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鼻をくすぐる美味しそうな匂いに目を開けると、朝食が部屋に準備されている最中だった。
「アユ、おはよう」
「ぉはよう、ふああぁ」
「昨日エルダー相手に運動した疲れが取れないのか?」
「ううん、スッキリしてるよ」
昨日、夕食を食べ終わってもモヤモヤが取れず、エルダー相手にボクシングをさせてもらっていた。
もちろんエルダーは、手のひらでアユカの拳を受け入れるだけだ。
「痛いっすー」と半泣きしていた。
「おりゃー」と叫びながら殴っていたからか、汗をかいたアユカは清々しい顔をしていた。
「うちには、どうしようもないことを考えるだけ不毛やったわ。もし栄養ドリンク以上の物が作れたら、キアノティス様にあげよう。そうしよう」と、頭も気持ちも整理がついたのだ。
フォーンシヴィ帝国の王城に滞在する期間は7日間。
今日の午後から会議が始まり、話が纏まらなければ明日以降も続いていく。
連日午後からの開催になるので、午前中はのんびり過ごすことができる。
朝食後のお茶を飲んでいると、ドアがノックされ、ドア前で警護をしていた騎士が見知らぬ女性を伴って入ってきた。
女性は、フォーンシヴィ帝国の王城のメイドの制服を身に纏っている。
「陛下。この者が、どうしてもアユカ様に取り次ぎをしてほしいと、宝石を渡してきました。いかがいたしましょう」
アユカは飲んでいたお茶を噴き出しそうになったが、シャンツァイの表情に変わりはない。
「まずは、宝石を返せ」
「受け取っていません」
「分別があってよかったぞ」
「ありがとうございます」
シャンツァイは鼻で笑っているし、周りも小さくだが声を出して笑っている。
報告してきた騎士も笑顔だ。
「で、キアノティスのメイドか? どうした?」
シャンツァイの鋭くなった視線に、女性は震えながらも慎重に腰を曲げてきた。
「突然、押しかけるような形で訪ねてしまい申し訳ございません。無礼とは承知しておりますが、聖女様にお願いがあってお伺いいたしました。何卒、私の願いに耳を傾けていただけないでしょうか?」
アユカがシャンツァイを見ると、柔らかく微笑まれた。
「ウルティーリじゃねぇからって遠慮するな」
そっか。シャンはうちの自由を約束してくれてる。
やから、昨日の内緒話を止めらんと聞いてくれたんやろうな。
だって、栄養ドリンクやなくてポーションって言う可能性だってあったんやもん。
それでも止めようとせんかった。
今だってシャンが断っていいのに、うちがしたいようにしていいって言ってくれてる。
確かにうちは、他国に行くんやからウルティーリの迷惑になるようなことはって思ってたからな。
全部、バレバレやってんな。さすがシャンやわ。
「ありがとう、シャン。うち、自由にするわ」
「守ってやる。でも、ほどほどにしろよ」
「たぶん大丈夫」
鼻で笑うシャンツァイにピースをしてから、フォーンシヴィ帝国のメイドに向き合った。
「うちでよかったら、いいよ」
アユカから放たれた分かり易い言葉を、聞き間違いしたと思ったのだろう。
女性は勢いよく顔を上げ、真偽を問いたそうな顔をしている。
口を開けば本当に出てしまうのか、キツく結んだ唇は言葉を閉じ込めているように見えた。
「いいよって言ったで」
「は、はい。ありがとうございます」
「別にいいよ。んで、どうしたん?」
「わ、私は皇后様付きのメイドになります」
そうなんよ。
モナルダから注意事項聞いてる時に叫びかけたんよ。
キアノティス様も結婚してたとは!
やっぱり筋肉が素敵な人ほど、結婚早いんやわ。
シャンが売れ残っててホンマによかったわ。
「シャンツァイ様、どうされました?」「いや、なんかイラッとしただけだ」というクレソンと片眉を上げたシャンツァイのやり取りは、耳にも目にも入ってこない。
「ど、どうか、皇后様と皇子様を救っていただけないでしょうか?」
「皇子様?」
うちが聞いたんは、フォーンシヴィ帝国内で皇后派と聖女派が争ってるっていう内容やってんけどな。
それに注意事項の紙にも、皇后が病気とか皇子様がいるとか書いてなかったはず。
皇后はここ半年ほど姿を見せてないとはなってたけど、動かれへんほどの病気ってこと?
シャンツァイも初耳だったようで、目が合うと、僅かに頷かれた。




