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「こちらが皇后様の私室になります」
そう言われ案内された部屋は、窓もカーテンも閉められ、薄暗く見えた。
大きなベッドの横に、ベビーベッドが並ぶように置かれている。
ただベビーベッドは柵型ではなく、横から中が見えない仕様のようだ。
部屋の中には、メイドが2人いた。
アユカを訪ねてきたメイドと合わせると、3名が皇后付きのメイドのようだ。
「ん? なに、この匂い」
「花の匂いっすね」
「これ、花? 甘すぎん?」
それに、飾ってる花は薔薇やんか。
薔薇の匂いちゃうよ。
「アユカ、あれじゃない?」
ホノカに指された先にあるのは、液体に棒が突き刺さっているタイプの芳香剤だった。
窓際の小さなテーブルの上に飾られている。
「あちらは、モエカ様がお見舞いの品にと下さったものなんです。来られないお詫びに少しでも気分がよくなるようにと、カードが添えられておりました」
ふーん、そうなんか。
まぁ、それくらいはせーな人格疑われるもんな。
祝福を振り撒いてる聖女様やもんな。
部屋で控えていたメイドたちが頭を下げている前を歩き、ベッドの横にやってきた。
青白く痩せ細っている女性の虚ろな瞳と目が合い、元気いっぱいな笑顔を向ける。
「初めまして、皇后様。うちはアユカっていいます」
頷く元気はもうないのか、瞬きで応えてくれる。
「私はホノカっていいます。よろしくお願いします」
ホノカの挨拶にも瞬きで応えている。
元気やったら、さぞかし綺麗な人なんやろなぁ。
キアノティス様と並んだら、最高に見栄え良さそう。
「皇子様にも挨拶させてもらいますね」
皇后の瞳から涙が一筋零れた。
こんな状態でも胸を占めているのは、我が子のことなのだろう。
皇后のベッドを挟んで向こう側にあるベビーベッドへと移動する。
赤ん坊を見た瞬間、ホノカは上げそうになった声を、手で口を隠すことで耐えていた。
アユカは目を閉じ、唾を飲み込んでから、深呼吸した。
これは、辛いわな。
キアノティス様の疲労は、心労からもきてたんやろな。
アユカは、ゆっくりと目を開け、真っ直ぐに皇子様を見た。
皇后同様、痩せ細り生気を感じない。
目は開かないのか閉じられていて、左腕と左足がなかった。
「皇子様、初めまして。アユカっていいます。歩けるようになったら遊びましょうね」
「ホノカっていいます。私とも遊んでくださいね」
ホノカが皇子様の頬を触ると、王子様がほんのり笑ってくれたような気がした。
さて! 鑑定しよか!
偶然やったけど、ホノカもおるしな。
どんな結果やとしても治せるやろ。
アユカは、もう1度深呼吸してから『アプザル』した。
は?
いやいや、待て待て待て。
毒と悪意って、なに?
んで、死んでないってことは、この「龍の加護」っていうネックレスのおかげやね。
皇子を『アプザル』したときに、首にかけられているネックレスにも鑑定がかかっていた。
小さい皇子の胴の半分ほどあるネックレスは、皇子を護るように光り輝いている。
「なぁ、このネックレスは?」
アユカは、部屋に案内してくれたメイドに問いかけた。
「そちらは初代の龍王様の涙で作られている代物になり、代々の王に引き継がれるものになります。陛下が、皇子様の左腕と左足を切り落とされた際に授けられておりました」
「は? キアノティス様が切り落とした?」
「はい。生まれた時より、木の根のような状態で真っ黒でございまして……宮廷医と魔導師が厄災だと騒ぎ立てたのです」
「んで、切り落としたん?」
「いいえ。その時はお叱りになるだけでした。ですが、日毎に木の根の浸食があり、胴体まで危うくなりましたので……泣きながら、謝りながら、切り落とされておりました」
つらっ……辛すぎる……
「厄災なんてあるんでしょうか? こんなにも可愛らしいですのに」
チコリが、皇子様の右手を触りながら微笑んでいる。
「あるわけないやん。自分が無能やって言いたくなくて言っただけやよ」
「っ……ありがとうございます。聖女様にそう言っていただけて、心が軽くなりました」
「あ、あの、聖女様」
後ろで控えていた皇后のメイドに声をかけられた。
「で、では、厄災ではないと、聖女様が仰ったと公言してもよろしいでしょうか」
「いいよ。なんであかんの?」
「実は、皇后様付きのメイドが、次から次へと倒れておりまして……瘴気が去らないのも皇子様のせいだとまで言われているんです」
「はぁ!? んなもんモエカのせいやろ! モエカが祓えばいいんやんか!」
アユカの大声に驚いたのか、皇子が泣き出してしまった。
「あ、ごめんごめん。うちが怖かったよねぇ。もう大声出さんから。ごめんやで」
アユカは、泣いている皇子をあやすように抱き上げた。
その瞬間、安心したように皇子が「キャッキャッ」と笑い出した。
それでも瞳は閉じられたままだ。きっと開かないのだろう。
「ああ、皇子様の声はいつぶりでしょうか。また聞くことが出来、嬉しゅうございます」
皇后付きのメイドたちは泣き出してしまい、皇后の目尻から流れる涙も止まらないようだった。




