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花の種

開いて下さりありがとうございます!


短編「私の10年を返していただきます」の付随作品です。短編の方を先に読んでいただければ、より楽しく読んでいただけると思います。

リリーフィアは感極まって涙を零した。愛されるなど自分もは無縁のものだと思っていたが、金髪碧眼の彼は力強くも優しく抱き締めると、”愛してる”と言わんばかりの眼差しを向けている。


「ずっとこうしたかった」

「私もです。愛しておりました」


会場中が2人の門出を祝福するように拍手が鳴り響き、涙を流すものまで現れた。


そんな幸せで溢れる会場で、カイン・アーマルド侯爵令息……元婚約者ひとりが絶望に暮れていた。


これは気弱だった令嬢が返り咲き、幸せになる物語。


◇◇


「首席挨拶、リリーフィア・ドルファン」


 貴族の子女達が通う学園では本日、入学式が執り行われた。数ある子女達を出し抜き、首席入学というのは名誉ある事だが、今年の首席生───リリーフィア・ドルファン伯爵令嬢は何故か細く掠れるような声で


「はい」


と、席を立った。


 挨拶は時候から始まり、言葉選びや並べ方は一端の当主らと変わらない以上か、思わず学園長まで聞き惚れる文体であったものの、リリーフィアはマイクと話すように顔を下げ、背中を丸めていた。


 彼女自身も首席という立場にあり、家柄も決して悪くは無い。なのにも関わらず何故、リリーフィアがそんな態度なのかと、誰もが口にした。


 それも歴代最高成績での入学だ。胸を張れど、俯きながら申し訳なさそうにする理由がない。


 リリーフィアは心の中で早く入学式が終わる事を願い、入学式が終わると、声をかけてくる級友達を振り切り、寮へと急いだ。


 ーーードルファン伯爵家は名家である。


 知性が高く、知識量において右に出る者がいない程、代々その才を受け継いでいた。そんな家系で、天才と呼ばれている嫡男に次いで長女として産まれたリリーフィアの自己肯定感が低くなるのは、火を見るより明らかだった。


 優秀な兄は齢10歳にして博士位という名誉ある称号を授与され、弟は齢12歳にして化学の天才と呼ばれ、それは隣国から声がかかる程だ。


 それに比べてリリーフィアは同年代の子女と比べたら頭一つ分飛び抜けていたが、ドルファン伯爵家にしては才のないただの優秀な令嬢だ。


 兄や弟は16歳の入学以前に隣国へ留学しており、事実上の飛び級をしている。


 ドルファン伯爵家の落ちこぼれだと、パーティーでの噂をリリーフィアが知るまで時間はかからなかった。






「おい!落ちこぼれ!」


 寮へと戻る途中、リリーフィアはしまったと顔を顰めた。


「俺の体調がたまたま悪かったからいいものの、俺よりも良い成績を取るなと念を押していただろうが!婚約者なら婚約者らしく、俺の影に隠れていればいいんだ!分かるか!?」

「……申し訳ありません」


 リリーフィアは婚約者であるカイン・アーマルド侯爵令息に深く頭を下げると、震える声を必死に抑えた。


 好成績を残すのも難題だが、わざと問題を何回も間違えるもの至難の業だ。合格点を取りながらも、周りの平均値を瞬座に見極めるなど到底無理である。


 特に自己評価が低いリリーフィアは、自分が出来ることは周りも当たり前のように出来ると思っている節があり、余計だ。


 リリーフィアは震える声で


「しかし……周囲の平均値が分からない以上、私には」


 と、恐る恐る顔を上げた。


 顔を上げた先、カインは酷い形相でリリーフィアを睨みつけていた。


「俺がいなければ生きていけないお前が!俺に意見するんじゃない!」


 頭に直接響く声に、リリーフィアは再び頭を下げると謝罪の言葉を何度も並べる。カインが言ったことに了承するか、謝罪しなければこうして罵倒されると、分かりきっていたのに。


 主席をとって浮かれていたのかもしれない……と、リリーフィアは唇を噛み締めた。


(お父様やお兄様、弟のハーレは国のトップ……ただの学園のトップになったところで、追いつけないに決まっているのに。カイン様が言うように、私は彼のお陰でこの家に入れている……口答えなんてしなければよかった)


「お前は要領が悪いんだから俺の言う事に従ってればいいんだ。これはお前の為に言ってるんだ、分かるよな?」

「はい……申し訳ありません」

「大体おま、ーーー」


 カインの言葉を遮るように聞こえてきたのは女子生徒の甲高い声だ。その声を封切りに眉間のシワを消した彼は爽やかな表情で


「初めまして、俺はカイン・アーマルドと申します。リリーフィアと同じ階のご令嬢でしょうか?リリーフィアと仲良くしてやって下さい」


 気品ある仕草の後、好青年風のカインは優しげに微笑んだ。リリーフィアの心の中はやるせない気持ちで溢れていたが、ここで何か言ったとしても逆効果だと身に染みて理解している。


 女子生徒の瞳にハートが浮かんでいるのをカインは見届け、リリーフィアに手を振って寮から姿を消した。


「あれはドルファン様の婚約者様?」

「素晴らしいお方ね!ぜひ今度皆でお茶会を開きませんこと?」


(私もこんな風に煌びやかだったら……カイン様を困らせなくてすむのかしら)


 2人の女子生徒は華やかなドレスだけでなく、美しい容姿をしていた。笑い方も小鳥のさえずりのように聞こえてきて不快にはならず、もっと話をしていたくなる。


それにひきかえ、窓に映っている自分は……と、リリーフィアは肩を落とした。


カインに言われた”地味な顔”を隠す為、無造作に伸ばした金髪と、顔に合う地味なドレス。無愛想な顔からは華やかさなんて微塵子も感じられず、使用人と間違われる事も少なくは無い。


リリーフィアは惨めな想いでいっぱいになり、それとなく女子生徒達から逃げると寮にある自室へと急いだ。


自室へ向かうと、侍女───チェシィが来る時間帯よりも早かったらしく、虚無感が広がっていた。寮の一室と言えど、子女達が通う学園の寮はリリーフィアの実家にある自室と同じか、それ以上の豪華な部屋だった。


普通なら広いと喜ぶのだろうが、今はこの広さが虚しくてたまらない。お前はどこにいてもひとりなのだと、言われている様で心が締め付けられる。


(せめて窓でも開けて風を入れようかしら)


滅多にやらない事に手をつけた報いなのだろうか。カーテンを開け、窓を解放すると入って来たのは風だけでなく


「よろしいのですか?カイン様には婚約者がおられるのでしょう?」

「親が勝手に持ってきた婚約だ。それに俺は君に運命を感じてしまったんだよ。漸く堂々と会えるようになったんだ。今はふたりの時間を謳歌しようじゃないか」

「ふふ……去年までの隠れて会うのも楽しかったけれど、堂々と話せるのはもっと素敵ね」


カインと女子生徒が友人以上の距離で仲睦まじく、浮気と解釈できる会話を交えている現場だった。


今の時間帯はホールに人が集まり、寮にいる生徒は数えられる。寮下にある木陰はその点、絶好の穴場だったのだろう。


浮気相手であろう令嬢はリリーフィアと比べ、華やかな容姿をしている。雰囲気すらあの令嬢は甘く、綺麗に見えた。


(親が勝手に持ってきた婚約だった事も、容姿だって地味なのも知っていたけれど……)


リリーフィアは張り裂ける胸を必死に抑えながら、ベッドの中で小さく蹲った。

10話程度で完結予定です。


お時間がありましたら

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