種を埋める
開いて下さりありがとうございます
入学して半年が経った。
男子は球技大会、女子はダンス大会が行われ、球技大会で目立ったカインは女子生徒の注目の的となっていた。
女子のダンス大会は婚約者がいるならば婚約者にエスコートを頼む事になっている。体調不良でない限り女子生徒は強制参加となり、リリーフィアは開催される1ヶ月前、昼食に行こうとするカインを呼び止めた。
「あ、あの……カイン様。お時間よろしいですか?」
「……リリーフィアか」
なんだお前かとでも言いたげな、トーンの低い声でカインは彼女の名前を呼んだ。
暇なところを狙おうと廊下で棒立ちのところに声をかけたが、どうやら待ち人がいたらしい。
「来月の、ーーー」
「カイン様ぁ〜!お待たせいたしました〜!」
リリーフィアはカインの顔色をうかがうようにしておずおずと会話を切り出したが、甲高い声はその声を遮った。
カインの顔色が一瞬マズいと言わんばかりに歪み、この声の方との関係をリリーフィアは何となく感じ取る。
振り返ると、桃色の髪をサイドで結った可憐なご令嬢がカインの方へ向かってきていた。
彼女はリリーフィアがいる事などお構い無しにカインの腕に抱き着くと、甘えるような口調で
「お腹空きました!もう朝から楽しみにしてたんですよ?あ、お昼じゃないですからね。カイン様と会うの、です!」
カインに目線のみを向け、へへっと笑を零した。
浮気ですか?私とは昼を一度も食べたことがないのに、この方とはお食べになられるのですか?
リリーフィアの胸は張り裂けんばかりに、ズキンと酷く傷んだ。
婚約者が目の前にいるのにも関わらず腕を組む行為は普通なら言語道断。婚約者から殴られてもおかしくは無い。
しかし、既に嫌われているのに関わらずこれ以上嫌われてしまったらいても立っても居られなくなる。
都合のいい婚約者でいること……それがカインと一緒に居られる最善だとリリーフィアは理解していた。
「仲がよろしいのですね。私にはそういったご友人がおりませんので羨ましいですわ」
何も感じていないように微笑み、本音をグッと抑えて馬鹿なフリをする。慣れてしまった自分が些か悲しいが、その気持ちを押さえ込みながら唇を気付かれないように噛んだ。
すると、カインは呆気にとられたような顔をした後、リリーフィアを小馬鹿にするような笑を零すと
「あぁ友人なんだ。お前とは違って俺は社交性があるからな」
そう言って彼女の肩を抱いた。
2人の視線は交じり、どう見ても友人同士には見えない甘い雰囲気が漂うが、”何も分からないリリーフィア”を演じて微笑む。
「でも婚約者様がいらっしゃるならお昼は延期にした方がいいですわ。カイン様、また明日お会いいたしましょう?」
婚約者の前という自覚があって浮気と十分解釈できる行動をしていたのだと分ってからでは遅かった。
彼女がカインの腕を離し、どこかともなく走り去ると、カインは酷い形相でリリーフィアを睨みつけてきた。
その眼差しは婚約者に向けるようなものでもなければ、友人に向けるものでも無い。ただ憎い相手に向ける、歪んだものだ。
(しまった……)
そう思った時には遅く
「話し合おうか、リリーフィア」
低く唸るような声を出しているとは思えない、爽やかな笑顔でカインはリリーフィアを空き教室へと連れて行った。
やばいやってしまった……リリーフィアの頭の中は真っ白になり、その言葉だけが頭の中で渦を巻く。心臓はドクンドクンと嫌な音をたて、気分が歩く度に悪くなっていく感覚はリリーフィアを襲った。
───パタン
空き教室の扉がカインの手で閉められ、閉められたのと同時、カインの表情は爽やかさなど微塵も感じさせない怒りで歪んだ表情に変わっていった。
背筋が凍る感覚で手が震える。
リリーフィアは深く頭を下げ
「申し訳ありません」
と、体を小さく丸めた。
「あの令嬢は伯爵家の娘だったんだぞ?友人になったら商談も舞い込んできたかもしれなかった!お前はそれを無駄にしたんだ分かるか!?」
(友人……?商談……?)
「俺はお前の友好関係を広げてやろうと、昼は別にしてやっているんだ。気を使ってる俺の商談相手をお前は潰したんだぞ?分かるか?」
(カイン様は私の為に……?)
「来月の……って言いかけたって事はダンス大会のエスコートだろう?お前が考えてる事なんて俺は予想できるんだ。何も出来ない、気も使えないお前に俺が劣ると思うのか?」
(私がしていたのは全部、自分勝手な理由だったの……?)
カインの一言一言で気持ちが沈んでいくのが分かる。しかし、沈んでいるのも、カインが怒っているのも、自分が無神経な行動を取っていたからだと思うと苦しくなった。
私なんかが、ドルファン伯爵家の落ちこぼれ何かが、浮気を疑うだけでなく、商談相手との関係を壊したと……本気で思ったからだ。
しかし
「申しわ、ーーー」
心の底から謝ろうとしたその刹那、鈍い頬の痛みが身体中に響いた。あまりの痛さに頬を抑え、状況を理解することに努める。
「聞いているのか!?」
カインの怒り狂う声と、振り上げられている腕……カインに殴られたと理解するのに少し間をとったが、恐怖と同時に、ここまで怒らせてしまった自分が心底嫌になる。
学園に入る前も度々こういうことはあったが、暫くぶりで忘れていた痛みが頬を指す。
「……申し訳、ありませ、ーーー」
「すみません。カイン・アーマルド知りませんか?先生から呼び出しがあるのですが……」
リリーフィアが震えながら頭を下げたのと同時、その声に反応したカインは何も言わず空き教室を出て行ってしまった。
疲労感、恐怖感……そんな感情が一気に押し寄せ、頭を突く。酷い頭痛に襲われ、立っていることすらままならなくなった。
「ごめんなさい……ごめんなさ、い……」
涙が溢れてきて止まらない。しかしこうなったのは全部自業自得なのだと思えば思うほど、胸は苦しくなる。
(カイン様に捨てられたら……彼の言うとおり、私には存在価値が)
「嫌になっちゃったのよ、きっと」
「そうなる程何したのですか?」
教室の外で聞こえてきた女子生徒の声はまるで自分の事のように聞こえ始め、リリーフィアは拳を握りしめた。
「私は何もしてないし、あのこはそんな子じゃない!ちゃんと探してよー!白い猫ちゃんで首に鈴がある美人な子猫なんだよ!」
(私が本当に何もしてなければどれほど良かったのかしら……)
リリーフィアが呆然と顔を上げると、
「みゃー……みゃー……」
か細い子猫の鳴き声が微かに聞こえてきた。
小さくとも聞こえてくるという事は、この校内か外だとしても近くにいるという事になる。
リリーフィアがいる階は2階。外だとしたら校舎に沿うよう生えている木々くらいだ。
「木……」
リリーフィアは目線だけで木を追った。
するとそこには、枝先で震えながら鳴く子猫がいたのだ。白く、首には鈴が着いている子猫……ついさっき聞こえてきた子猫の特徴と瓜二つだ。
寮で飼われたところ、逃げてしまったのだろう。
リリーフィアは足に無理やり力を込め、窓の方へおもむろに近寄った。窓を開け、手を伸ばす。
「みゃー……」
あと1メートルはあるが、棒を使っても子猫はきっと逃げるだけだろう。リリーフィアは身を乗り出すと、窓の縁へ足を掛けた。
体を乗り出して、微かに子猫へ届く距離となった。しかし、手を伸ばすほど子猫は後ろへと下がってしまう。
「怖いよね。大丈夫だよ……君の飼い主様は君を待ってるから」
リリーフィアは悲しげに微笑むと、更に身を乗り出し、子猫を抱え込んだ。
良かった……と思ったのはつかの間。
リリーフィアは足を滑らせ、子猫を抱えたまま背中から落下してしまった。
まだ続きますのでお付き合い下さい。
次話は、生徒会メンバーが登場します。