れるうちに判断すべき。病識のある今だからこそ、処遇を決められる」
祐は拳を握り締めていた。
「みんな、言いたいことはわかる。けど、私たちは“患者”としてあの子を診るのか、それとも“仲間”として守るのか……」
沈黙。
俊介の声が割って入る。
「……両方、やるしかない。医療者としての倫理と、現実との折り合いをつけるんだ」
香坂祐の独白
私が看護師になったのは、人を癒やす側に立ちたかったから。
でも俊介と出会ってから、私は“戦う側”にもならなきゃいけないと知った。
あの人はいつも現場にいた。患者に殴られても、夜中にナースコールを鳴らされ続けても、絶対に逃げなかった。
私がどれだけ防護しても、どれだけ書類を揃えても、あの人の現場には届かない。
でも、だからこそ、私は後ろから彼を守りたかった。
恋人としてじゃない。
同じ現場を背負う“同志”として。
南雲の手を縛る自分の指が震えているのを、祐は見ないふりをした。
「しっかりしなさい……看護師長なんでしょ……」
その声は、誰に向けたものでもなく、自分に向けた最後の砦だった。
香坂祐、37歳。看護師長として初めて、仲間を“患者”として隔離する決断を下した瞬間だった。