発芽
開いて下さりありがとうございます!
短編「私の10年を返していただきます」の付随作品です。短編の方を先に読んでいただければ、より楽しく読んでいただけると思います。
進級式、生徒会役員にリリーフィアの名前は載った。
「カイン様に聞いてからまた返事してもよろしいでしょうか」
そう言って不安げだったリリーフィアだったが、
「ドルファン嬢から返事を貰えたならもう大丈夫です。あとは僕達で何とかするので」
全て任せろというテオドールとアメリアに一任し、カインとは顔を合わせないまま進級式に向かった。
謎の説得力がある2人の意見に思わず任せてしまったが、カインと顔を合わせた時のことを思うと、寮から出ようとした足がすくんだ。
既に配られたクラス割りでは、カインと別のクラスだったものの同じ学園に通っていれば自然と顔を合わせる機会はあり、呼び出されれば話すしかない。
また怒られることを想像すると足は震え、ドアノブにかけていた手は震え出す。
あの2人なら本当に何とかしてくれる、カインだとしてもあの2人なら大丈夫……そう自分に言い聞かせ、再びドアノブに手をかけた。その時
「アメリア・ヘルベードです。一緒に登校いたしませんか?」
扉を叩く音と、アメリアの声がした。
悩んでいる暇なくリリーフィアが扉を開けると、
「おはようございます、ドルファン様。いえ……今日から生徒会であり同じクラスなのですからリリーフィア様とお呼びしても?」
背後に華やかな花を舞わせた彼女が立っていた。
アメリアの問いかけにリリーフィアは咄嗟に頷くと、手を引かれるように校舎へと向かった。
校舎に着くまで、今まで感じたことの無い視線が背中を刺した。敬慕や恋情が入り交じり過ぎて、何となく居心地が悪い。
(ヘルベード様は気持ち悪くないのかしら……)
リリーフィアが目線を彼女へ向けると、そこには何事も無いように颯爽と歩くアメリアがいた。
背筋は凛と伸び、視線はまっすぐ前を向いている。1歩歩く度に揺れる赤毛は毛先でふわふわと舞い、指先に至るまで品が抜けていない。
(かっこいい……)
思わず惚けてしまったリリーフィアの視線に気がついたアメリアは、どうしたの?と言わんばかりの笑みを返した。
「アメリア様はどうしていつも凛としてかっこいいのか……その、知りたくて」
一瞬驚いたように目を開いた彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「私には信念があります。きっとその軸があるから……でしょうか」
「軸、ですか?」
「はい。私は名家ヘルベード公爵家の娘であり、それはどこにいても付きまとってくる戦友です。その戦友を、先代が積み重ねてきた栄光を……背負う立場にあるその私が、滑稽な行いをしたら傷がつく。それだけはしたくありません」
その横顔は、ただ品のある淑女には見えなかった。アメリアが凛と向く視線の遥か先、そこにはヘルベード公爵家が繁栄する未来がある。
アメリアの背負う覚悟が背中を伸ばさせているのだと、リリーフィアは理解した。
「これでも一応、お父様の事はもちろん。先代の事も尊敬しているのですよ」
リリーフィアと目を合わせ、微笑む彼女はやはり非の打ち所のないただの淑女で、決してそんな軸があるようには見えない。
テオドールが話していた”己の武器”の意味を理解できた気がした。武器というものはただ単純に個人が持っている能力だけでなく、アメリアのようにブレない軸も”己の武器”と、言うのではないか、と。
そして、さらけ出すだけが武器の役割では無い。
何も持っていないかの様に懐へ隠し、いざと言う時まで機会を伺う。悟られない事こそ、武器が最高に発揮出来る場ではないのだろうか。
「私も……成れるのでしょうか。アメリア様の様なかっこいい令嬢に」
「私に成ろうとせずとも、リリーフィア様はきっと自分の軸を見つけられますわ。リリーフィア様の良さを私が持ち合わせていないように、貴方らしい軸を見つけてはいかがでしょうか」
(私は何度、この人に感化されるのだろう……)
『俺はお前の為に言ってるんだ。言うことを聞いていればいい』
そう、カインから言われ続けそれが正解だとずっと思っていた。しかし、アメリアは成ろうとするなと言う。
まだどちらが正解なのか分からないが、リリーフィアの中でどちらが正しいのか、薄らと見えてきた気がした。
リリーフィアは丸まっていた背筋を伸ばし、少しだけ視線を上げた。たったそれだけの変化なのにも関わらず、いつもより視界が広くなった気がする。
足元を見ていた頃とは違って、不思議と世界が輝いているように感じた。
「あ、おはよう。君達も登校時間かい?」
視線を上げて間もなく、校舎へ入って直ぐに通路を歩くテオドールと目が合った。
「ウィリアム様。おはようございます。お早いですね」
「お、おはようございます」
3冊程、ファイルを持ったテオドールは職員室がある方へ向かっていた。
「僕はこれからある進級式で挨拶をしないといけないからね。君達も名前を呼ばれるだろうから、進級式が始まる30分前にホールへ来ておいてくれ」
「かしこまりました」
「はい」
それだけ話すと、テオドールは直ぐに職員室の方角へ向かった。
後ろから見たらただのお優しい王太子であり、立場的に悠々自適に過ごしているように見えなくもない。今までは考えた事も無かったが、ふと思ってしまった。
「あの方はどれ程のものを背負っているのかしら……」
同年代とは思えない懐の深さと、棘のない親しみやすさ。
それを齢17歳で自分のものに出来る程、彼がどれだけ努力したのか、と。
それを一言で”才能”と言いたくはなかった。才能の一言でその人が行ってきた努力を踏みにじってしまうような気がしたからだ。
「アメリア様……私、頑張りたいです。ウィリアム様は私を努力家だとおっしゃってくださいましたが、私にはウィリアム様こそが努力の方に見えます。私も生徒会メンバーとしてウィリアム様を支えられる人間に成る為、この学園を支え為にも頑張ります」
まだ不器用な笑みだったが、アメリアにはそれが輝いて見えた。
(ウィリアム様のあの余裕な雰囲気を努力の人だと思える事が、リリーフィア様の持っている武器だと早く気が付いてほしいものです)
アメリアはそんなリリーフィアを見守るように微笑むと、
「そうですね。私も尽力いたします」
そう言って、2人は教室へ急いだ。
10話程度で完結予定です。
次話は
リリーフィアの感情の変化についてのお話です。
お時間がありましたら
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