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98 〜 ホノカ 1 〜

「ホノカ、行きましょう」


「うん」


会議の時間が近づき、イフェイオンと並んで部屋を後にした。

守るように後ろを歩いている騎士や付き従うメイドたちに、ため息が出そうになる。


アユカたちは仲良さそうでよかったなぁ。

仕方ないよね。

彼らが必要なのは、私じゃない。

聖女であれば、誰だっていいんだもの。


隣を歩くイフェイオンを盗み見る。

真っ直ぐに前だけを見ている横顔に、心の中で盛大にため息を吐き出した。


この人は、何を考えているんだろう。

いまだに分かんないや。


イフェイオンと初めて会った日のことが、頭の中に思い起こされる。


私は、ただただ自分の死を受け入れられなかった。


私は、小さな子供を助けようと、上から降ってきた鉄骨に敷かれ死んだらしい。


小さな子供を助けようとしたのは覚えていた。

弟が4人いる家庭で育ったから、小さい子が弟とダブって勝手に体が動いたんだと思う。


でも、鉄骨に敷かれた記憶はなかったし、痛みや苦しみなんてものも感じていないから、死んだと言われて「はい、そうですか」とはならなかった。


なのに、私を喚び出したという女神は淡々と現実味がないことを話すだけで、私はというと困惑して1言も発せなかった。


ううん。「え?」「なに?」くらいは話してたと思う。


そして、何一つ理解していないまま、この世界にやって来た。

一瞬にして辺りは様変わりし、女神の姿はなかった。

でも、歓呼の声の真ん中に、女神のごとき綺麗な人がいた。

それが、イフェイオンだった。


本当に何も分からなかった。

歓声も拍手も耳障りなだけだったし、恭しく頭を下げるイフェイオンは画面向こうにいるように感じた。


夢を見ているだけ。

目覚めれば、いつも通りの朝が始まるはず。


ううん。いつも通りじゃないか。

今日初めて告白されて、初めての彼氏ができたんだもの。

ずっと恋愛してみたかったんだよね。

カレカノって、どんな感じなんだろ。

起きたらメールしなきゃ。


そんな想いは、イフェイオンが私の手を取って、手に口付けをした時に打ち砕かれた。

イフェイオンの手は温かく、唇は柔らかかったから。

紛れもなく、意味不明な今が現実なんだって突きつけられた。


ようやく理解したくない事実を痛感したのに、時間は待ってくれなかった。


宴会場という部屋に連れて行かれて、そこにいた人たちに歓迎された。


頭の片隅で「そういえば4人召喚って言ってたな」ってぼんやり思い出していた。


何が楽しいのか、騒いでいる人たちが気持ち悪かった。

身を縮めながらもその場にいる、同じように呼び出されただろう女の子2人も気持ちが悪かった。


どうして、そこに座っていられるんだろう?

どうして、怯えながらも会話ができるんだろう?


気持ち悪くて吐きそうになってフラついてしまうと、イフェイオンが支えてくれた。

そして、顔色が悪いから休んだ方がいいと、部屋に案内してくれた。


宴会場から去ることができて安心したけど、馴染みのない広い部屋は「1人っきり」だと実感せずにはいられなかった。


寂しくて、見えている孤独な部屋以外のものが見たくて、空を見上げようと窓に近づいた。


誰よ、これ……


初めて見る女の子が、窓に反射して映っている。

頬を触ると、窓に映っている女の子も頬を触っている。


吐きそうになり、その場に蹲った。


感情がぐちゃぐちゃに混ざりすぎて、本当に何もかも分からない。


死んで転生したなんて信じたくない。

聖女なんて、意味が分からない。

そういう漫画や小説があることは本屋で見かけたことがあるから知っているけど、読んだことはなかった。

どうして自分が選ばれたかも分からないし、分かりたくもない。


私は、今日初めて告白されて、初めて彼氏ができたばっかりなのよ。

楽しい学生生活が待っていたのに。

それに、明日は1番下の弟の誕生日なの。

一緒に遊園地に行く約束をしているのよ。


嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!


転生できるなら、生き返らせてくれたらよかったじゃない!

どうして、私がこの世界を救わなきゃいけないのよ!

どうして、大切な人が誰もいない世界で生きなきゃいけないのよ!


大声で泣いていると、水を持ってきてくれたイフェイオンに抱きしめられた。


知らない人だから、私をこの世界に喚んだ嫌な人だから振り払いたいのに、気持ちとは逆に縋り付いてしまった。

イフェイオンの胸で、泣き声が嗚咽に変わるまで泣いていた。


私はそのまま眠ってしまったようで、起きたらベッドの上だった。


泣きすぎて頭が痛い。

考えなくちゃいけないのに、考えなくてもいい理由ができたと安心していた。

現実逃避もいいところだった。


朝食だと連れて行かれた部屋では、宴会場で見た人たちが座っていた。

そして、同じ状況だろう女の子たちは、やっぱり気持ちが悪かった。


なのに、アユカだけは別だったんだよね。

気持ち悪さが一切なかった。


本来なら全てを受け入れているように見える元気なアユカに、嫌悪感を抱くのが普通だったんだろうけど。


怖い騒動があったにも関わらず、誰にも怯むことなく堂々としているアユカが眩しくて、勇気をくれたんだよね。


私も悲しみに暮れている場合じゃない。

嫌だけど、この世界で生きているんだからって。


いまだに元の世界が恋しくて泣いちゃう日もあるけどね。




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