それでも
凪良千鶴・・・・物語の主人公。頭が悪いが、優しい。一途で、初恋の明日花を追い求めて奮闘中。顔が良い割になぜかモテない。明るくて一見悩みがなさそうな千鶴だが、深刻な秘密を抱えていて…。
七瀬明日花・・・千鶴の初恋の相手。可愛い物が大好き。性格が良く、断れない性格。可愛いからか、裏ではモテている。心配性で、過去のトラウマから抜け出せずにいる。そんな彼女にもある秘密が。
紀次律・・・・・千鶴の幼馴染。意地悪い性格で、千鶴にちょっかいをかけていつも喧嘩している。でも実は友達思いで、明日花を千鶴に振り向かせるために色々作戦などを立ててくれている優しい友達。意外と頭いい。
時雨梨乃・・・・明日花の友達。唯一明日花の秘密を知る人物。律に小さい頃から好意を寄せている。明るく、流行に敏感で、時々無神経な律に説教している。
真野愁平・・・・千鶴と明日花の恋を邪魔する謎のイケメン。
梶野優乃・・・・明日花に好意を寄せている。
七瀬愛美・・・・明日花が大好きな明日花の妹。ある秘密から、明日花のことを見放す両親のことが嫌い。反抗期。でもその秘密を受け入れてくれた双子の弟と千鶴と梨乃と律のことが大好き。
一目惚れだった。眼鏡をかけていて、背が低くて。可愛かった。でも、その子は頼まれたことはなんでもやってしまうような、そんな子で、優しかった。でも俺は、心のどこかで明日花が秘密を隠してるんじゃないかと疑っていた。
「私…いや、俺は、男なんだ。」
「え…?」
どういうこと…?
それを打ち明けられた時、俺は、少し腹が立った。
女装をしていたことに怒ったわけではない。ただ、なぜ言ってくれなかったのか。信用してくれていたと思っていたのに。と、理不尽に怒ってしまった。なぜこんなことで起こるのか自分でもわからないし、そんなことで怒っている自分にも腹が立つ。ただ、少し悲しくなった。
「ウィッグだし、眼鏡をかけて男っぽく見せないようにしてた。」
でも、勇気を出して、打ち明けてくれた。それだけは事実だ。
「…」
「引いたよね。体育出れないのもこういうこと。」
「…」
深刻そうな明日花の顔が悲しそうな顔に変わった時、何か喋らないと。と焦ってしまった。
「ごめんね。」
明日花はそう言い、立ち去ろうとした。
ダメだ。行ったら。
焦った俺は、去ろうとした明日花の腕を握りしめ、抱き寄せた。
「…!?」
「ごめんなんて言うなよ。」
謝るな。明日花が謝る意味なんて無いんだから。
「俺は、明日花が男だろうと関係ない。好きだ。」
「え、?正気?」
「なんなら、もっと好きになった。可愛い。かっこいい。」
「は…!?」
俺はもう一度まっすぐ明日花を見て言った。
「付き合って、ください。」
「…男の子と付き合うのは、まだごめん。」
だろうな。と心の中で呟き、しゅんとしたその時。
「でも、俺のことそんなに好きだって言ってくれたの初めてだから、考えさせてください…。」
「え…まじで!いいの?」
「お試し期間ってことで…。」
「じゃあ仮カップルってこと!?」
「そういうことになるね。」
俺は明日花を抱きしめた。
夕日に照らされた俺らの影は一つになった。
「ありがとう。」
キスしたい、と不覚にも思ってしまった。
お試し期間だし、さすがにダメか。と思ってしまった俺は頬にキスをした。
影だけを見ると、キスしているように見えて、恥ずかしくなった俺は咄嗟に離れた。
「千鶴。」
「ん?…ち、千鶴!?くんは?!」
「明日花って呼べるように頑張ってくれたし、俺も、千鶴って呼ぶよ。」
「ありがとう。」
「あのさ、夜、部屋行っていいかな。先生、俺が言ったら特別に許してくれると思うんだ。」
「え、どうして?」
「女装してること知ってるんだ。流石に女子と二人の部屋は梨乃が可哀想。」
「そうだな。」
というか、そうなれば梨乃たちにも言わなきゃだよな。女装のこと。
「梨乃は知ってるのか?」
「うん。入学した時、俺の女装に気づいちゃったみたいで。」
「えー!すご。あ、律は?」
「知らない…。律くんはいい人だけどちょっと怖いかも。言うのは。」
「それもそうだな。」
「じゃあ、もうそろそろ帰ろう。」
明日花はウィッグをつけて、眼鏡をかけた。
「いつもの明日花だ。でもどっちも好き。」
「ありがとう。」
手、繋ぎたい。けど、引かれるかな…。
俺は軽く明日花の手に触れた。
「繋ぎたいの?」
そう聞かれた俺は、恥ずかしそうに頷いた。
「恋人繋ぎじゃなくてもいいから、繋いで欲しくて。」
「いいよ。」
普通に繋ぐのかと思いきや、恋人繋ぎをしてきた。
「…!」
「顔赤すぎだよ。」
「な、なんで明日花はそんな慣れたように…。もしかして、こういうこと初めてじゃ無い…?!まあ可愛いしたくさんの人と付き合ったことあるだろうし慣れてると思うけど…。」
「何落ち込んでるの?俺、いや、私、彼氏とか彼女とかできたことないよ?…心の中では心拍数大変なことになってるもん…。」
恥ずかしそうに言う明日花が可愛すぎて俺はため息をついた。
「はぁ。可愛すぎるって。」
「何そのため息。笑」
あっという間に夕日は落ち、暗くなった。
俺たちの手は、まだ繋がれたままだった。
「嵐山駅ってここだよね。」
「うん。」
律たちを探していると、梨乃に会った。
「梨乃。」
「あ、時雨じゃん。」
「おー!明日花!凪良!…ん?その手どした!!!」
時雨は俺たちの繋がれた手を凝視していた。
その後、時雨は明日花を引っ張って何かヒソヒソ話していた。
そして戻ってきた。
「明日花からは全部聞いた。全部話したんだね。」
「うん。」
「凪良、お前…」
時雨は手をあげた。叩かれるのか。説教されるのかと思い目を瞑った時「いい奴だな!!」と肩をバシバシと叩かれた。
「え?」
「いやー、こんな男が世の中にいたとは…凪良になら安心して私の愛しのエンジェルちゃんを預けられるよ。」
「あ、ああ。ま、任せとけ!」
笑って話していると、俺はある違和感に気づいた。
いじり役、紀次律がいない。と。
「あれ、律は?」
「あー、なんかコンビニ行くって言ったきり帰ってこない。」
「電話してみるか。」
俺は律に電話をかけた。
「もしもし。律、今どこに…」
「お前と七瀬にちょっと話がある。今すぐ、渡月橋に来てくれ。」
「え?どういう…」
ブチっと電話が切れた。
怒っているのか。声のトーンが低かった。
「律、なんか怒ってるっぽい。俺と明日花に話があるから今すぐ渡月橋来いって。」
「…は?」
「怒ってるの?なんでだろう…まあ行ってみよう。」
「え、これ私もついて行った方がいいパターン?」
「まあ、集合時間に遅れちゃうし、来て。」
「OK。」
俺たちは走って渡月橋に向かった。
「あ!律!」
「律くん!」
走って行くと、「梨乃は俺の声が聞こえない場所にいて。」と渡月橋の端で止めた。
「律」そう名前を呼ぶと、被せ気味に「お前ら隠してることあるだろ。」と言った。
「さっき、コンビニから帰ろうとしてた時、お前らが渡月橋で抱き合ってんの見たんだよ。でもな、女は髪が短くて、男は、後ろ姿だけでわかる。千鶴だった。…あの髪の短い女は誰だ?…明日花か?」
「…は?お前何言って…」
「正直に言え!!明日花、女装してんのか?」
「……うん。…ごめん。」
明日花がそう謝ると、「千鶴はな、七瀬を信じてたんだぞ。なのに、騙してたのか?」と呆れたように言った。
律が俺のことを思って言ってくれてるのはわかるけど、明日花の申し訳なさそうな顔を見ると心が痛くなった。
俺は明日花を後ろにやり、律に事情を話した。
「律。」
「あ?」
「明日花はな、俺を傷つけないように色々考えてくれてたんだよ。律が俺のこと思って言ってくれてるのはわかるけど、明日花は、明日花は俺の彼女だ。だから、明日花を傷つけるようなことは言うな。お前の気持ちはありがたいけど、明日花は俺の大切な人だから。」
「…お前がそんなこと言うとはな。参りました。合格だ。」
律は、柔らかく微笑み、俺の頭をポンポンとした。
「ん?合格?」
「お前、彼女とか作ったことないし、情けない奴だし、お前にこんなか弱い彼女、守れんのかなって思って検証してたんだ。でもお前、ちゃんと七瀬のこと守ってたし。彼氏合格だな。七瀬も、傷つけるようなこと言ってごめん。少し本音だったけど、女装するのは悪いことじゃねぇし。安心してこいつに守られてな。」
「…律くん…。ありがとう。」
「んじゃ、梨乃のところ行くか。」
俺たちは梨乃のところまで歩いた。
「なんか解決したみたいね。みんないい顔してる。」
「そうか?」
「うん。じゃあ行こう。」
俺たちはまた、手を繋いだ。
集合場所につき、バスに乗る。ホテルまで時間があるから何か話したいと思っていると、明日花が俺の肩にもたれかかって眠ってしまった。
「…明日花、寝たの?」
前の席にいた時雨が振り向いてそう聞いてきた。
「うん。」
「まあ、今日は色々疲れたんだろうね。」
「だな。」
「凪良も、ありがとね。」
「なにが?」
「明日花、多分、打ち明けたら何言われたらわからないから打ち明けるの怖かったと思うんだ。でも、凪良は優しく受け入れてくれた。明日花、笑顔増えてたし、表情も柔らかくなってた。心が軽くなったんだと思う。明日花のこと、大切にしてやってよ。」
「ああ。もちろん。絶対離さない。負担はかけない。約束する。」
俺は明日花の手をぎゅっと握って言った。
「凪良がそう言ってくれて安心した。」
「律は?寝てるの?」
「熟睡。」
「律にも感謝だな。」
「そうだね。まさかあんなに友達思いだったとは。」
「え、会話聞こえてたの?」
「あ、私、地獄耳だから。」
「え。」
「って、何信じてんの。嘘よ嘘。律の声が大きかったから少し聞こえただけ。」
「律の声でかすぎ。」
「隠し事ならもう少し静かに話せばいいのに。」
「律らしいよ。…時雨もありがとな。」
「いえいえ。私は何もしてないよ。ま、私はその手離さないでいてくれればそれで。」
時雨が俺が握っている明日花の手を指差した。
「ああ。」
「じゃ、私も寝る。」
時雨はそう微笑み前を向いた。
ホテルに着き、俺たちは四人で先生に話に行った。
「先生、私、梨乃と同じ部屋なんですけど、さすがに男と二人にするのもあれなんで四人で同じ部屋にとか…」
「明日花、もしかして!」
「言えました…!」
「おお!!!先生嬉しくて涙が…」
「で、先生どうでしょう…。」
「千鶴と律の部屋は何人部屋だ?」
「四人です。広い所しか空いてなくて。」
「お!じゃあちょうどいいな!見回りの先生が私なんだ。だから、今回は特別な!」
「野崎…神。」
「律!先生と呼べ。」
「はいっ!感謝してます!!」
「あ、風呂の時間どうする。明日花入る時間帯に合わせるか?」
「そうですね。お願いします。」
「わかった。じゃあご飯食べ終わった後の自由時間に入ってくるんだぞ。」
「はい!」
「楽しめよ!じゃ!」
「先生ありがとうございます!!」
野崎先生は担任の先生だ。女の人とは思えないほど運動神経が良く、男子を抜くほどの運動神経をしている。優しすぎる先生だ。
部屋に着いたが、俺たちは布団を引くのが面倒くさすぎてずっとダラダラしていた。
すると、あっという間に時間が過ぎ去り、食事の時間になってしまった。
「もう行かなきゃじゃん!食事会場!!」
「やば!!」
急いで立ち上がろうとした明日花は、机に躓いて転んだしまった。
「痛てて…」
俺はそんな明日花の足の下に手を入れ、お姫様抱っこをした。
「え…?」
「大丈夫?」
「う、うん。」
その行動を見ていた律と時雨は、両手で口を覆い、キャーと叫んでいた。
「かっけぇよ千鶴!!」
「凪良、やるな。」
「いいから!行くぞ。もう一分も無いんだから!」
お姫様抱っこしたまま食事会場に行くと、みんなから歓声が上がった。
「やばい!イケメンが美少女をお姫様抱っこしてる…!」
「あれって三組の凪良千鶴様と七瀬明日花様だよな!」
「二人ってそういう関係だったんだ…!」
「お似合い…!」
「まさに美男美女!」
「取られた感半端ないけど七瀬さんなら神カップルだわ…」
「輝きすぎて見えない!」
みんなの歓声を聞いた俺たちはぽかんとしていた。
すると、時雨と律が「はぁ。」とため息をついた。
「お前らモテてんの、隠してて悪かったな。」
「告白しようとする男女全員止めてたんだよ。私たち。ほら、明日花はすぐどんな男でも「いいよ」って言っちゃいそうだし、凪良は浮かれそうだし。ま、こう言う事よ。バレちゃったかー。」
「千鶴、お前浮かれんなよ。」
俺と明日花は目を合わせ、「俺たちモテてたの…?」とぽかんとしながら言った。
「はーいみんな静かに!!!」
野崎先生がそう叫ぶと、みんな静かになった。
「あのカップル尊いよねー。わかる。先生も思う。ま、先生と後で語り合おう!だから今はみんな、いただきますするから座って!」
「「野崎先生神かよ。」」俺と明日花は声を揃えて言った。
「じゃあ、そこの四人が座ったらいただきますするぞー。」
一番後ろの席だから、俺たちはこのファンの中を歩くことになる。歩くだけでキャーキャー言われる。
席に着き、椅子に座らせてあげると、「ありがとう。」と明日花は顔を赤らめて言った。
「お、おう。」
ご飯は、俺には多すぎるくらいの量だった。
「腹いっぱい。」
「この後お風呂だよね。」
「ああ。」
ん?
「よし、風呂入るかー!」
ん…?風呂…?明日花と風呂…?!
脱衣所まで来た時、俺は顔が赤くなってしまった。
明日花と風呂。しかも、男の、あのかっこいい明日花と…。
貸切だし、律を含めても三人しかいない…。
※ここからは想像です。
「え、千鶴のそれ…小さ…。ごめん、別れよう」
「そんな…!!!」
幻滅されるかもしれない…。
俺の息子を見てガン萎えとか…嫌だ!絶対嫌だ!!
首をブンブン振っていると、「千鶴、どうしたの?」と言われたので、振り向いた。
その時、腹筋バキバキの頭の明日花ではない明日花がいて、顔を背けてしまった。
いや、かっこいいとかの次元じゃない!!なにあれ!え、輝いててやばいって!!
「う、ううん。なんでもない。」
俺はタオルを巻いて、お風呂まで行った。
お風呂に浸かり、男三人で「ふぅ。」と深い息を吐いた。
「それにしても、七瀬はかっけぇなー!」
「そう?」
「ああ。千鶴には勿体無いよ。」
「はぁ?うっせぇばーか!」
「はは笑。そういえば、俺たちが話し始めたのもこういう会話からだったよね。俺が「やめて!」って止めてさ。」
「そうだったな。そんな時間経ってるわけじゃないのに、すごいよな。一気に仲良くなって。お前らなんて、付き合い始めちゃったし。」
「つ、付き合ってるわけじゃないからな。」
「え、どういうこと?」
「お試し期間。まだ友達。」
「ええ!じゃあラブラブしないのか?」
「それはわかんない。けどお試し期間の間だけはそんなイチャつかないようにっていう話になってるんだ。」
「へぇ。んじゃ、俺お先に失礼するわ。」
「え!早くない?」
「俺、風呂だけは早いんだよ。」
「えー、まあいいや。」
「じゃ。」
律が大浴場から出て行った後、二人きりでお風呂にいるのがなんだか恥ずかしくなった。
緊張する。
「千鶴。」
「…ん?」
明日花はこっちまで寄ってきた。
肩が触れ合う距離まで来たところで、明日花は俺にもたれかかった。
「ど、どうしたの?」
「今日は色々迷惑かけたけど、ありがとう。」
「うん。」
「お試し期間だけど、俺は千鶴を大切にする。」
明日花は真っ直ぐに俺を見て俺の手を握った。「だから、ちゃんと考えて、ちゃんと俺なりの答えを出すから。」
いつもはか弱い女の子の明日花が、今は頼もしくて、「彼氏」なんだな。と思った。
「じゃあ、あがろう。」
「おう。」
お風呂からあがり、髪を乾かした後、明日花はウィッグをかぶった。
部屋に着くと、時雨がお風呂の用意をしていた。
「あ、次女子か。」
「おう!行ってきます!」
時雨はるんるんで部屋から出て行った。
「ウィッグ、もう外していいんじゃない?」
「それもそうだね。」
明日花はウィッグを外した後、前髪をかきあげた。
見惚れてしまった俺は、しばらくぼーっとしてしまった。
「おーい!千鶴ー!」
「はっ!ごめん!」
「もう。なにぼーっとしてんの?笑」
笑った…かっこいい…。
三人分の布団を敷き終わった俺たちは、飽きてしまって、先生にバレないようにゲームをしていた。
「ちょっと!邪魔すんな凪良!」
「してねぇよ!てか明日花ゲームうま!!」
「へへへ笑。」
「おい千鶴!俺じゃなくて明日花に攻撃しろよ!」
ゲームをしていると、あっという間に消灯時間になった。
ゲーム途中、トイレから帰ってきた時雨が「ねぇ、野崎先生が見回りって言ってたよね。」とヒソヒソと聞いてきた。
「そうだよ。」
「…多分なんだけどそれ、女子の階の見回りのことかも…。」
「え…?」
「てことは…」
「さっき私見ちゃった。見回り。苅田先生だった…」
苅田先生。数学の先生で、ルールや規則厳守の厳しい先生だ。
「やべぇじゃん!!てかゲーム!!律!!電源オフって隠して!!」
「OK!!梨乃!来たか?」
「もう来た!電気消す!!」
俺らは急いで布団に隠れた。
誰かが俺の上にいるのがわかった。
でも、時雨も律も定位置に布団に入ったはずだ。
…ということは…。
「ん…」
布団の中で聞こえたその声は、明日花のものだった。
「…!!」
「しっ!!」
明日花は俺の口に人差し指をあて「少し静かに。」と言った。
顔が赤いのがわかる。
やばいやばい。心拍数が鳴り響く中、俺は起きあがろうとしてしまった。
「ダメ。」押さえつけられた時、顔が近すぎてやばかった。
でも、さすがに人間が二人重なっていると怪しまれる。
と、先生は思いもよらぬ行動をとった。
本当に人の頭か、と布団の上から明日花の頭を触ったのだ。
その時、明日花の唇は俺の唇に当たってしまった。
「……!!!!」
「…!!!」今動いたら、バレる!先生が手を離してくれるのを、出ていくのを待つしかない。それまでずっとこのままでいなければならない。
先生が出るまで数十秒。
しばらく離れなかった唇。
でも明日花はなぜか、先生が出た後も唇をつけたままだった。
「もう出たよー」
律がそう言い布団を捲ると、明日花は唇を離した。
「え、同じ布団に入ったの?」
「ラブラブすぎない?お試し期間だよね?」
「し、仕方ねぇだろ!布団三つしか敷いてないし。」
俺はそう言い水を口に含んだ。
「あ、確かに。てかお前ら、何もしてないだろうな。」
そう言われた瞬間、口に含んでいた水を吹いてしまった。
「し、してないよ!!あれはたまたま!!」明日花が一生懸命説明すると「じゃあなんでお前ら顔赤いの?」とニヤニヤして聞いた。
「そ、それは…あ!さ、酸素不足!!」
「そうそう!」
「ふーん。ま、寝るか。明日も早いし。」
「お、おう!」
俺は布団を敷いて、自分の布団に寝た。
みんなの寝息が聞こえた時、横から「千鶴」と呼ぶ声が聞こえた。
「…明日花。」
明日花は、俺の布団まで枕を持ってきた。
「俺、寝る時は怖いからぬいぐるみが無いと寝れないんだ。暗いところで寝るのは、怖い。だから…」
「来るか?」
「え?」
「嫌ならいいけど。」
「いいの?」
「ああ。可愛いな。」
「ありがとう。可愛くなんて無いけどね。」
同じ布団に入り、眠りにつこうとするが、ドキドキして寝れなかった。
「寝れない?」
「ま、まあ…ね。」
「…さっきはごめんね。」
「?」
「き、キスのこと。」
「あ、あー…。うん。大丈夫。仕方なかったし。俺もごめん。」
「大丈夫。」
俺たちは少し黙って「ねぇ。」と声を揃えて言った。
「明日花、先いいよ。」
「わかった。…あのさ。空いてる日、ある?」
「俺も同じこと聞こうとしてた。」
「まじ!」
「ああ。俺はいつでも空いてる。」
「じゃあ、修学旅行から帰ってきた翌日になっちゃうけど、今週の日曜日どこか出かけない?」
「…うん。いいよ。」
「やった。」
「じゃあ、ショッピングモールに最近できたカフェ?行こ。」
「あ、ラテアートめっちゃ可愛いやつ?」
「そう!明日花可愛いの好きだろ?」
「え、なんで知ってるの?」
「部屋見ればわかる。」
「あー!確かに、めちゃくちゃピンクだったよね。笑」
「ここから少し遠いけど、いい?」
「千鶴と一緒なら別に大丈夫。」
「じゃあ、待ち合わせ場所は明日花の家の近くのバス停で。」
「OK!」
静かな部屋の中で、俺たちのヒソヒソ声だけが聞こえる。
「…それにしても、先生、予想外のことしてくるよね。」
「ああ。さすがにびっくりした。」
「…ふふ笑」
「はは笑…」
笑って、目が合う。距離が近くて、息ができない。
俺は無意識のうちに、明日花の唇に近づいていた。
と、その時。「…お前ら…俺の前でイチャつくな…」と律が言い出した。
律の方を見ると、眠っていた。
「寝言か。笑」
「大きすぎでしょ笑」
「…俺たちも寝るか。」
「うん。」
そういい、眠りについた。
「お前らー、朝だぞー。」
その声で、起きた。
律と時雨が寝起きの顔で俺たちを見下ろしてくる。
「ん…もう…?」
「やだ、凪良の寝起き可愛いっ…!」
「猫みたいだよな。泊まりの時いつもこうだから。」
「うるせぇ…。」
騒いでいると、腕の上に寝ていた明日花も起きた。
「こっちはわんちゃんみたい…」
「犬みてぇ…。てかお前ら近すぎじゃね?腕枕?」
「え、あ!これはえっと、違くて、明日花が怖いって言うから、一緒に寝た。」
「ふーん。」
「ていうか、朝食の時間もうすぐじゃね?」
「寝起きだから歓声昨日の倍だよね。」
「二人ともこんなよれよれのブカブカの服着てたら「可愛いー」どころじゃ済まないよ。」
「な。ま、それは俺らが護衛するとして、七瀬がウィッグ被ったら行こう。」
「おう。」
「ありがと。顔も少し洗うけど、すぐ終わらせる。」
立ち上がった明日花を見た時、ブカブカの服が可愛すぎて悲鳴をあげそうになった。
少し肩が出ていて、俺は再び布団に潜った。
『二人ともこんなよれよれのブカブカの服着てたら「可愛いー」どころじゃ済まないよ。』ってそういうことか…。
「は?お前また寝んの?」
「寝ねぇよ!」
「じゃあなんで…って、あ!もしかしてお前、七瀬のぶかぶかの服見て「可愛いー!」ってなったんだろ!」
「うるせぇ!」
「あー!もしかして、肩出てたし「エロいなー」ってなって勃ったとか!!」
「だまれ」
「まじで!?」
洗面台の方で洗顔している明日花は「呼んだ?」とこっちに来た。
「呼んでないよ!明日花、ちょっと終わったら声聞こえないような場所にいてくれる?私、律に話があるの。」
「…?わかったけど…どうした?」
「ううん!なんでもない!」
明日花がトイレの個室に入った時、時雨がスリッパを持って、律の頭を勢いよく叩いた。
「痛っ!!!何すんだよ!」
「馬鹿野郎!下品なこと言うんじゃねぇ!明日花に聞こえてたらどうするんだ!!」
「悪い悪い!悪いと思ってる!謝るから!」
「許せない!本当バカ!」
始まった。時雨はいつもこんな感じで律に怒っている。
俺はドキドキが止み、トイレの個室にいる明日花に話しかけた。
「トイレしてるのか?」
「いや、聞こえない場所にいろって言ってたから。」
「じゃあ開けていい?」
「うん。」
俺はトイレに入って「ごめんな」と謝った。
「あいつらうるせぇよな。」
「いいの。面白いし。笑」
そして、出ている肩を隠すように服を直してあげた。
「あ、ありがとう。」
「もう少し、気をつけろよ。露出とか周りの目とか。」
「どうしたの急に。」
「いや。」俺はそう言い、明日花を抱きしめた。
明日花は手に持ってるウィッグを床に落として、俺のことを抱きしめてくれた。
「どうしたの?」
「なんでもない。ただ、ぎゅってしたくなっただけ。」
「なにそれ。笑。」ラブラブモードだった俺たちに「何ラブラブしてんだよ」とむすっとした律が怒ってきた。後ろの時雨はスッキリしたように笑っている。
「いいじゃない。少しくらいラブラブしたって。ねぇ?」
「あ、これは違くて。」
「そうそう。違う違う。」
俺と明日花はばっと離れて、目を合わせて微笑みあった。
「あーもう。ほらあと五分で食事会場行かないとだろ。急げよ。」
「あ、うん。わかった。」
律はそう言い、布団をたたみ始めた。
明日花は俺に「なんで怒ってるの?」とヒソヒソと聞いてきた。
「まあね。色々あったんだよ。知って得することでもないから。知らないほうがいい。」
「…?」
「あいつ、食べ物食べたら機嫌治るから大丈夫。」
「そう言うものなの…?笑」
明日花がウィッグを被り終え、俺たちは食事会場へと向かった。
寝起きの俺たちを見たみんなは、昨日の夜と同じ反応をした。
まあ、律と時雨もなかなかモテモテの二人だから、「シー」とやると逆に歓声が湧き上がった。
「疲れたー。」
食事が終わり、移動するバスに乗り込むと、そうため息をついた。
あの後、いつもはみんなそんな事しないのに「サインください」などと言われ忙しかったのだ。
「お前らはわかるけど、なんで俺たちまで。」
前に座る律が文句を言う。
「ね。なんで私も書かなきゃならないんだ。字汚いのに。私。」
「そこ?」
時雨と律は和気藹々と話しているが、俺たちと同じくらい鈍感なんだな。と思った。あの歓声は俺たちだけに向けられたものではない。
きっと律と時雨に向けられたものでもある。
それに気づいていないのは相当だ。
修学旅行は、俺にとってどっと疲れるものであり、お試し期間だけど明日花と付き合えた、嬉しい物でもあった。
〜修学旅行編 完〜