土の中で芽を
開いて下さりありがとうございます!
短編「私の10年を返していただきます」の付随作品です。短編の方を先に読んでいただければ、より楽しく読んでいただけると思います。
長い1年が終わった。冬季休暇が終えれば入学式が執り行われ、また春が来る。
長期休暇では生徒の9割が帰省するが、家に帰っても家族と呼べる肉親は居ないことが確約されているリリーフィアは帰省せず、寮に留まる事にした。
起きていたらまた頭の中は罪悪感でいっぱいになり、いても立ってもいられなくなる。起きている間は机に向かい、何も考えないようにした。
中期考査以降、リリーフィアの点数は大幅に下がった。下がった……というよりも、そう仕向けたという方がしっくりくる。
間違いを書くにも、どうやって間違えればいいのか分からなかった彼女は点数が全て50点になるよう空白をわざと作り、全教科50点を維持。
最初の頃は教師をからかっているのかと叱られる事もあったが、黙るリリーフィアに愛想をつかしたのか、教師陣は何も言わなくなって言った。
(頭の良くない私は先生からしても要らない子なのかしら……)
ペンを止めると、そんな事が頭の中を占領してくる。リリーフィアは頭を勢いよく左右に降ると、机にかじりついた。
冬季休暇が始まって1週間後、校内アナウンスが流れた。
『リリーフィア・ドルファン様、生徒会室へお越しください』
生徒の大半が帰省したこんな変な時期に流れたアナウンスに呼ばれた気がしたが、リリーフィアは聞き間違いだと思い込む事にした。
しかし、繰り返されたアナウンスは確かにハッキリと”リリーフィア・ドルファン”と呼んでいる。
リリーフィアは諦め、生徒会室へと向かった。
成績が落ちたことを咎められるのだろうか、知らない間に迷惑を誰かにかけていたのだろうか……何か呼ばれるような事を成し遂げた覚えはないが、呼び出される悪行ならば数個数えられる。
しかし呼び出されるのが教員達のいる部屋でなく、なぜ生徒会室なのかが疑問だ。
現生徒会メンバーは3年生で構成され、卒業と同時に解散。新しい生徒会メンバーは好成績者や適正のある生徒が選ばれるはずであり、それは1年の後期には通達があるらしい。
そんな通達は愚か、1年の中期から成績不振で呼び出された覚えしかない自分が生徒会メンバーになれることは有り得ないのだ。
リリーフィアは生徒会室の前で深呼吸をすると、
「遅れてしまい申し訳ありません。リリーフィア・ドルファンです」
扉を叩いた。
「どうぞ」
聞き覚えのある柔らかい声色が扉の奥から聞こえてきた。
「久しぶりです、ドルファン嬢。2年生徒会長候補テオドール・ロア・ウィリアムと申します」
「生徒会副会長候補、アメリア・ヘルベードと申します。突然のお呼び出しに応えていただき、ありがとうございます」
そこには冬季休暇に入る少し前に話したテオドールが生徒会長の椅子へ座っていた。その隣には公爵家の息女であり、淑女と名高いアメリアが立っている。
(……終わった)
リリーフィアは瞬時にそう思った。何か呼び出される様な事に覚えは無いが、この2人に呼び出される程の事を知らずうちにやってしまったのだろう。
リリーフィアが頭を下げようと微かに動いた時、先に口を開いたのはテオドールだった。
「呼び出したのは他でもない、生徒会推薦枠を使って、君には生徒会会計になってほしいのです」
「……え?」
にこやかなテオドールの前、リリーフィアは呆気に取られた。生徒会長の暴走を止める立場であるアメリアまでもが淑やかな笑みを浮かべ、止める素振りない。
何故だと言わんばかりの視線を向けるリリーフィアにテオドールが
「ドルファン嬢のテスト結果を見せてもらったんです。君は理論に基づいての発想力が飛び抜けてい、ーーー」
そう言いかけた時、リリーフィアは言葉を遮った。
「わ、私にはそんな才能ありません。足手まといになるだけです。それに、テストに関しても私より素晴らしい才能をもった方はたくさんいます」
(お父様やお兄様はもちろん、私よりも優れた方なんて本当にたくさん)
俯いたリリーフィアにテオドールは優しげに微笑んだ。
「確かにドルファン嬢が言うように君は大バカ者だ」
「なら……」
「自己主張が出来ない者はこの社会で生きていく事を捨てているということだ。せっかく武器があるのにも関わらず、それを突きつけないなど愚の骨頂。だから君は理解した方がいい。ドルファン嬢の素晴らしい能力はその優しさだと」
「え……?」
リリーフィアが咄嗟に頭を上げた先、そこには得意げに笑うテオドールがいた。
「確かに発想力が優れた方ならたくさんいるかもしれません。しかし……自分の命を顧みず、子猫を助けるような心優しい発想力に優れた方はどこを探しても貴方しかいません。才能なんてない、努力家で心優しいリリーフィア・ドルファンが生徒会には欲しいんですよ」
子猫を助けたのをなぜ知っているのか、ほぼ初対面の人をここまでなぜ断言できるのか……聞きたいことは山ほどあった。しかし今はーーー
『リリーフィア様、こんな時間まで本を読むのですか?それも論理的な……こんな難しい本を』
『うん!早く読んで追いつきたいの!』
『あれだけやっても当主様や兄であるローレン様の足元にも追いつけないなんて。才能のない方って大変なのね』
『遂に弟にも抜かれたわね。無能は何をしても生きている意味が見つけ出せないみたい』
『本当にお前は生きている価値が無いな』
今まで貶されてきた行いを、”努力”と名前を付けてくれた事、才能の無い自分を認めてくれた事が何よりも嬉しい。
心に張り付いていた氷がゆっくり溶けていく。
リリーフィアは蹲り、大粒の涙を流した。声にならない声が喉から溢れ出して止まらない。
心配する2人の声が聞こえないほど、暫く動揺したまま動く事が出来なかった。
───私は今日、太陽に顔を向けて歩き出せた。
10話程度で完結予定です。
次話は
リリーフィアが前を向くお話です。
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