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Silent rage  潜伏   作者: しゅんたろう
4/20

IV.制圧へ Infection Control ? or Fight against Zombies?

  

西病棟302号室


俊介はフェイスシールドを下げ、PPEの最後のバックルを締めると、静かにドアの前に立った。看護師が小さくうなずく。扉の向こうでは、ベッドの金属フレームを殴る金属音が、まるで鉄琴のように反響していた。


「ロック解除。入ります」


電子錠がカチリと鳴り、俊介はゆっくりとドアを開いた。


漂ってきたのは、汗と血と、鉄さびのような匂い。室内の空気は重く、酸素濃度がやや低い。


そこにいたのは、かつて「患者」と呼ばれていた存在。


筋張った腕には点滴のルートが引きちぎられた痕があり、口元には乾いた唾液と血がこびりついていた。満が言ったように、まさにホラー映画で見た”生きている”zombieかGhoulとういのが表現として適当に思えた。


瞳孔は異様に開き、焦点は合っていない。そのまま、俊介の姿を認識した瞬間――


「オオオアアアアアアァァァ!!」


獣のような咆哮とともに突進してきた。まだ知性が多少あるようだ。我々が敵に見えているのであろう。

俊介は冷静に半歩後退し、電動式のスタンガンを前に突き出す。

バチンッという音と閃光。

患者の体が一瞬ビクンと震えたが、止まらない。痛みを感じていないのか、筋肉が暴走しているのか――


「ダメか、通常出力じゃ……!」


俊介は腰から折りたたみ警棒を抜き、咄嗟に肘関節へとスナップを効かせて一撃を入れた。

骨がきしむ手応え。だが相手は呻きもせず、そのまま彼に組みつこうとする。まるで痛みを感じていないかのように。


「……ッ!!」


床に倒れ込むようにして避け、患者の足を払う。患者はバランスを崩し、ベッド脇の床に倒れ込んだ。

しかし、俊介の右腕に爪がかかった。


「——咬むなよ、絶対に」


自らの腕を差し出さないよう、体を捻る。PPEのスリーブが裂けた。


「先生ッ!」


防護服姿の若い看護師が声をあげ、転送型ワゴンに載せられていた麻酔スプレーを放り投げた。


俊介は片手でそれをキャッチすると、倒れた患者の鼻腔に一瞬だけ隙を突いて噴霧する。


——シューッ。


数秒後、ついに患者の全身が弛緩し、うめくように崩れ落ちた。



荒く呼吸をする俊介。その額には冷や汗が滲んでいた。


「ちょっと見てくれ……咬まれてないか?」


「大丈夫です。スリーブだけです。皮膚は無事」


看護師がスキャンセンサーを当てて確認し、胸を撫でおろした。


その場にいた全員が沈黙する中、俊介は静かに言った。


「……いまのあれ、“患者”って呼んでいいのかな」


「ゾンビ.......みたいでしたよね」


室内のセンサーが再度赤く点滅し、警報音が短く鳴った。

微細な飛沫によるウイルス濃度の上昇を示していた。


俊介はつぶやいた。


「間違いない。これはもう、治療じゃない。——戦いだ」


そして、無線機のスイッチを入れる。


「こちら神経内科・柊。302号室、対象制圧。ただちにレベル4の隔離対応を要請。これより、弟とウイルスの挙動確認に入る」


その声は静かだったが、明らかに何かの“臨界”が近づいていることを、誰もが感じていた。



患者は暴れていた。看護師に咬みつき、ベッドの金属フレームを殴っていた。


「柊先生! このままだと他の患者が!」


俊介は冷静に視線を送った。呼気に含まれるウイルス濃度を測る簡易センサーが、赤く点滅している。


「暴力行為だけなら拘束だが……この数値、感染性が高すぎる。完全隔離対象だ。病棟のzoningを頼む!」


後方からfull PPE (Personal Protective Equipment個人用防護具)の感染症看護師がつぶやいた。


「この人、満先生のいってた、あれに感染したのでしょうか?」


俊介は頷いた。

弟・柊満――ALSで体を動かせないが、天才的な頭脳と研究ネットワークを駆使し、自宅のVRブースからウイルス解析を続けている。満は予見していた。NRV-7には脳を狙う変異体があると。


VRブース内での満との会話が蘇る。


「兄さん、来たか……やっぱり始まったな。嗅神経経由で扁桃体に到達してる」


「これが、あの“神経型NRV-7”か?」


「治療法は……」


「あるとすれば、抗ウイルス薬じゃない。中枢移行阻止剤と免疫反応の調整だ。それと、兄さん。もうひとつ言っとく。


「”あれ”、もう人間じゃないから。“まだ自分を保ってる”うちに自死を選ぶ方が、誠実な選択になるかもしれない.........と、僕は思うのだけど........」


俊介は目を閉じた。弟がそんなことを言うなんて――いや、だからこそ現実なのだ。


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