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Silent rage  潜伏   作者: しゅんたろう
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II.緊急カンファレンス Emergency conference



緊急カンファレンス(AI補助デバイス・MedScope使用ログより/ネット回線経由で柊満が参加)


参加者:柊俊介(神経内科)、柊満(感染症科・遠隔接続)、高槻(精神科)、AI診断支援端末“MedScope Mk4”


俊介:「仮にこれがウイルスが原因として既知の病原体でこんな症状を急速に発症するのなんて、これまで臨床でも、論文でも見たことないよ。

満、ひょっとしていつか言っていた、例のウイルスって可能性はないか?」


満(VRアバター):「……まだNRV-7って断定するのは早いよ、俊介。いくつかの症例が一致してるようには見えるけど、現場の記録だけでは情報が足りない。攻撃性が出る感染症ってだけなら、他にも候補はある」


俊介:「例えば?」


MedScope Mk4(女性的音声):「診断補助:参考例として以下の疾患・病原体が該当。


狂犬病ウイルス:神経親和性、終末期に暴力性出現。


Toxoplasma gondii:げっ歯類に対し恐怖心の抑制行動。


LSD/アンフェタミン過剰:幻覚・衝動制御障害・攻撃行動。


プリオン病:発症は遅発性だが、前頭葉異常による性格変化。


古代パレオウイルス(復元例あり):免疫応答未経験株における中枢侵襲性確認例、2件。」


高槻:「Toxo……確かに脳内で恐怖制御に介入する寄生虫だったな。あれと似た“回路ジャック”が起きている可能性はある」


満:「でも、Toxoplasmaの発症スピードじゃ、ここまで急性には出ない。プリオン病も年単位。狂犬病やLSD中毒は説明の一端にはなるけど、これだけの感染力と集団発症の説明にはならない」


俊介:「じゃあ、パレオウイルス……? 過去の何かが“解凍された”可能性を考えるべきかもしれない」


満:「……それは実際、否定できない。僕がスクリプス研究所に客員でいたとき、冷凍ウイルスの復元実験の一環でNRV系列の原始株を使ったんだ。元々は脳腫瘍に対する遺伝子治療用のベクターとして設計されたRNAウイルスだった。でも変異性が高くてね。実験中に変異株をネズミへ感染させたら、数週間後に神経症状が出て、一部は攻撃性が強くなった。今回の症例と——あの挙動が重なる部分がある」


俊介:「そのNRV系列……コウモリから実験動物へ、さらに人間へ伝播した可能性は?」


満:「あり得る。少なくとも、あのベクターが逸脱して環境中に出ていたとしたら。感染初期は無症状、あるいは風邪様の軽症だけど、数週間後に神経侵襲型へ進行する。今回の発症状況と一致する」


俊介:「スクリプスで? それを今まで黙ってたのか?」


満:「兄さんあの時はあんまり興味なさそうだったし.....まだ“確定”じゃないからだよ。医者として、希望的観測で動いちゃいけない。でも……気味が悪いほど似てる」


MedScope Mk4:「補足:NRV-7は既存分類に一致せず。ゲノム配列に“既知のウイルス科に類似しない領域”複数確認。再評価推奨」


俊介:「つまり——“新種”であり、“分類外”。それなのにもう都市単位で感染拡大してる可能性がある。これをパンデミックと呼ばずして何と呼ぶ?」


高槻:「とにかく普通経験する脳炎でも、こんな急性の精神症状はやっぱり普通じゃないだろ。易怒性、幻聴、幻覚、自傷、他傷。他の患者にも、同じような症状が3人目……しかも全員、嗅覚過敏を訴えている。嗅覚を経路にしてるとしたら、これ……かなりヤバいぞ」


アバター

「……兄さん。言いづらいが、僕の知ってる“NRV原始株”の中に、嗅神経親和性の変異型があった。Sタンパクの第三ドメインに特異な変異が入っていて、嗅球から扁桃体、海馬、さらに前頭葉へと中枢侵襲するんだ。

しかも——感染初期には発熱も目立たず、数日から数週間かけて徐々に『社会性の抑制』が壊れていく。咳やくしゃみじゃなく、“呼気全体”にウイルス粒子が乗るような構造だった」


俊介:「……そんなの、まるで人間の理性を溶かす生物兵器じゃないか」


満:「original のNRV系列の原始株はそうじゃなかった。でも、あれが環境中に出て、変異を重ねたなら……もう“治療薬”じゃ追いつかないかもしれない。

兄さん、もしそれが“例の型”なら、発症者は数時間のうちに他人を識別できなくなる。“自分じゃなくなる”前に、どう動くかが生死を分ける」


その瞬間、院内放送が鳴り響いた。


「“Code Black”、”Code Black”。西病棟3階、302号室より離棟者発生。職員は接近を避け、警備員および最寄り病棟のドクターの指示に従ってください。」


俊介は息を止めた。302号室――まさにさきほどの患者だ。


「……来たか」


俊介は白衣を脱ぎ、ロッカーから機動隊のようなインナーアーマーを装着し始めた。警棒とスタンガンを腰に装備する姿を、感染症内科医が一瞬、呆気にとられたように見る。


「柊先生、それ……」

「備えだよ。弟の病気で、石橋は叩きすぎるくらい叩くようになったんだ」


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