蕾 ③
開いて下さりありがとうございます!
短編「私の10年を返していただきます」の付随作品です。短編の方を先に読んでいただければ、より楽しく読んでいただけると思います。
「今日皆を呼んだのは他でもない、我が校伝統王宮インターンシップが2ヶ月後の2週間に決まったんだ」
「インターンシップ……ですか?」
「2ヶ月後に祝日が何日も被る週が12日間あるだろう?それに加えて2日間に毎年実施してるんだよ」
我が校伝統という割には馴染みのない言葉にリリーフィアは首を傾げた。
生徒会メンバーがある一定期間のみ自信をなくすという奇妙な噂は聞いた事がある。それが関係しているのだろうか。
「やはり今年もやるんですね……。あのメンタル潰し合宿を」
「メ、メンタル潰し合宿……?」
あの淑女の見本の様なアメリアでさえ唾を飲むインターンシップに恐怖以外の感情が生まれない。そして自ずと、生徒会メンバーが一定期間自信を無くす理由を悟ってしまったリリーフィアは不安で顔を歪ませた。
何を行うかすら理解していないうちではあるものの、もう既に行きたくはない。行ったとして、置いて行かれる未来が目に見えているのに、何故態々地獄へ行かなくては行けないのだろうか。
その中身を知っているであろうテオドールは「そんな気を張らなくても」と、面白そうに笑っているが、その余裕と度胸が無ければ生き残れ無いぞという遠回しな牽制に聞こえてきてならない。
「インターンシップなんて堅苦しい名前だけど、ただの職場体験だよ。この学園の生徒会に選出される生徒は決まって能力値が高く、王宮内に就職する確率が高い。だから今のうち、王宮内に触れて欲しい……陛下からの慈悲なんだ」
今月までにインターンシップ先を決めておいて欲しいと、テオドールは王宮内にある部署一覧を3人に手渡し、細かな事は放課後に行う事にした。
青ざめているリリーフィアとは裏腹に、どこか余裕のあるアメリア。そんなアメリアにリリーフィアは不思議そうに問いた。
「アメリア様はどこに行くか決まったのですか?」
「私は王妃直属の侍女の元へ行こうと思っています。淑女トップクラスの中でより多くの事を学ぼうと思いまして」
前を見すえるアメリアの瞳は何度見ても、揺るがない何かがあり、後ろ向きになっている気持ちを叱咤されている気分になる。
”ヘルベード公爵家の名に恥じない生き方”……軸を持っている生き方はこんなにも輝いて見えて、誰よりも早く前へ進む。
私もいつか……と思いながら、どうしても後ろを向いてしまうリリーフィアは緊張を隠すように胸元で手を握りしめ、アメリアの後ろ姿を眺めていた。
「確かリリーフィア様のお父様……ドルファン伯爵卿は経済部に所属されていますよね?」
「あ、えっと……そうです」
ふと思い出したアメリアの問いかけに、リリーフィアは顔色を変えた。
リリーフィアの父───ハロルドと共に兄であるローレンも所属し、寝る間もないほど活躍ている。
「経済部には行かれないのですか?」
「私には……あのふたりと並べる自信も価値もない、ので」
どんなに見た目を変えても、ドルファン伯爵家の落ちこぼれな事に変わりは無い。行ったとして、格段に違う頭の回転が知れ渡ってしまうだけ。
(私はどんなに頑張っても……)
「私はドルファン伯爵家の落ちこぼれなの、ーーー」
「それは違うよ、ドルファン嬢」
無理に笑おうとしたリリーフィアの言葉を遮ったのはテオドールだった。
「選択する時、価値の有無は理由としては不十分だ。価値の有無を決める事が出来る人はこの世に存在しない。君がどこで何を学びたいかが重要なんじゃないかな」
「私がどこで……なに、を」
目を丸くするリリーフィア。今まで価値がない、諦めろと言われ続けてはいたが、そう言われたのは初めての事だった。
「そうですよ、リリーフィア様」
圧倒されるリリーフィアの手をアメリアは握りしめると、
「私の友人に価値が無いなんて、いくらリリーフィア様自身でも許しませんわ」
目を合わせ、にっこりと微笑んだ。その後ろにいたセオドアも1度コクンと頷き、テオドールもそれに続いて「そうだとも」と頷いている。
テオドール達の優しさが染みる中、リリーフィアは決意したあの日の自分に申し訳ない気持ちになった。
(前を向くと決めたのに、また私はウィリアム様達に支えられて進もうとしている。私は後ろにいて引っ張られたいんじゃない。隣に並びたい、胸を張って友人だと言いたいの)
「ありがとうございます。私、また下を向きそうでした」
涙を拭き、顔を上げたリリーフィアに先程の様な暗い何かは無く、その視線は真っ直ぐ前を指し示していた。
光が指したその表情と、彼女と初めて出会った時の表情が重なって見えたテオドールはそうだよ君は……と、胸の中にある感情を強く噛み締める。
(私がどんな風に生きたいのか、心の中で決まった様な気がする)
リリーフィアが目を閉じたその奥には、俯いていた過去の自分が座りこんでいた。
(私は私に恥じない生き方をしたい。前を向いて堂々と歩ける様になりたい)
───ずっと背を向けて、初めからいないと思い込みたかったけど、それは違った。ちゃんと過去の私は後ろにして、ずっと後ろで蹲っていたんだ。
過去の自分を振り返り、初めてその背中を見る事が出来たリリーフィアの視線に羞恥心や同情心はない。ただ、真っ直ぐに。
───今日、私は初めて過去の私の背中を見る事が出来た。
10話程度で完結予定です。
次話は
リリーフィアが前進するお話です。
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